「ほら、もたもたせんと早よしんしゃい」
「だっ、てネクタイが上手くいかなくて」
「貸して」

わたしの手からネクタイを奪い取ると、仁王くんが顎であたまだせと示してくる。なんだかくやしいけれど、大切なわたしの身体を遅刻させるわけにもいかないから大人しく頭を差し出した。器用な指がするすると形を作る。

「へー こうやるのか」
「たしかにおまえさん毎日ぐしゃぐしゃに結んどったな」
「なにをう!」

悪態に反応してわたしは手元を見ていた顔を上げた。わ、近い。ぷるぷるとつま先立ちになってきれいな三角形を作るのに真剣な仁王くん。視線を感じたのか仁王くんもこちらを見る。どこぞの少女漫画であれば、お互い顔を赤くしたのちにパッと背けて「ご、ごめん!」とか言っちゃうようなシーンだった。けどわたしたちの場合はもちろんそうは行かず。

「こっちみんな、俺」
「このアングルでいくとわたし結構可愛くみえると思うんだけど、どう?」
「けど上目遣いって身長差まちがえるとただメンチ切っとるだけとおもう」
「やや、男になって実感した。身長差最強、上目遣い最強」

仁王くんの表情から自分で言うなよという文字が見て取れたけど、そんなことはどうでもいいのだ。けどどうせならブンちゃんの目線からどういう風に見えるのかも知りたかったな。わたしって乙女?とか考えながら仁王くんの部屋を出る。仁王姉はどこかへ出掛けたようだった。おたがい朝食は食べない派なのでリビングはそのままスルー。

「あんな、」
「うん?」
「…やっぱいい」
「なんで」
「こんなん言っても不毛じゃ」
「いーよ。なに」
「、いつになったら俺たち、戻れるんかの」

突然だった。仁王くんがそんな話を切り出してくることは。そして初めてだった。きちんとこの話をするのが。たしかにいつになったら、なんて答えのない話は不毛。けど仁王くんの言葉を聞いて、なんだか落ち着かないようなそんな気分になる。このままでいいと思ってたわけじゃない。他人に成りすますのにも(わたしは)無理があるし、男女という違いからしてもこの生活には限界がくるだろう。なのにどうしてこんな気分になるのか考えて。いつか戻れるなんて楽観視していた自分がひどく嫌になった。

「いつ、だろうね」
「いつというか、時間の問題なんかの」
「あ!漫画とか映画だと、こうさ、入れ替わったときと同じことしたら元に戻るよね」
「ぶつかったり、チューしたりの」
「え、仁王くんチューとか言うの」

けれど、わたしたちがこうなってしまった原因はさっぱりわからない。朝目が覚めたら入れ替わってて、しかもわたしは仁王くんの部屋に居たってわけだ。そうなると魂っていうか精神だけがピューッて入れ替わっちゃったってことなのかな。なんで?ていうかどうやって?

「考えてたら頭いたくなってきたよ」
「…とりあえず学校行くか」
「そうだね」

考えても仕方ないのかもしれないけど、元に戻るためになにもしていないとどうしようもなく罪悪感。エントランスを抜けて振り返るとあの日と同じように高級そうな白い建物がわたしを送り出そうとしていた。罪悪感、って誰に対してのものなんだろう。

「なーに突っ立っとるんじゃ!」
「いて」

後頭部の痛みを感じて振り返ると、呆れた様子の仁王くんがちょこんと立っていた。いやはや、仁王くんにちょこんなんて擬態語を使うことがあるなんて学校の仁王ファンは思いもしなかっただろうね。「忘れ物なかったかなと思ってさ」と返すと、なにか考えた様子の仁王くんがこちらに近付いてくる。

「なに?」
「まつげ、ついとる」

どのあたりかなと頬に手を当てると、仁王の手が手首を掴んで、どくんと心臓が鳴った。「取っちゃる。目えつむって」だなんて、他意はないにしても心臓にわるいわこのアホ男!筋の通った鼻の近くにこそばゆい感覚が通る。お、これは取れたとみた。

「ん、取れた」
「ありがとー」
「じゃあ行くかの」
「ん」





ホームルームが終わって一斉に皆が席を立つ。一限は移動教室か面倒くさいな。ブンちゃん来てないみたいだし一人かあ、と相変わらずつるみたがるわたしは女子の習性をちゃーんと忘れてないみたい。なんて持っていくものは何だったか確認しているとお尻のポケットから短い振動を感じた。もちろん中のスマートフォンだけは相変わらずみょうじなまえのものなので、周りを気にしながら小型のそれを取り出す。いちいちアプリを起動しなくても画面に新着のメッセージが表示されるから、学生にとっては有り難い機能だよね。そう、思ってた。今日の、今までは。

〈別れよう〉

差出人には間違いなく丸井ブン太と書かれていた。

(20140302 執筆)
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