「よーし、三十分休憩にするか!」
「疲れたー…あぢー」
「休憩短すぎんだろくそー」
「ほらほら、言ってる間に休憩終わるぞ?」
「大石先輩…なんか今日イキイキしてるっスね」

ニコニコ強化合宿二日目。午前の練習が終わり、僕たちはわらわらと小屋の周りに集まった。小さなマネージャーは忙しそうにコートの近くを行ったり来たりしていて、折りたたみ式の机の上には既にアルミホイルに包まれた大量の三角形が綺麗に並んでいる。「おにぎりじゃーん!」一応サポート係として合宿に参加したはずの桃が一番乗りで手に取っていて、案の定海堂から非難の視線を浴びているけど気にした様子はないみたい。

「おかずもありますからどうぞ」
「って唐揚げだけ?」
「うるさいな。あんたらの食欲を満たしてやろうと思って油に鶏ぶっこんでやったんですよ」
「言い方、言い方」
「助かるけどお前もしっかり水分摂って休憩しなよ?」
「そうだよひなたちゃん。僕の隣空いてるから座って」

副部長の言葉に被せてそう言いながら、僕は隣を陣取っていた桃を突き飛ばした。ざわつく後輩組をスルーしておにぎりを確保したのち、空いたスペースをポンポンと叩く。だけどここで一筋縄じゃいかないのがひなたちゃん。全員の手にご飯が行き渡ったのを見て一息吐くどころかホースを水道から引っ張ってきて、休憩中に水撒きをしてくれるらしい。ほんとどこまでも真面目なんだから。
アルミを開けると中身は一般的な白いそれではなく、鮭と野沢菜の混ぜご飯おにぎりになっていた。向こうでかぶりつく越前のは梅おかかで、大量生産のための工夫が見られる。一口入れるとごま油の風味が効いていて「美味いよありがとう」感謝の言葉と感想を口にすれば彼女は心底ホッとしたような表情を浮かべた。

「おにぎりを不味く作れる方がすごいけどな」
「…。そんな口利く人には、こうです」
「冷てっ!ちょ、びしょ濡れじゃねえかコノヤロウ!」
「ざまみろ」
「うおー!気持ち良さそう!」

水しぶきを受けて、俺も俺もとタカさんや桃が加わる。当然英二が黙ったままなわけはないし、新たにホースを引っ張り出してきた越前も入ったことですっかり場は水の掛け合い状態だ。「おチビ貸せ!三井、覚悟〜!」英二の向けたホースの水がひなたちゃんに直撃したことで水も滴るいい女状態になった彼女は再び自身のホースを使って対抗。ってちょっとちょっと。あの辺の野郎共がびしょ濡れなのはいいとしてひなたちゃん。無防備にはしゃぐあの子を見て僕は立ち上がった。

「よっしゃ!ウォーター!」
「来い、こいよ。お?」
「はいはい終了ー。ひなたちゃんはこっち来てねー」
「あ、不二!中断させんなよ」
「英二はいい子だから黙っとこうか」

一部がざわつく中ひなたちゃんの手を引いて僕は皆が部室代わりに使っている小屋へと入る。途中すれ違った乾が「ふむ、ピン」何かノートに取りかけてたから一睨み効かせてやると無言でノートを閉じたのが分かった。部屋の扉を閉めると僕は置いてあった自分のジャージを手に取り、ひなたちゃんの肩にかける。

「え、暑いですよ不二先輩」
「ひなたちゃん、注意しなきゃだめだよ」
「?」
「水かかってたじゃん。下着透けてるよ」

バッとTシャツに目をやった彼女の顔はみるみるうちに赤くなっていった。小さな声でお見苦しいものを…なんて呟くように言うなんて姿を見るのは初めてで思わず笑いが漏れる。恥ずかしいって感情はあったんだ、一応。

「それ貸してあげるから着替えてきなよ」
「重ね重ねすみません…」
「本当だよ。昨日のこともね」
「昨日?」
「肝試し。するって言ったよね?」
「あー…すいません…?」
「ふふ。悪いと思ってるならさ、デートしようか」
「え」
「今日の練習後、ここで待ってる。来なかったら一生許さないからね?」
「え、ここ?え」
「じゃあ先に行くから」

まるで事態の読み込めてないひなたちゃんはポカンという表し方が似合う、ちょっと間抜けな顔だった。一方的に取り付けすぎた感は否めないけれど、あの子が押しに弱いっていうなら強気でいかないと一生気付かないだろうし。

「…言っただろう?そろそろいくよって」

夜を楽しみに気持ちを引き締めた僕は、もう少ししたら始まる練習に備えて腹ごしらえを済まそうと小屋を出た。





お風呂を上がって一度自分たちの部屋に戻ると中では恒例のまくら投げが始まっていた。英二の「不二も入れよな!」なんて申し出には曖昧に笑って返してアメニティを鞄にしまう。そして鞄から紙袋を取り出すと、僕は誰にも気付かれないようこっそりと部屋を抜け出した。
テニスコートまでの道のりはあっという間で、誰に会うこともなく到着することが出来た。小屋に電気が点いていなかったからまさかバックレたのかなんて考えが一瞬よぎったけど、部室でもなんでもないあそこに電灯なんてなかったのかもしれない。ひなたちゃんは扉にもたれ掛かって俯いていた。

「早いね」
「あ、不二先輩。良かった合ってた」
「頭の上はてなマークだったもんね。待った?」
「そんなに。わたしが早風呂なだけなんで」
「なら良かった」
「で、なんですか決闘ですか!」

ファイティングポーズを取るひなたちゃんは華麗にスルー。先に歩き出してやれば、そのついて来いと言わんばかりの姿に彼女も僕を追いかけた。どこまでも頭が悪いってわけじゃないみたいだ。
さっきまでコートを照らしていた照明も熱をさまし、夜の合宿所は昼間とはまるっきり様子を変貌させていた。あのうだるような暑さや響き回る騒がしい声もなく闇と静寂が辺りを支配している。どんどん歩みを進めれば、昨日バスで通ったお屋敷の門が見えた。しっかりと施錠された門に手をかけた僕を見て、ひなたちゃんから驚きの声が上がる。大丈夫だからと言って一足先に上へ登った僕が手を伸ばすとひなたちゃんはそれに続いた。

「抜け出しちゃうんですか?」
「そ、もうすぐだよ」

そのまま彼女の手を引く僕の言葉の通り、合宿所を出て五分くらいのところで目的地が見えてきた。「海だ!」降りられる場所を探して海沿いの道を進めば堤防に向かってザザンと波が静かに音を立てて押し寄せる。ようやく砂浜へ降りる階段を見つけたひなたちゃんは一目散に駆け下りていった。

「きれーい!」
「本当だね」
「不二先輩が見つけたんですか?」
「まさか。ここへ来る前に寄ったコンビニの店員さんに聞いたんだ」

ネオンで明るすぎる東京の空とは異なり、道端の電灯さえまばらなここは一面の闇に星空が広がっている。その光を海面が受けてキラキラ映し出される様は一時僕たちを無言にするには充分のものだった。しばらくその光景を流れていたひなたちゃんは僕の方へと向き直る。

「なんでわたしだけ連れてきてくれたんですか?皆で来ればよかったのに」
「…本当に君はテニス部のまとまりが好きだね」
「はい?」
「何でもないよ。ひなたちゃんも合宿楽しめればいいなと思ってさ」
「? 昨日のお昼に流しそうめんしたのとか楽しかったですよ」
「けど桃はあんな調子だし、やっぱ一人でマネ業もご飯もするの大変だったでしょ。せめてもの労いと思って」
「それは嬉しいけど申し訳ないような」
「あとはこれがあんまり沢山売ってなかったってこともあるけどね」
「うわ!」

ずっと手に持っていた紙袋から中身を取り出せば「花火だあ…!」ひなたちゃんの目も一気に爛々と輝き始めた。「普通の手持ちに、ドラゴンに、ねずみに…あ、わたしロケット花火大好き」夢中で紙袋の中の花火を漁る姿を微笑ましく思いながらポケットからライターと蝋燭を出してやる。早く早くと目で急かす彼女にペットボトルへ水を組んでこいと言えば即座に波打ち際へ駆けていった。炎が立ち上がり、二人だけの花火大会が始まる。

「わたし今年初花火です!いや、ほんとテンション上がる」
「知ってる?ハリーポッターゲーム。連続花火をこう手に持って」
「危なすぎいいい!不二先輩?!」
「ほら逃げないと当たっちゃうよー」
「鬼!オニィ」

ひなたちゃんを追っかけ回して遊んでみたり、対抗してねずみ花火を仕掛けてきたのにちょっと焦ったり、ドラゴン花火を口に咥えさせて写メったり、普通に打ち上げ花火を眺めたり。二人では結構量があると思ったコンビニのバラエティセットもあっという間に底がつき、飲み口を切り落とした2リットルペットボトルも二本目がすでにパンパンだった。楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

「線香花火あるじゃないですか!やりましょうよ不二先輩」
「いいよ。勝った方が一つお願い聞くこと」
「乗った!」

二人でしゃがみ込みそっと蝋燭の火に近付けると先端から光を帯びた球体がパチパチ、静かに音を立て大きくなっていった。ほぼ同時のタイミングで明かりが灯り、ひなたちゃんの横顔も真剣そのものだ。

「ねえ」
「なんですか」
「大石と仲直りできてよかったね」
「うわもうバレてる。そんなに分かり易かったですか」
「あれ、動揺を狙ったつもりなんだけど落ちないね」
「ハン。これくらいどうってことないです」
「で、君たちってどういう関係なの」
「ああ言ってなかったですか。彼は血のつながった兄、異母兄弟です」
「ブッ」
「あー落とした。先輩の負け」

僕としたことが完全に動揺した。驚いたときの振動で線香花火にくっついていた小さな光は輝きの最高潮を迎えることなく砂へと飲み込まれていく。いやそんなことは今はいい。

「ちょっとそれ本当?」

目を見開いてひなたちゃんを見つめると、目の前の彼女はあっけらかんとした態度で嘘だと言ってのけた。この子はいけしゃあしゃあと。

「この勝負無効だよ!ずるい」
「天下の不二周助が約束やぶろうとしていいんですかー」
「ったく君は」
「でもお兄ちゃんみたいな存在なのは本当ですよ。タカちゃんはお母さんです」
「僕は?」
「意地悪な継母で…いひゃ、いひゃいれす」
「生意気なこと言うのはこの口か?ん?」

お餅のように伸びる頬を左右さまざまな方向に引っ張ってあげれば若干涙目のひなたが僕を睨みあげた。そんな顔しても可愛いだけだよ全く。でも五月の時点であの二人のおかしなやり取りを目撃していた僕からすればやっとかって感じだし、大石に時折視線を送る彼女をみてイライラすることだってもうない。そう思うとさっきの花火は僕自身に対しての祝砲にも感じられた。

「帰ろっか」
「もう遅いですしね。…何ですかその手」
「ん?花火の帰りってそういうもんだよ」
「さすがにそれは騙されません」
「ほら砂に足下とられたら危ないでしょ」
「えーもう」

嫌そうな顔を全面に押し出したひなたちゃんの手をとって、ザザンと寄せては返していく波を背に僕たちは歩き出す。喜んでたし成功ってことでいいよね。もう片方の手に小さくガッツポーズをした僕は、この時間が出来るだけ長く続くよう歩みのスピードを落としたのだった。
…ちなみにさっきみたいな花火の遊び方は大変危険なので良い子は絶対真似しないように。


(160704 執筆)
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