「あーー気持ち良いーー…」
「やっと…やっと一日が終わったぞ…!」
「まさかとは思うけど、風呂の後も練習とか言わないよね?」
「それはない。自主練禁止とは言わないが、夜は身体の疲れを取った方がいいだろう」
「言われなくても爆睡だよこんなの」
「流石にもう動きたくないっス…」

今日の練習を思い出して口々に今の思いを吐き出す。長かった合宿一日目の締め括りに俺たちは大浴場で疲れを癒していた。別荘なんて大層なこと言っていた割に設備やコートは年季掛かっていたけれど、風呂だけはでっかくて良い感じだ。汗をシャワーで流した後は部員全員で湯船に浸かる、これぞ合宿の醍醐味ってもんでしょ。そして醍醐味と言えばもう一つ。

「おいおい越前!そんなこと言ってちゃいけねぇな、いけねぇよ!」
「?」
「おや、忘れちゃったのかい?一日目の夜は肝試しだって言ったじゃない」
「…俺不参加で」
「ノリ悪いこと言うなよ!やるったらやんの!」

軽井沢に山があるって聞いたときは死刑宣告受けた気分だったけど、その後の乾のリサーチで良い感じに不気味な洋館が近くにあるって分かったときはそりゃもうテンションが上がった。肝試しに行かない理由がない。実は幽霊の類が苦手な海堂を脅かしたらあいつどんな反応するんだろ…?そんな俺のワクワクを遮ったのは、初合宿で多少お疲れモードのおチビが放った一言だった。

「そんなに楽しみなんだ、男だけの肝試し」
「ん?もしかしてあいつ来ない気?」
「頭と体とお腹が痛いから行かないってさっき」
「ええ!?重病じゃない!」
「…タカさんは純粋だね」
「『目に見えないものにビビるほど暇じゃないので、寝ます』などと言った確率80パーセント」
「えーひなたちゃん来ないんだったらもうやめようよ手塚」
「いつになく直球なわがままだな不二」

不二なら本気出せばイベント一つ簡単に潰しにかかりそうだから怖い。確かに野郎ばかりの肝試しなんて色気もクソもないけど、あいつがいたからって色気が出るかと言われれば答えはノーである。愚かにも不二と視線を合わせてしまったのは海堂だった。

「海堂が言えば来てくれるでしょ、絶対呼んできて」
「いや…あの、先輩…」
「お菓子で釣るとか何かあるじゃない。いいから連れてきてよ」
「…あー、元々はそこの補欠がしっかりマネージャーしなかったせいじゃ」
「バカ!話振るな」
「…間違えた、補欠のそのまた下だったな」
「そうだね。もともとひなたちゃんを手伝うために呼ばれたのにそれどころかカレー五杯もお代わりしてたもんね」
「か、勘弁して下さいよ不二先輩〜」
「そっかそっか。桃のせいでひなたちゃんは来る体力なくなっちゃったんだ」

完全に八つ当たりモードになった不二から逃れるため、俺は急いで湯から避難することにした。きっと肝試しで何か仕掛ける予定だったんだろうけどそんなの俺には知る由もない話である。まあちょっと逆上せそうだったし丁度良かった、風呂は好きだけど長時間は無理なんだよね。と一足先に脱衣所で着替えてから髪を乾かしていると曇りガラスの向こうに見知った人影が現れる。

「あ、大石も逃げてきたんだ」
「まあな。他の皆は脱出失敗してとばっちり食らってるよ」
「セーフ…」
「少し待っててくれよ。飲み物買いに行こうぜ」
「いいね!賛成」

ちなみに俺と違って大石は湯船にはゆっくり浸かる派なんだけど、ほらあいつ洗う髪も乾かす髪もほとんどねーから。だから風呂早いんだよな。はは。そんな失礼なことを相方に思われているとはつゆ知らず、大石は手早く着替えを済ます。俺も慌ててぺしゃんこになった髪をピンクのクリップで留めると、しっかり前髪を整え終わった大石が行こうと促した。しまったどうやってセットしてんのか見とけばよかった。

「風呂上がりと言えばフルーツ牛乳だよな!」
「ハハ!好きだなあ英二は」
「…あ、悪い電話だ」

飲み物を求めてロビーの自販機までの道程をぺたぺた歩いていたときだ、簡易浴衣の袖が振動を響かせる。着信の文字に続く名前に驚くのはこれが二度目だった。『三井ひなた』…?あいつが俺に何の用だよ。不二に知られたら面倒なことになりそうだと俺はそっと赤いアイコンを押す。

「出なくていいのかい?」
「ああうん。どうせ大した用事じゃな…」
「……」
「…鳴ってるみたいだけど」
「チッ」

通話拒否押されたことぐらい気付けよ。ひなたはもちろん悪くはないんだけど、自分でも良く分からんタイミングで不機嫌になるので有名なのがこの俺だ。イライラした口調で電話に出ると隣の大石がびくっと揺れたような気がした。

「なんだよ」
『先輩…!ああもう、やっと出た。馬鹿』
「ハア?」
『何回も電話…したんです…よ!』
「…お前どした?息荒いぞ」
『……』
「おいひなた?」
『えーじ、せんぱぁい…』

普段とは全く違う雰囲気の声に思わず固まる。そんな泣きそうな切ない声で呼ばれたことなんかなくて、そりゃ俺が動揺するのも無理ないだろう。あいつの名前を呼び掛けたこともあってか、大石もどうしたという目でこちらを見つめる。

「おい、何かあったのか?」
『…ドアが、開かないんです』
「ドア?どこの?」
『コート…の側のとこの。間違えて閉められたくさい…』
「分かった分かった、迎えに行ってやるから」
『…すごい身体しんどくて、気持ち悪い』
「へ!?」
『早く迎えに来てくださいよぅ…』

聞いてられなくて俺は一方的に電話を切った。あの声俺ダメだわ、というかアレ本当にひなただったのか…?悶々とした気持ちを抱えつつもとりあえず迎えに行ってやらねーとな、俺が方向転換したところで強い力に腕を掴まれる。振り向いた先には大石が険しい表情を浮かべていた。

「あいつが、どうかしたのか…?」
「え、ああ…なんか手違いで閉じ込められたらしくって」
「閉じ込められた!?どこに!」
「コートの側の、俺たちが部室代わりにしてた小屋あんじゃん。多分あそこ…」
「多分って、何でちゃんと聞いてないんだよ」
「? 悪い…」
「どんな様子だった?声とか呼吸とか。何か持ってきてとか言ってなかった?」
「へ?いや、息はちょっと乱れててしんどそう…だったかな?」

俺の言葉を聞くや否や、大石は弾けたように駆け出して行く。ちょいちょい、俺の置いてきぼり感がすごいんだけどどうしちゃったのあいつ!ひなたは練習が終わってから片付けをすると言って一人あの小屋に残っていた。確かに体調が良くないんなら早く休ませてやるべきだし、汗もシャワーで流したいだろう。でも、だからって全力疾走することか…?色々腑に落ちなかったけど、電話を受けたのは俺だということもあって慌てて大石を追い掛ける。ようやく背中が見えた頃、あいつは受付で管理人さんに詰め寄っていた。

「だからコート付近の小屋の鍵です!至急お願いします!」
「はいはい、ちょっと待って下さいよ」
「あと何かビニール袋のようなものも!早く!」

人の良さそうな中年女性に分類される管理人さんは何事かと目を丸めた後、慌てて奥へと入っていく。大人に向かって怒鳴るなんて大石らしくもない。合宿所はまだ繁忙期前の七月ということもあり他にスタッフはいないようだった。イライラと足を動かし続ける大石の肩にそっと手を添える。いつもとはまるで逆の役回りだ。

「ちょっと落ち着けよ大石」
「え…ああ、そうだよな。ごめん」
「どうした?らしくないぞ」
「…あいつさ」
「うん?」
「狭いところが苦手なんだ…。長時間一人でいるとパニック起こすこともあるから…居ても立っても居られなくて」

「わたし、狭いところが得意じゃないっていうか…特に車とか」
「誰かいれば平気なんですけど、一人になったらこう、息が苦しくなっちゃって…」


そうだ確かそんなこと。この前聞いた内容が脳裏に思い返されて、俺はようやく事の次第を理解した。俺だってあいつから聞いてたのになんで忘れてたんだろうボケっとしてんなよ俺。だけど息が苦しくなるとかパニックとか、一般人の力でどうこう出来る症状なのかは分からない。行ってももし役に立たなかったらと思うと急に不安が襲ってきた。

「お待たせしました、この鍵ですね」
「ありがとうございます!英二行こう!」
「あ、うん」

同時にふと沸いたのは大石への疑問。何で大石があいつのことに詳しいんだろう…?そりゃ俺は成り行きであいつを保護してるから多少の事情には詳しいつもりだけど、そういえば大石ってひなたと関わりあったんだっけ。考えども二人の繋がりはさっぱり見えてこない。行方不明になった件でレギュラーには自分から話してる可能性は充分あり得えたけれど、今俺が追い掛けている大石の背中は何だか知らない人のように思えた。


(20160609 執筆)
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