ニコニコ強化合宿一日目、夜の部。ストローク練習を終えた僕たちは疲労状態のまま練習試合に移った。また越前とやってもよかったんだけど今回の相手は英二。「あーくっそ!惜しいとこまでいったのに!」…と英二も言うようにゲームカウントは6−3。ダブルス専門の相手にしては接戦だったように思う。英二また強くなったな、この前ランキング戦で戦ったときは確か…ベンチに座り給水していると、その横に人影が立ち、ナイター設備の明かりを遮る。

「やあ、手塚」

寡黙な彼は何も言わずゆっくりと隣へ腰掛けた。微妙な距離を開けた僕たち二人の前にはちょうど試合の光景が広がっており、早くもこの過酷なスケジュールに順応しつつある越前はこれでもう三試合目だ。彼もまた、どんどんと成長していく。

「手塚。越前と試合したとき、君はどんな風に思った?」
「知っていたのか」
「なんとなく」
「…不二」
「うん?」
「この前の越前の試合といい、今といい、何故本気で勝ちに行かなかった」
「…」
「本当のお前はどこにある」

思ってもみなかった言葉に僕は試合から視線を逸らした。まさかこの話をしようと思ってやってきたならさすが部長ってところだ。そういえば前に乾も、僕のデータは取らせてもらえないなんて言っていたっけ。本当の僕がどこにいるかだって?そんなの、自分が一番知りたい。

「…どうやら僕は、勝敗に執着出来ないみたいなんだ」
「不二、」
「相手の力を限界まで引き出してスリルを楽しみたい…だけなのかな僕は」

昔はそりゃ勝ちたかった。どんどん身についていく技術、やればやるほど上手くなった。だけどいつからか…多分強いと言われている選手にも勝てるようになったときから、僕は勝利に対する執着が薄れてきていた。いつだって勝てるから自然とそういう風に試合をすることが身についてしまったのかもしれない。それは自分のことなのに説明仕様がないもので、だから手塚にも「スリルを楽しみたいだけなのかな」なんて曖昧な言葉で返してしまった。

「君こそどうなの、手塚?」

逃げるように手塚へ問い返した僕はきっと、この複雑な思いを同じく天才肌の手塚なら分かってくれるんじゃないかと思ったんだと思う。だけど彼の返答は僕の思っていたものとは違った。

「何としても勝つだけだ。今は全国制覇することしか頭にない」

クールな男だと思っていた手塚の瞳は熱く、熱く燃えている。それは今の自分にはないもので、羨ましくもあり悲しいものだ。それでかな、僕は自分でも思いもしない言葉を発してしまった。

「支障が出るなら僕をレギュラーから外してくれ」

手塚は僕の言葉に返事を返すことはなかった。スポーツドリンクを飲み干した後、一瞬だけこちらに目をやって。それから振り返りもせず次の試合相手の大石が待つコートへ入っていく。食えない男だ。

「…格好悪いとこ見せちゃったね」

テニスを楽しむこと。勝敗にこだわること。この二つは同じなのか、それとも似ているだけの別物なのか。そんなことを考えながら、僕は後ろの茂みに向かって声を掛けた。間も無くして出てきたのはやっぱりあの子、ひなたちゃんだ。

「あの、邪魔しちゃだめだと思って。…いつから気付いてたんですか」
「分かってる。はじめからだよ」
「ええ、観月さん?!」
「ほらチョップしないから黙る。ついでに越前や英二にも今の言わないでくれると嬉しいんだけと」
「なんでですか」
「相手が本気じゃなかったなんて知ったら気が悪いだろう?」

自虐気味に笑う僕を見て、彼女はゆっくりと僕の少し後ろの方へ立つ。正直こんな姿を好きな女の子に見られるのは居た堪れなくて何だかひどく格好悪い。放っておいてほしいと思うのと同時に一人にもなりたくなくて、そんな矛盾した感情が渦巻く僕にひなたちゃんは言葉を紡いだ。

「焦らなくても大丈夫です」
「…」
「手を抜くと本気を出すは違うって、わたし前も言ったでしょう」
「…そうだったね」

いつも君が僕の欲しい言葉をくれるのはなぜなんだろう。勝敗への執着とチーム戦を引っ張ることの焦燥、そこにはそういう感情全てを読み取られてしまっているような、不思議な安心感があった。ひなたちゃんは僕が飲み干したドリンクのボトルを受け取り、代わりにタオルを差し出す。そういえばさっき夕食のときに不機嫌そうにしていたけど、イライラは収まっているみたいだ。手塚のように座るわけでもなく彼女は立ったまま僕のラケットを見つめていた。

「…本当にくるかな、僕が全力を出すそんな日が」
「くると思ってるから毎日影で練習してるんじゃないんですか?」
「…買いかぶりすぎだよ。僕の努力の理由はチームのためなんて綺麗なものじゃない」
「なんか難しいです」
「そうだね」
「何ていうか、先輩がテニス上手いのはもちろんすごいんですけど」
「…」
「『勝つ』から『勝てる』ようになってきた天才への変わり目で、努力を捨てなかったことが一番立派だなってわたしは思います」

なんて生意気ですかね、と付け足して彼女はちょっと笑った。ひなたちゃんのたまにしか見せないこの顔が僕は好きだ。力強い言葉は僕の心情も察した上で的を得ているから、この子の言ったことは本当になるんじゃないかとすら思う。元気をくれる、なんてクサい台詞だけど彼女の存在は僕にとってそういうものだし、この言葉が一番しっくりきた。

「ふふ。僕はひなたちゃんが分かってくれてたらもうそれでいいや」
「わたしも昨日同じこと思いましたよ。先輩たちが分かってくれたらいいって」

先輩たち、という部分に少しムッとしたけどひなたちゃんにそこまで入り込めてない僕が悪いんだと気を取り直す。気持ちを自覚してから僕なりにアプローチはしてきたつもりだったけど、距離が近付いたのをはっきり感じたのはたった昨日の話。でもあのヤマザキの一件で分かった、ひなたちゃんには回りくどく優しくするより直球でいったほうが効くってね。タカさんや海堂に懐いているのもこれで納得がいく。

「ま、覚悟しとくといいよ」
「やっぱりしばかれるんですか?!」
「そういう要望なら僕としても心が痛いけど仕方がないかな」
「嘘です!わたしこういうとき嘘しかつきません!嘘の王国からやってきた者ですわたし」
「じゃあしばかれたくないっていうのがやっぱり嘘で」
「ちくしょう!あああ違うくて」

こうやって遊ぶのも面白いけど、そろそろいくからね。ひなたちゃん?


(141123 執筆)
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