「ちょっっっと何このメーリス!!」
「…」
「明日から合宿って!いきなりすぎるわ」
「…何だよ。テニス馬鹿の口から文句出るなんて珍しいじゃん」
「先輩知ってたなら教えて下さいよ!」
「俺だって今日聞いたんだっつーの」

時は戻って合宿前夜。部屋で着替えやらお菓子をキャリーバッグに詰め込んでいると、スマホを手に握り締めたひなたが部屋へと駆け込んできた。風呂上がりでまだ濡れた髪を滴らせて「これ!」画面を見せながらずいと迫ってくる姿は完全にアレだ。やべえ…女に襲われる趣味とかないんだけど。

「こんな簡単にはいそうですかって明日から行くものなんですか!おかしいでしょ!」
「え、今日言ってたじゃん。…あれ、あのあと手塚言ってたっけ」
「聞いてない!」
「そっか」
「覚えとけあのサイボーグ!」
「今日おまえ鬱陶しいな。いいじゃん合宿、おまえも好きな響きだろ」
「そうなんですけど…一つ問題が」

兄ちゃんのスペースである下の段の二段ベッドへ腰掛け足をバタバタさせるひなたを見て、最近家で見せるこの雰囲気は学校で見せる毒舌でクールなそれとは違うななんて関係ないことを考える。だってこうして見るとひなたはただの女の子で、ふつうの女子中学生みたいに笑うし拗ねる。兄弟でのチャンネル争いにも参加するし、髪の毛乾かさずに寝て姉ちゃんに怒られるし、夜にこっそりコンビニのスイーツを食べてたりもする。案外学校じゃ虚勢張ってたりしてな、そう思いつつ俺は話の続きをやつに促した。

「この前お弁当が一緒なのバレかけたときあったじゃん」
「あー。桃が余計なこと言ってヒヤヒヤしたあれな」
「あのときわたし、お弁当自分で作ってることになっちゃったんですよ!つまり合宿でもご飯作ることになって、料理初心者なのがバレて、あああ格好悪い!」
「…お前ほんとプライド高いのな」

同じ屋根の下に住むようになってから知ったんだけどこいつは結構不器用だ。軽いノリで桃が、俺はハチマキ作るからお前はお守り作れよって言ったときなんか特にそう。余裕の表情で引き受けてたくせその夜『初めてのお裁縫』という本を買って熟読していたなんて誰も知らないだろう。洗濯の手際がいいのだって家で練習したのかもしれないし、指先には生傷が絶えない。ほんと、意地っ張りなただの馬鹿だ。

「なら合宿行かずに残りゃいいじゃん。折角の公休だけどレギュラー以外は普通に部活なんだし」
「留守中のマネ業は一年生。足りない分の雑用は朋香にスミレが頼むって」
「ふーん」
「桃先輩からも『練習相手兼マネージャーで合宿連れてってもらえるぜ』とかLINEきてるから人手は万全。オチオチ出前で済ますこともできやしない」
「はーんほーう」
「なんでそんな他人事みたいなんですか!わたしの料理下手が露見されれば英二先輩のお弁当にも再び疑いの目がかけられますよ」
「…ま、一緒に住んでるのがバレるのはごめんだな」

仕方がないと立ち上がったところに扉が開いて、風呂上がりの兄ちゃんが入ってきた。一瞬固まった後俺たちを交互に見て「え、二人?何してたのそういう関係?」アホなことをのたまう人は無視だな無視。兄ちゃんをスルーして部屋を出ようとすると後ろのひなたから疑いの目が投げかけられる。…ったく察しろっつーのと俺は溜め息をついた。

「置いてくぞおまえ」
「…もしかしてプリンス!」
「プリンスいうな。特訓すんぞ、こい」

嬉しそうな顔を隠しもせず「さっすが先輩!」ひなたが飛び上がったのは言うまでもない。ったく調子いいやつだな。ルンルンと軽い足取りのまま先陣切って降りていくのを後ろからみて、俺はバカだなあなんて小さく笑った。…まあそんなほのぼのした雰囲気も、ヤツがキッチンに入った瞬間ジ・エンドとなりそれまでだったんだけど。

「なんで」
「ん?」
「なんで米を洗剤で洗おうとするんだおまえはあああああ!」
「き、綺麗になるかと思って」
「そんな漫画みたいなボケいらねんだよ!おら、おまえの大切な部員の命がかかった食事なんだ芸人根性すてろ」
「だいぶ大真面目ですってば」

朝ごはん当番のとき隣でみてやって、ウインナーと卵くらいは焼けるようになったと安心してたらこいつとんでもねえ、バケモンだ。小さい頃から料理含め家事するのなんて当たり前だった俺からしたら異端児すぎて到底信じられない光景だ。「包丁の持ち方はこう!」だとか「プルプルさせない!ああもう危なっかしいな」といった俺の怒鳴り声と剣幕に、夜ドラを観ていた家族も心配そうにこちらを伺っている。いやうるさいのは分かってんだけどさ、なんで人参を掴んで宙で切ろうとすんのこいつ!自分がまな板だから気遣ってんのか?て誰が上手いこと言えつった!

「先輩、たのしそうですね」
「俺を怒らせようとして言ってんならころすぞ」
「こえー」
「ほら、また猫の手忘れてる。次タマネギね」
「まだあるの…」

合宿の夕ご飯と言えばやっぱりカレー。大人数だし練習後腹減ってる野郎の食事には最適で、昼は残りをカレーうどんにすればいい。けどこんな定番料理いまどき幼稚園児でも作れるってのに、わざわざ携帯のメモ機能に書き込みながらってどういう了見だ。女としてひどすぎて同情すら湧いてきた俺は、皮を剥いたタマネギを恐る恐る切ろうとするひなたを横で見守り続ける。小学校って調理実習あるよな?え、ほんとにどういうこと。

「タマネギはまず半分に切って」
「こうですか」
「そうそう、で芽をとったら次はこうやってざく切り。大きめに切っても煮込めば溶けるからさ」
「へー」
「でも煮込む前に加熱はしっかりしろよ。どうせ馬鹿でかい鍋で大量に作るからちゃんと野菜全体に、え」
「う……」

ふと小さな声を上げたひなたの顔を見やって、俺は不覚にも固まってしまった。ポロポロと大粒の涙を流す姿には釘付けとなってしまい「め、いたい〜」包丁を離せないひなたがどうにかしろと言った具合に俺を見上げてきやがる。ちんたら切ってるからだよなんて目を逸らすも、不意打ちでこれはだめだった。ざわつく胸の辺りを抑えていると、地区大会の後やひなたが行方不明になった夜が思い出される。

「もーなんなのこれ、魔界の食材?」

あのときはいつも堂々としてムカつくツラ下げたひなたが泣いてるもんだからどうしていいのか分からなくて、慰めるのなんて苦手だし女の涙も嘘くさくて嫌いだしそういう意味では心がざわついた。けど今の心の揺れ方は全然ちがう。らしくない感情に俺は頭を振った。

「おら、とっととやれ。次はジャガイモ!」
「ま、待って下さいよ今メモを」
「書くふりしながらLINE返さないの」
「げ。ばれてた」
「なんだよ、相手不二じゃん」
「今日のお礼を送って、その返事がきただけですよ」

俺も何気にしてんのって感じだし、おまえも何言い訳みたいな言い方してんのって感じだし。その後もちょこちょこひなたがスマホを触っていてたのは知ってる。不二みたいな良い奴にあんなバカ似合わないと思うけどな。バスの中でおチビが言っていた「二人仲良いよね」的な発言になんて答えたらいいか分からなかったのもきっとそのせいだろう。





「おおー!カレーじゃんうまそう」
「まあこれくらい当然です」
「ちゃんとサラダも作って偉いじゃない」
「まあこれくらい当然です」

桃たちの歓声とカレーの匂いで、俺はハッと回想から戻る。目の前には多少煮崩れしつつも良い出来だと言える特訓の成果がすまし顔して並んでいて、ほっとしたようなちょっとムカつくような。部員に続き手塚にまで褒められたことですっかり気を良くしたひなたは完全にドヤ顔でうざかった。
そうだよ。あんときは俺も疲れてたし、そうだよあるわけない。昨日あいつの泣き顔みて自分が抱いた感情は錯覚だ。そうだそうそう。涙を流していたあいつが、可愛いなんて。


(141108 執筆)
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