「にしても格好良かったな、あんときの不二!」
「ちょ、先輩お菓子飛ばさないでよ」
「『おかしいですね、先生?』とか言ってさあ、東の中学生探偵が現れたのかと思った!」
「なんだ、やけに良いタイミングだと思ったら扉の外で待機してたのか」
「まあね」
「成る程。興味深いデータだ」
「っていうか不二が本気で怒ってるのなんて初めて見たよ」

昨日のことは瞬く間に学校中へ広がり、濡れ衣を着せられたマネージャーを助けたテニス部員の人気はまた更に上がったとのことだった。まあそんなことは皆どうでもいいようで、朝七時に集合し乗り込んだ団体バスは現在合宿所のある軽井沢へと向かっているところである。いつもうちのテニス部が利用していた合宿所ではなく竜崎先生の知人の別荘を借りるということだが、早速スナック菓子を開けにかかる英二の姿はまるで遠足だ。汚いとは口に出しつつ分けてもらったお菓子を頬ばる越前は少し声を潜めながら言う。

「…あんな急に距離縮まるもん?」
「ん?」
「不二先輩と三井っスよ、いきなり仲良くなりすぎじゃない?」
「あんな格好良く助け出されたら誰だって懐いちゃうでしょ。ベリークール!」
「でもさ…ほら、あんなに顔寄せてスマホいじって笑い合ったりなんかして」
「確かに三井が海堂の横でもタカさんの横でもないところに座るとは予測できなかったな」

俺の言葉に少し反応するような素振りを見せた海堂の横は寂しげに空いていた。海堂のことだからきっと小腹が空いたとき用の美味い食べ物やお菓子、合宿先である軽井沢のグルメ雑誌などはまず準備していたに違いない。「ちょっと可愛いね」こっそり感想を言うタカさんにいつもなら英二が反応しそうなものだが、後ろを振り返るとそこには先程とは一転して眠そうに窓の景色を見つめるムードメーカーの姿があった。

「どうした、七時集合は朝練がある日よりだいぶ遅いだろう?」
「あーうん…楽しみすぎてふわぁぁぁ。眠れなかったんだよね」
「遠足じゃないんだから」
「あ?バッカおチビ。楽しみだったのはお前ら後輩の反応!本当に楽しみなわけないだろ」
「どういうことだい?」
「ふわぁぁあ…そっかタカさんも初めてだもんな。じゃあもう罠に引っかかってるよ、この合宿の」

意地の悪そうな顔をして笑うついでに英二は越前の使っていた首を囲う形式の枕を奪い取る。横暴だと声を上げる越前を無視して完全に寝る体勢のようだ。英二を見習って俺も懐からアイマスクを取り出すことにする。

「え!寝ちゃうんスか英二先輩ー!」
「うん寝る…」
「そんなぁ!らしくないっスよトランプしましょうよー!」

英二と越前が並ぶ座席の後ろから首を突っ込んできたのは桃城だった。実力も申し分なく数合わせにも丁度良いということで臨時マネージャーに連れてきたのである。おそらく隣の大石が出発早々寝息を立ててしまったことで桃が暇をしている確率88パーセントといったところか。先輩先輩と騒ぐ後輩に英二はうっすらと目を開けて言った。

「…とにかくしんどいんだよ、寝とかないと地獄見るぞ」
「またまたそんな冗談!」
「当たり前だろう。わざわざ学校ではなく軽井沢まで行くんだ。朝から晩までテニスの出来る環境の下、ビシバシ鍛えられると思っておけ」
「朝から晩まで…」
「ニコニコ強化合宿〜なんてふざけた名前も、せめて名前ぐらいは楽しくみせようって過去の先輩がつけたものなんだから」

寝ると言っていた割には今までの合宿エピソードを語る英二はイキイキとしていた。いや、おそらく少し遠い海堂の席にも聞こえるようにしているのだろう。そうして散々初参加組をビビらせにかかって「んじゃおやすみ」話が終われば三秒で眠る彼は将来絶対大物になると思う。

「な、なあ…本当に川に突き落とされるのか?」
「それはタカさん次第だが、手頃な川がある確率はほぼ100パーセントだ」
「……」

一気に顔が青ざめていくタカさんの隣で、俺は前の席を眺めていた。視線の先では不二と三井が親密そうに顔を寄せている。不二が本気を出すとは思っていなかった。正直三井を気に入っているというのは彼女を上手く操縦するための冗談だと思っていたのである。だが昨日の件で確信したのは、不二があの子を本当に大切に思っているということだ。

「彼女が世話になったね」

これまでも不二はマネージャー業を積極的に手伝う傾向にあり、三井が懐いている一部の部員にはしばしば八つ当たりをするシーンも目撃されてきた。不二ならもっとスマートにやりそうなものだがそれだけ苦戦しているということだろうか…?しばらく観察しているとジャージから振動が起こる。この短い振動はきっとLINEだとスマートフォンを取り出すと、トーク画面に表示される名前を見て俺は内心青ざめた。

『なにみてんのさ』

差出人は不二周助。一応文末には笑っている顔文字がお情けでついていたが本人は全く笑っていないだろう。不二が邪魔すんなと思っている確率98パーセント。そしてこの後の合宿で俺が何か酷い目に遭う確率99パーセント。
そんなつもりはなかったすまないという旨を送ると、不二から送られてきたのはLINEのキャラクターがOKの文字を掲げたスタンプだった。なんて本心とはミスマッチなポップさだ…真顔のスタンプの後に『次はないからね』くらいの脅迫があったほうがまだ自然なもの。

「あ、ちょっと…すごいよ!アッ」
「ふふ。やってほしいならお願いしなよ」
「もう無理ですよー…ね、不二先輩」
「仕方のない子だね」

見るなと言われた以上もう後ろからこっそり覗き見ることはできないが、なんて気になる会話をしてくるんだ。この部分だけ聞いたら勘違いする人間が出てきてもおかしくはない。ハッ、もしかして不二のやつこうして俺が悶々としているのを分かって面白がっているのでは。見たい…しかし見たら死を覚悟しなければならない。データにしないからと言おうか…いやデータを取りたいんだ俺は。ぐるぐると渦巻く理性と感情にもはや吐き気さえ起こってきて、俺はついにアイマスクを装着するという選択肢を選んだのだった。

「おっしゃゴール!!」
「ひなたちゃんゲーム下手だね」
「良かったこれずっとクリア出来なかったんですよね。お礼にチョコあげます」
「画面汚れちゃうから食べさせて」
「じゃあ後であげますよ」
「今食べたいんだけど」
「…わがまま」
「はい、アーン」
「しませんってば」


(140726 執筆)
きっとそんなことだろうと思いつつも何でも知らないと気が済まないのが乾さん
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