「昨日はノリで怒ってしまったが、この宍戸復活の情報を得られたのはでかいな」
「あ、ノリだったんだ」
「俺たちも更なる強化が必要だ」

この日三年生は進路面談のため午前授業となり、僕たちは下級生より一足先にコートで練習に励んでいた。打ち合いを続けるのは五分もしないうちに面談を終えたというタカさんと乾の二人だ。タカさんは板前の修行に専念するらしいし、乾は理系科目だけなら学年一位だから内部進学に何ら問題はない。そういえば大石も少し長かったけど、英二みたいに「このままじゃ高等部も怪しいぞー」なんて脅しをかけられてるわけじゃないと思うし、きっと大丈夫だろう。

「手塚はどうしたの?JFHのテニス留学特待生は断ったらしいけど」
「…なぜそれを」
「世界でも多くのトッププロを排出している学校なんでしょ。プロはずっと手塚の夢だったじゃない」
「…今は俺たち全員で必ず全国大会に行く。しょれだけだからだ」
「…今噛んだよね」
「噛んでない!!!」

力強い言葉だった。どこがってもちろん中盤の中身より最後が。顔に血を昇らせて拳を震わす手塚は見ていてとても楽しかったけど、青学のために海外留学の特待生まで断った心意気に免じて、僕は話の矛先を戻してあげることにする。

「そのためにはまず目の前の敵を倒さないと」
「もちろんだ」
「何か具体的な策があるって顔だね」
「ああ。先ほど了承の返事を頂いた」
「了承?」
「急だが明日から二泊三日で、対氷帝に向けた集中合宿を行う」

手塚の発した『合宿』という言葉に反応してすぐさま「え、授業受けなくていいの?」会話に飛び込んできたのは英二だ。こういう話題に関してだけは地獄耳なんだから。学校には許可をとったと告げる手塚に英二はガッツポーズ。でもテスト前の部活停止期間が例外になったのはまだ分かるけど、さすがに授業はどうだろう…。僕の思った通り、手塚は続けて言葉を発した。

「もちろん、関東大会の決勝戦が終わったら補習授業を受けるということでな」
「…なーんだ、萎えた」
「でも随分と急だね、手塚」
「日々の練習の大切さは最もだが、合宿を行うことで飛躍的にパワーアップする方に賭けた。今年は例の合宿もまだだったしな」
「…ああ、アレか」
「ついにアレが始まんのか…」

大石と英二が揃って嫌そうな顔を見せる。きっと去年の強化合宿を思い出しているんだろう。初参加となる桃や海堂、タカさんの反応が今から楽しみで思わず笑みを零すと、手塚の眼鏡の奥と視線がかち合った。

「ちなみに今年の合宿場は軽井沢だ」
「すっげーーー!」
「いつものところはどうしたんだ?」
「急だったため予約が取れなくてな、竜崎先生のツテで頼み込んだ場所となった。そして軽井沢付近には良い山が多い」
「…まさか」
「山登りなんて言わないよな…?」

無言の手塚にしてやられた感。これはいくら僕でも何度かは死ぬ覚悟を決めるしかないらしい。
明日という急な日程である以上、海堂や越前、そしてひなたちゃんには早く連絡しなくちゃいけない。だけど時計は三時を回ったところ、まだまだ授業の真っ只中だ。交代の時間になり、乾とタカさんが戻ってくる。タオルを手渡してお疲れ様と言ったそのとき。

「おばあちゃん!」
「…あり、竜崎さん?」
「先生ならまだ来ていないぞ」

コートの入り口から声が聞こえて振り返ると伸ばした髪をおさげにした女の子、スミレちゃんのお孫さんが息を切らして立っていた。どうやら先生を探しているらしい。職員室にいなかったからこっちだと思ったんだろうけど、スミレちゃんは三年の数学科担当だからきっと今頃はどこかのクラスの副担任として三年生の面談を行っているだろう。ただならぬ様子の竜崎ちゃんに僕はどうしたのと声を掛ける。

「一年生は五、六限が実力テストで、うちのクラスはちょっと早く終わったんですけど、えっと…とにかく大変なんです!ひなたちゃんが…!」
「ひなたちゃん?」
「三井がどうしたって?」
「数学のテス、テストで…カンニングしたって騒ぎになってて」
「何だと?」
「今、教頭室に連れて行かれたとこなんです…」

その言葉に僕たちは思わず顔を見合わせた。おそらく皆が同じ思いだっただろう。だってひなたちゃんがカンニングなんて、関東大会が迫るテニス部に迷惑が掛かることをする訳がない。きっと何かの勘違い、だけど数学と言っていたことに少しの不安がよぎった。

「…俺たちも行こう」
「おい、行ってどうする気だい?」
「そんな訳ねーだろって抗議すんの!」
「ただ何も準備せずに乗り込んだところで結果は見えてるよ」
「不二までそんなこと…」
「僕に考えがある。聞いてくれ」

竜崎さんが不安そうな顔でこちらを見つめる中、僕は皆にある提案をする。最初はいつかの雨の日みたいに勢いのまま駆け出していきそうだった英二も僕の話に乗ってくれたようで、他の皆も納得したように頷き返した。青学三年生のチームワーク、見せてあげようじゃない。
英二は1年2組の教室へ詳しい話を聞きに。タカさんは噂に尾ひれがついて回らないよう生徒の口止めに回る。大石はスミレちゃんへの報告に、そして残りの僕たちは一度部室に立ち寄った後、教頭室へと向かった。





「…今更だけど手塚はこんなことして大丈夫?」
「問題ない。それに俺がいた方が何かと上手く転がる話もあるだろう」
「俺もとうに腹は括った。行こう」
「…ああ!」

「「失礼します!」」
「…君たちは、手塚くんにテニス部の三年生?」
「教頭、いきなり申し訳ありません。しかし三井はそんな真似をするやつではありません」
「席周りの生徒の答案など証拠となるものを見せていただけますか」

僕と手塚、そして乾の三人は申し訳程度のノックをした後、返事も聞かずに教頭室へと飛び込む。驚いた様子の教頭の向こうには見慣れたひなたちゃんの姿が見えた。その向かい側には確か1年2組を受け持っている担任の堂先生、そして数学科のヤマザキ先生がソファに腰掛けている。僕たちの突然の来訪にひなたちゃんも目を白黒させているようだ。

「なんだ君たちは…!部外者は出て行きな」
「まぁまぁ、ヤマザキ先生。わたしとて青学期待の星である男子テニス部を勘違いで活動停止や出場自粛にはしたくない。…三人とも来なさい」

テニスの成績や普段の態度からテニス部に目をかけてくれている教頭の言葉で、僕たちは入室を許される。さて、ここからどう動くべきか。様々なパターンを予想しながら様子を伺っていると、来客用のソファに囲まれた机にヤマザキの視線が移る。高級そうなその机の上には今回問題になったと思われるメモが一枚置かれていた。

「一応説明をしてやると、こんなメモが三井の机に入っていてな。巡回中に見つけて引っ張ってきたんだ」
「…だからこんなの心当たりありませんって」
「いつも数学の成績は良くない三井がこの前小テストでクラス一位を取ったときからおかしいとは思ってたんだ」
「っ」
「最近勉強しているようにみせて、実はこんな行為を行っていたなんて、他の真面目な生徒に恥ずかしいとは思わなかったのか」
「……」

例のメモを掴み、どうなんだと気持ち悪い笑みを浮かべた数学教師はどう見てもこの状況を楽しんでいるようだった。腑が煮え繰り返るような気持ちになって僕はギュッと拳を握る。駄目だ、ここで感情的になってはいけない。

「実力テストの答案も、隣の席のやつと同じ問題を間違えている箇所が多々ある」
「…こじつけでしょ、そんなの」
「まだ言い訳をする気か!反省の色も見せない…素直に謝ってみたらどうだ、なあ三井?」
「先生」

我慢の限界だった。ひなたちゃんの努力を真っ向から否定する言葉が許せなくて声を荒立てた僕に、教頭室にいた全員の視線が集中する。手塚と乾の顔を見れば確かに二人とも頷き返してくれたのが分かって、僕は深呼吸の後静かに声を発した。

「僕は彼女が特待生になるため必死で勉強していた姿を見てきました。お話に挙がった小テストの結果は三井の実力です」
「しかしだな」
「そしてそれは数学に限った話ではありません。他の教科も採点して貰えれば実力ははっきりするでしょう」
「生徒会長の名に置いて嘘は言いません」
「手塚くんまでそう言うのなら…しかし問題はこの数学の実力テストです」

他の教科が高得点を取れているかは正直賭けに近かったけれど、おそらく教頭はこっち寄りなのが救いである。担任は若そうだからな、初めてだろう状況にさっきからだんまりを決め込んでいた。やはり問題は、僕たちを陥れようとしているのは間違いなくあのヤマザキという男。薄汚い面を下げてメモ用紙をぴらぴら見せびらかしてくる姿には思わず顔をしかめそうになる。この人が教師じゃなかったらまず手が出ていただろうな。といつもの不二周助らしからぬ発想に苦笑いを浮かべたところで少し自分を取り戻した僕は、あの数学教師に向き直った。

「そのメモですが…数学の公式が書かれていますよね」
「そうだ。公式もロクに暗記できない馬鹿だと大変だな!こんな手に頼らなければ点も取れないなんて」
「へえ?おかしいですね」
「…何がだ」
「ならどうしてひなたちゃんはこの問題の計算余白に、こんな間違った公式書いてるんだろう」

挑発的な視線を向け、ヤマザキの腕に抱えられていたひなたちゃんの答案をずいと目の前に差し出す。みるみるうちに言葉を失っていく数学教師へ畳み掛けるようにして僕は言葉を続けた。

「あれ?確認もせずにこんな紙切れ一枚で生徒のこと疑って罵倒してたんですか?」
「……」
「それにこのメモの筆跡、どうみてもうちの三井のものじゃありません。ねえ、乾?」
「ああ…これは毎日の練習を記録していた三井のノートです。見て頂ければお分かりになるでしょう」
「本当だね。それにこれまたびっしり…」
「対してこれが昨年の手塚のテスト用紙。ヤマザキ先生の手でコメントが書かれています」
「さすが手塚くん、百点だ」
「おい乾…何故こんなものを持って」
「多少筆跡は変えてありますが、この『8』の書き順の違いまでは変え忘れていたようですね」
「な、なんだお前たちは!まさか俺がカンニングを工作したとでも言いたいのか生意気な!」

ここまで物証を突きつけられても尚言い逃れをしようとする憐れな数学教師に、ひなたちゃんの担任や教頭の見る目も変わっていくのが分かる。きっとあいつにカードはもうない。ヤマザキは言葉にならない短い単語を発するだけで、しどろもどろになりながら何とか次の手を打とうとしているようだ。

「見っつけたぞー!」

すると抜群のタイミングで飛び込んできたのは、この場にはちょっと相応しくない明るい声。彼は僕にこっそりと目配せしてきて、この様子なら上手くいったんだろうと小さく頷く。

「英二先輩…?」
「ほら聞いて聞いてーこの子が三井の机にこの先生がメモ入れてるの見たって!」
「あの、やたらと三井さんとの距離が近いなと思って見ていたんです。そしたらヤマザキ先生の手が伸びて…」
「あと大石から預かりもん、先生の机からこんな可愛いメモ見つけたってさ!」

英二は助っ人として最強の証言者を教室から引っ張ってきていた。英二に手を引かれたせいでその子の顔が真っ赤だったのはさて置いて、四十代男性が持つにはファンシーなあのメモ帳は、例のカンニングペーパーと全く同じ物だ。物的証拠まで揃った今、これで彼はもう言い逃れ出来ない。ヤマザキを見る先生たちの目が疑心から確信に変わった瞬間だった。


(140726 執筆)
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