目の前では激しいラリーが続き、ダブルスの白熱した試合が繰り広げられている。俺の脇にはタピオカ入りのミルクティーがあり、ご丁寧にも刺してあるストローはこの丸いデンプンがしっかり通る大きさの穴だった。夕陽の日差し除けのパラソルまでが用意され、試合の様子をノートに書き綴るひなたの姿に俺はただ溜め息をつくしかない。

「どうしたんですか桃先輩。口に合わないようならわたしが貰ってあげます」
「そうじゃねえだろ!なんでお前はそう平常運転なんだ」
「取り乱しておいたらいいですか」
「…なあ、俺たちは偵察に来たんだろ?なんでこんなVIP待遇なんだ」
「偵察が茂みに隠れてひっそり行うばかりのものだと思ってはいけませんよ」
「…なんかもう、いいや」

今の口ぶりからしてこれを狙ってたんだろうひなたの姿に、もはや呆れを通り越しちまったよ。腕組みしながら試合を見つめていた跡部さんはどうやらひなた、いやクマノがえらくお気に入りみたいで「どうだ情報収集は順調か」なんて声を掛けてくる。いやあんた、さっきまでボロクソ言われてたのにプライドとかねえのか。

「今戦ってんのは宍戸と鳳のペアだ。宍戸の方はついさっきレギュラー復帰したばかりだぜ、よくメモしときな」
「本当に教えてくれちゃうんスね」
「あのダブルス初めての割にはとても噛み合ってますね。本番もあのペアで出場するんですか」
「お前もそこまで聞いちゃうんだ」
「ほう、お前も分かるか。オーダーについては監督の意向にもよるから決定ではない」

氷帝じゃ一度試合に負けたやつは二度と使わないのが監督のポリシーらしいって聞いたことがあったが、例外もあるのか。同じ短髪としてはその宍戸ってやつのぶぞろいな髪に少々違和感を感じないこともなかったが、こうして堂々と敵情視察ができる以上時間は有効に使わねえとだな。俺もノートを取り出してぐりぐりと宍戸・鳳ペアの似顔絵を書いていると、背中越しでは相変わらずひなたと跡部さんの会話が飛び交っていて「ダブルスでは個々の能力が高くても二人の息が合わなければ戦力は半減ですからね」多分どや顔で跡部さんと対等に喋ってる姿が思い浮かんだ。

「見た目よりなかなかじゃねえの。どうだ、氷帝にくれば良い待遇にしてやるが」
「寝言は寝てからどうぞ」
「俺様にそんな口利ける女なんてお前だけだぜ、おもしれーやつだクマノ」
「ずいぶん面白くない生活をされてきたんですね、かわいそうに」

けどひやひやするからよ、その会話の節々にスパイスを加えていま流行りの甘辛ミックス!みたいなのやめてくれよな。怒られるのは俺なんだからと思うも、当の跡部さんはそれほど気にしてない…というかむしろひなたから返ってくる暴言に喜びを感じているようにも思える。え、俺の気のせいだよな?
これはあれだ、跡部さんの心が広いとかでは決してなくきっと自分が一番世界で偉いと信じ込んでいるために面白がっているんだ。昔ひなたの高慢さはどこかで見たことのある部類だと思ったことがあったが、そうだこの人と一緒だったのか。手のかかる妹のような存在を見やって、氷帝も大変だなと人知れず同情しておく。

「なーんかアトベさんて見たことあるような感じの人なんですよね」
「お前だろ、お前」
「気持ち悪いこと言わないで下さい」
「アン?なんだ」
「…あ、分かった手塚部長だ。このナルシストなとことか引くレベルの天然さとかそっくり。もしかして兄弟?」
「手塚と一緒にされるたあ、気分が悪いな」
「口答えですか。あら嫌だ俺様ったら、とか言って語尾に星マークつけときゃいいんですよ」
「それはバカにしすぎだ」

そうやって喋っている間にダブルスの試合は終わり、どうやら今までダブルス1だった忍足・向日ペアに即興ダブルスが勝利したようだった。これは関東大会でのオーダーも読めなくなってきたぜ。ひなたは立ち上がると「帰りましょう」そう言い放つ。

「氷帝のテニスに圧倒されちまったか?クマノよ」
「もう充分わかったから帰ってしごき倒さないとと思っただけです」
「しご…こえーなおい」
「フハハハハ。お前ら青学がどこまで食らいついてくれるのか、楽しみにしてるぜ」
「本当に笑いの沸点が低いですね。ウケも狙ってないのに笑われるとイライラしてきます」

手に持っていたグラスを跡部さんに押し付けひなたは無言で踵を返した。いつもは蛇足しか喋れねえんじゃないかってくらい余計なこと言って人を怒らせてるくせに、こういうときのひなたはクールだ。勝負は口じゃなくテニスで決まる、そういうことだな。軽く会釈してひなたを追うとメラメラ闘志がみなぎっているようだった。

「あいつ、あんなんだけど実力は確かだ」
「アトベさんですか?」
「去年のうちの部長を倒してる、紛れもない全国区プレイヤーだぜ」
「あんなアホそうなのに負けられないです」

まあその分当時テニス部の副部長だった手塚部長も氷帝の部長を倒して一矢報いたんだけどな、という付け足しに反応するも「さー帰って練習、練習」変わらず強気の表情を見せるひなたをみてちょっと笑う。俺もしっかり皆をサポートしなきゃな。

「なんか不二先輩も帰ってこいって言ってるような気がするし」
「…おいおいコエーこと言うなよ」

俺たちが戻ってからもコートでは激しい練習が続いていた。そしてさっそく偵察の成果を聞かれるも、大半はひなたの暴言を抑えさせつつ跡部さんの仰天発想に引いてただけだったから、取得したのが氷帝コールだけでしたなんて言って部長たちに怒られたのは言うまでもない。


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