「アーン?誰だテメェら」
「うわさっそく見つかった!!」

コートに向かってこそこそ走る人影をインサイトで見つけ、声を掛けたところ女はでかい声を上げて隣の男の背中に隠れた。さっきから氷帝コールにケチつけたり監督の風貌に突っ込みを入れたりしていたから、てっきり隠れる気なんてねえのかと思っていたぜ。「お前がいちいち騒ぐからだろうが…」俺の麗しい姿を見て呟くこいつは見たことがある、たしかあの生意気なボウズのいる青学の選手だったか。練習もしないで敵情視察とは、手塚もナメた真似してくれるじゃねえの。

「お前は桃城だな。のこのこうちの偵察ってわけか?気楽なもんだ」
「こっちだって嫌だけど、部長直々の命令だったんでね」
「やはりそうか…で、横のそいつ。お前は誰だ」

「おーい跡部!試合終わったぜ!」
「大きな声出してどうしたんや」

俺の声はコートまで届いていたらしく、ダブルスの練習試合を終えた忍足と岳人が結果報告にやってくる。俺と相対する女を見た丸眼鏡は「またえらい可愛らしいお客さんやな」そう口に出した後、視線をまっすぐ女子生徒の足へと向かわせた。「お前は女見たらそれしかねえのかよ」呆れたような岳人の言葉には全くの同意だ。いきなり現れた氷帝正レギュラーにちびっちまったのか、目の前の女は固まって動かない。というより表情が変わらない。さてはこいつ、偵察の身でありながら俺に見惚れてやがると見た。

「おい。お前は誰だと聞いているんだ」
「……」
「俺様のオーラが眩しいのは分かるが返事くらいまともに」
「人に名前を尋ねるときは自分から名乗ったらどうですか」
「…は?」
「そんなことも幼稚舎で教えてもらえなかったんですかあなたは」

なんだこの女。第一印象から圧倒されるなんてこの今まで生きてきた十数年間で初めての経験だった。今まで女ときたら俺を讃え、目をハートにさせることしかしねえし、俺の機嫌を取ることしか考えていねえ。そういった俺の中の常識を覆した目の前の女は沈黙が続いてもなお凛とした表情を崩す様子はない。「さっそくやっちまった…」桃城は頭を抱えているようだが、安心しろ。俺は強気な女、嫌いじゃないぜ。

「フッ。それは悪かったな。知っているとは思うが俺は氷帝学園三年、跡部景吾だ」
「氷帝なんてことは分かってますし名前なんて興味ありませんし。あなた何者だって聞いてるんです」
「おいおい。お前今潜入してんだよな」
「岳人は黙ってな。お前、まさか俺様が200人もの部員をまとめるキングであり部長だってことを知らねえはずあるまい」
「さっきからすごい自信ですけど、知らないものは知らないので」

俺のことを知らねえ、だと。今まで積み上げてきた自信がガラガラと崩れていくのを感じ…はしないが、衝撃は凄まじいものだった。俺の自信は生まれたときから瞬間接着剤でくっついているからな、離れるなんざありえねえ。初めて見る異様な存在を見つめると桃城同様見覚えがあることに気付く。確か都大会のコンソレーションで聖ルドルフと戦う前にコートで騒いでいたような。

「お前、青学のマネージャーだな」
「だったらなにか」
「…気に入った。名前は何という」

「あの跡部が…」
「女に『気に入った』!?」

忍足たちの言葉は耳に入らず、俺はひたすら前で無表情を貫くこの氷の女に視線を送り続けた。先に名乗れとはお前が言ったんだ、拒否の資格はない。向こうもそれは分かっていたようで、隣に不安そうな顔で見つめられながらその口を開く。

「…クマノです」
「熊野か。山田花子なんてつまらねえ答えじゃなくて安心したぜ。下の名は」
「ぷうです」
「ぷ…、なんだって?」
「黄色いくまと書いて、ぷう。黄熊です」
「貴様そんな見え透いた偽名を言ってばれないとでも思ったか」
「なぜ偽名だと言い切れるんですか。世界はあなたが思っているよりずっと広いんですよ。正真正銘わたしは熊野黄熊です」

目の前のクマノがあまりにも堂々としているから本当に本名なのだろうかと言葉を失った。チッ。俺としたことが、テメェの常識で人が親から授かった大切な名前を愚弄しちまうなんて野暮なことをしたもんだぜ。そうだそうだ、世の中には確かキラキラネームというその名の通り光り輝くほど珍しい名前が多々存在するという。幻の銀侍ぎんじ爆走蛇亜ばくそうじゃあ、さらにはハム太郎なんて名前のやつがいるとも聞く。まあ俺様の輝きには及ばないだろうが、最近の親の間では名前から個性を持たせようという流れが強いのだろう。全くカリスマ性がない庶民ってのは大変だな。

「じゃあクマノ、お前もうちの偵察に来たとそういうわけだな」
「…もうこうなりゃ仕方ねえか」
「はい。しっかり先輩方に報告してやるのでどうぞ見学させてもらいます」
「見学させて下さいですらねえ!」
「こら岳人また黙っとき言われるで。にしても直球なお嬢さんやな」
「あ、レギュラーの方ですか」
「そうや。俺は三年の忍足侑士」
「おしりさんですか。どうも」
「一個抜けてなんや卑猥なってるぞおい」

忍足の隣の岳人を見やって「素敵な前髪ですねガンダムみたい」と言い放つクマノのフリーダムさにもう誰も口出しは出来なかった。「地獄だ…」もう諦めて一歩後ろに下がっている桃城に苦労してるんだなと思わざるを得ない。まあ多少癖はあるが、面白いやつじゃねえか。フハハハハ益々気に入った。

「なにこの人こわい」
「…いいぜ。好きなだけ俺たちの練習を見て行けばいいさ」
「おい跡部?」
「こんな偵察ごときで崩される俺たちじゃねえ。そうだろ樺地」
「ウス」
「っていつの間に」
「そうですか、どこの部長さんか知りませんがお計らいありがとうございます。で、何部なんですか?」
「跡部だ」
「いや部活だってば。自己主張の激しい人ですね」

この後に及んでまだそんなことを言いやがるとは…ますます、ますます気に入ったぞクマノ。関東大会で青学を完膚なきまでにぶちのめし、敗北の淵に落とされたあと強気なこいつがどんな顔をするのかが楽しみじゃねえの。泣いて頼み込んでくるならうちで使ってやらないこともねえがな!

「なあ、跡部のやつ暑さで頭イかれてもうたんちがうか」
「くそくそ!あほべめ」

もちろんあの二人の会話なんざ耳に入ってこない俺様はニヤリ、王者の余裕とも思われる笑みをクマノに向けてやったのだった。


(140726 執筆)
アホな話ですいません
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