「お昼にミーティングかあ。いよいよ大会も本番ってかんじだね暑苦しい」
「あんた大丈夫なの。その、腕とかさ」
「これ?平気平気。擦りむいただけだったし」
「ならいいけど」
「不二先輩がいなかったら直撃だったけどね。てか先輩に怪我がなかったのがほんと良かったよ」

先日の植木鉢事件を思い出す。あのあと海堂先輩が先陣を切って割れた窓のある階に向かったんだけど、やっぱりというか使われていない実習生準備室という名の空き教室だったそこは、先輩や俺たちが辿り着くころにはもぬけの殻となっていた。誰かが誤って水遣りの最中に落としてしまった、なんて確率はほぼなくなったということだ。つまり、誰かが意図的に、誰かを狙って。呑気に何とかってバンドの鼻唄を歌っている三井の横顔は表面上は普通に見えた。やっぱあれだよね、テニス部のファンだっていうお姉さん方の誰か。
そういえばあのときは見覚えのある麦わら帽子が不自然に落ちてあって、それをこいつが拾いにいった瞬間、植木鉢の落下があった。穏やかな笑みを浮かべて紅茶を啜っていた眼鏡が嫌でも思い浮かぶ。人は見かけによらないからね。

「園芸部のさ、あんたの知り合いいるじゃん」
「ああ。屋敷さんのこと」
「…気をつけた方がいいんじゃない」
「は?なんで?」
「…オトコの勘?」

強いて言うならだけどと付け足すも三井は「あの人はいい人だよ」なんて俺の言い分をバッサリ切り捨てた。アンタのためを思って言ってやってるのになんなの。
俺が数回顔を合わせただけのあの人をなんとなく変だと思ったのは、決して麦わら帽子が落ちていたからだけではなかった。今でも朝練の前にちょくちょく会っているって話を聞いたとき、そういや朝練の後花壇の前を通っても見かけないよな、なんて思って。その疑問に三井は図書室に行ってるらしいと答えた。でもさ、俺は図書委員だけど、貸し出し表に屋敷なんて名前見たことない。

「不審者とかだったりして」
「大丈夫だよ。それに犯人が分かったら乾先輩が弱味を握って脅し上げてやろうって言ってたし」
「…陰湿」
「だから大丈夫だって。何回言ったらわかるのすぐ忘れちゃうの?そういう病気なの?」
「ハア…もう知らないから」

そうこう話している間に俺たちは部室の前へ到着していたようで。扉を開けば、よく乾先輩がランニング中の給水ポイントに使っていた折りたたみ式の机が中央にどんと並べてある。先輩たちレギュラー陣はその机を囲んでいて「遅いぞ!一年」とは言いながらものんびり昼食をとっていた。ミーティングに弁当持ってこいってこういうことね。一番騒がしくなさそうな大石先輩の横をゲットし、俺は椅子に腰掛ける。

「うわ、海堂の弁当すっげーな。ゴージャス」
「お前いっつもこんなの食べてんのかよ」
「桃こそパン六つも食べんの?」
「これはおやつっす。弁当は二限のとき食っちまったんで」
「…ねえ、なんで桃先輩までいんの」
「俺が呼んだんだ。ではミーティングを始める」

部長の声に部屋は一気に静かになった。どうやら俺たちが一番遅く入ってきたらしく、隣のタカさんなんかはもう食べ終わっている様子。ていうか食べながら聞くのが駄目なら弁当持ってきた意味ないじゃん。

「午前中、俺と大石が関東大会での組み合わせの抽選に行ったことは知っているな」
「そんなんで公欠もらえるなんて青学はチョロいですね」
「おい三井。口を挟むな」
「まどろっこしいのは嫌いだ。各自確認してくれ、これが今回の大会のトーナメント表だ」

大石先輩が立ち上がり、部長の後ろにあったホワイトボードには大きな模造紙が貼られた。たしか東京の優勝校と準優勝校はシードだから…とようやく右下に青春学園の名前を見つける。と、その真上に書かれた学校名に全員の視線が集中した。

「氷帝、学園」
「おいおいまじかよ…」
「強いんですよね」
「バッカ。去年うちが準決勝で当たって負けたところだよ」
「関東大会からは全員正レギュラーでくるからな。間違いなく強敵、初戦が踏ん張りどころだよ」

ふーん。ざっとトーナメント表を見たところで俺はさっさと元の席へと着く。こんな紙切れ見続けててもテニスが上手くなるわけじゃないしね。俺と同じタイミングで着席したのは不二先輩で「去年の優勝校とは正反対のブロックか。当たるなら決勝戦だね」と不敵に笑った。

「よりによって氷帝と当たんなくったって。俺あそこキラーイ」
「どうせ当たるんだし早いとこ倒せていいんじゃない」
「お、言うね越前」
「メニューを増やしてほしいということかな。じゃあ越前は今日は二倍のトレーニングでいこうか」
「げ」
「関東大会まで残り九日だ。皆一層練習に励んで全力をぶつけてくれ。そこでだ」

部長が三井と、それから桃先輩の顔を順に見て言葉を続けた。

「三井と桃城には氷帝の調査に行ってもらいたい」
「おお!」
「え、俺も?!」

「スパイ!わたしは女スパイ!」とはしゃぐバカと「またあいつらの顔拝むのかよ」少しテンションの下がってる桃先輩とで反応は対照的だ。そっか氷帝ってあの猿山の大将のとこか。今までは乾先輩が試合相手のリサーチをしたり自ら偵察に行ったりしてたけど、あの人も選手になったから今まで通りにはいかないってこと。

「本当は三井ひとりに任せようと思っていたのだが不二がだめだと言って聞かなく…なんでもない」
「いやもうほとんど言っちゃってるし」
「つまり調査とは言っても桃はこの子のお守りだよ。怪我一つなく帰って来なこゃどうなるかわかってるね」
「……」
「怪我もそうだがいいか三井、くれぐれも問題を起こすなよ。なにかあったなんて耳に入ってきた日にはグラウンドもう百周だ」
「もうこいつ連れて行かなかったらいいんじゃ…」

ここだけの話、あの植木鉢が落ちてきた事件のあと俺は不二先輩に呼び出されていた。先輩の用というのは「学校生活では出来る限りひなたちゃんの側にいてあげて、頼むよ」というもの。自分じゃ教室にいるときは守ってあげられないからと言っていた顔は本当に心配そうで。とても面倒くさいっスとは言い出せない雰囲気だった。

「まあそういうことだから、頼んだよ」
「ういっス!」

ほんと過保護だよね、と先輩から目を逸らしたところでミーティングは終了したようだった。となれば早速俺も母さんの特製弁当の蓋を開ける。おっいいね、今日は和食じゃん。箸に手をつけると、しつこい具合に部長から念押しを受けた三井も弁当袋に手を付けた。…あれ、今日はまともなんだ。

「お、ひなたの弁当美味そうじゃん。なんだ母ちゃん帰ってきたのか?」
「え、いいえ」
「じゃあお前作ったやつかよ!スゲー!案外家庭的なとこあるんだな」
「……」
「うお、英二先輩の弁当もうーまそー!ってあれ、なんか二人の弁当のおかず似てるような…」
「いやいや何言ってるんですか桃先輩」
「そうだそうだ!」

昼飯ハンター桃先輩のおかげで段々と部室が騒がしくなってくる。とっとと食って退散しよう。チラリと見やれば確かに菊丸先輩と三井の弁当は似ているような気がしなくもなかった。でもおかずは玉子焼きにウインナー、ハンバーグ、きんぴらごぼう等々の一般的なものが並んでいるくらい。あ、あのオクラはちょっと美味しそうかも。

「まあまあ。毎日弁当作ってくれてる親御さんのことも少しは考えなよ。ちょっと他の人のと被ってるからって野暮じゃないか」
「それもそうだ。毎日大変だよなーひなたも」
「あ、はい。見直しましたか?」
「ちょっとだけなー」

大石先輩の言葉に心底安心した表情を浮かべた二人の真意を知るのは、もうちょっと後の話。


(140725 執筆)
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