夕焼け空にはもう一番星が光り始めている。自転車に乗るわけでもなく、なんとなくストリートテニス場からの帰り道を歩いていると虚しい気分になっていくのが分かった。
さっき橘妹との打ち合いで分かった、相手を見かけや経験だけで判断しちまう悪いクセ。氷帝の跡部さんに勝負を焚きつけ、どこまでも上に登ろうとする後輩の姿。俺はだめだな、なんて思ってもなにも変わらないのは分かってるけど、思い通りになる頭じゃない。ぐるぐると無限にループする考えに頭を悩ませていると「桃先輩」聞き覚えのある声が後ろから掛かった。

「おー。ひなたじゃねえか」
「偶然ですね。三日も見かけないなんて、先輩"も"体調不良ですか?」
「ハハ。そりゃとんだ皮肉だな」

今日はあのでかいスポーツバッグではなく普通のスクール鞄を提げたひなたが一歩また一歩と近付いてくる。何か言われるのかと身構えたがそれ以降はなにも言ってこないこいつに少し拍子抜けした。影を二つ並べ、俺たちはゆっくりと川沿いを歩いていく。沈黙は妙にむず痒くて、俺の方から口を開くことにする。

「なんだよ?大好きな桃先輩が心配で来ちまったのか?」
「残念ながらただの帰り道です」
「とか言っておまえー」
「ほら。スーパーに買い物行ってたんで」

そう言って右手に持つビニール袋を持ち上げれば、たしかに詰め替え用の醤油だけがぽつりと一つ入っていた。なんだよ可愛げねえななんて思いながら足元の石ころを蹴り上げれば、川には一歩届かず手前に落ちていく。おうおう、だせえな。そのださいついでに俺の独り言でも聞かせてやろう。

「レギュラー落ち、って結構きついのな」
「でも部長と不二先輩以外は全員レギュラー落ち経験してるって聞きましたよ?」
「それでもきついもんはきついの!」
「ふーん」

どちらから共なく立ち止まり、ひなたが俺の真似して近くの石を蹴り上げれば、さっきとは違って川の水面には波が広がった。振動を伝えていく様子を見つめながら目の前の小さな女は独り言のように呟く。

「そもそもあのランキング戦って制度のメリットが全然分かんないんですよね」
「は?」
「だって四ブロックに分けられて上位二名がレギュラーになるんでしょ?一番上手い人から八番目に上手い人が選ばれたことにはならないじゃないですか」

確かに言われてみりゃそうだがよ。ひなたは次から次へポンポン、ポンポンとそこらじゅうの石を蹴りまくり、俺の方へ向かって振り返る。「実力者が同ブロックに多数いれば、九番目の選手がレギュラー入りしちゃうこともあります」まだ続くのかよと思ったけど、俺は大人しくひなたの持論を聞くことにした。

「しかもあのランキング戦の組み合わせ決めてるのって部長一人らしいじゃないですか。私情入りまくりでしょ」
「いや、部長に限ってそんなことは」
「ないって言い切れますか?」
「……」

ひなたに言われたからそう思うだけかもしれねえが、四月の校内ランキング戦に一年の越前が参加することになったのは異例とも言われる事態だった。そして今回のランキング戦も、自分と乾先輩、そして俺を同じブロックに設定したということは俺たち二人の内どちらかをレギュラーにさせない気満々だったということでもある。それに不二先輩と部長は一回もランキング戦で当たってるのみたことないし…。嫌な思考で支配されそうで俺は頭を振ると、それに気付いたひなたは一応といった具合にフォローを入れるが、論の展開はやめない。

「八番目以内に入っていなくても組み合わせ次第でレギュラーになれるかもっていうのはモチベーションアップにも繋がりますし、育成の観点からこういう制度を取っているのかもしれません」
「…さあな」
「けどダブルスのメンバーを選出したいならダブルスの強さで計らなきゃ意味ないし、やっぱりわたしはこの制度よく分かりません」
「たしかにな」
「つまり、レギュラーなんて偶然です」

慰めるでも励ますでもなく、ただ自分の考えをこいつは話していただけなのに。「偶然、そうか」魔法の言葉とも思われるこの『偶然』という響きは今まで俺の胸に突っかかっていたものを溶かしていくかのようだった。このままじゃいられないという闘志はさっき氷帝に会って出てきている。問題は今までレギュラーだったというちっぽけなプライドと、三日も休んで部活に戻りづらいという弱い心だった。でももうそんなことどうだっていい。だって偶然だったんだから。

「ありがとな、ひなた」
「は?わたしは青学の問題点を言って…まさか桃先輩、三井教の信者になりたいなんて言い出」
「さねえから安心しろ、バカ」

さあ、そうと決まれば明日は腹括らなきゃいけねえな。こいつも都大会決勝の日こんな気持ちだったのかなと思いながら再び自転車を押し始める。「乗れよ、送ってってやる」そう言えば意味が分からないほどの勢いで結構ですと首を横に振られた。なんだよ、せっかくの人の好意をよ。

「やべーなあ。何周させられっかな」
「罰走だけで済めば可愛いもんですけどね」
「お前が戻ってきたときの罰走付き合ってやったんだから、お前も明日一緒に走れよ?」
「げ。まじですか」

車がひなたの横をなかなかのスピードで抜けていく。こいつも一応女だからなと車道側に移動しようとすると、足元にひとつ石を見つけた。さっきと同じモーションで蹴り上げれば、勢いよく飛んでいったそれが水面で波紋を広げていく。「精々がんばれ」小さな呟きと共に、石は水中へと消えていった。


(140724 執筆)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -