「不二先輩がさ、なんか企んでるんだよ」
「…いきなりどうしたんですか」

毎度毎度しゃしゃり出てきてすみません。園芸部部長の者です。現在の時刻は午前六時。朝の水遣りをしていると久しぶりに顔を見せたひなたちゃんはテラスの椅子に腰掛け、なにやら難しそうな顔をしていた。そういえば最近愚痴とか聞いてあげれていなかったからな、と僕は水遣りを一時中断。彼女の部活の時間までティータイムに付き合うことにする。

「なんか妙に優しいんだよ」
「いいじゃないですか」
「なにか恩を着せにかかっているか後からお金請求してくるかされそうで」
「…テニス部の先輩はヤクザか何かかな」
「怒らせるようなことした覚えなんて、いっぱいあるんだよなあ…どうしよう」

そう言って深い溜め息をつくひなたちゃんには、いつもの紅茶ではなくラズベリーティーを用意した。女性の悩みに効くと言われているそれは、やっぱり彼女のために前から常備してあるものだ。合いそうなクッキーとそれから朝だからパンをお皿に並べて。さてさて、それじゃあテーブルに物が揃ったところで詳しく話を聞くとしますか。

「昨日からさ、ランキング戦なんですよ。関東大会に出るメンバー決める校内戦なんだけど」
「はい」
「今回は乾先輩も出場するからわたしが中心で仕切らなきゃいけなくて、これが結構大変なんです」
「ひなたちゃんには初めてのことですもんね」
「さすが屋敷さん分かってる」

淹れたての紅茶を口に含み、そこでひなたちゃんも一呼吸置く。分かってはいたけど彼女の中心はテニス部で、僕の園芸部からはもう随分と遠くなっていた。それでも都大会が始まった辺りまでは下手すれば一日置きペースでお喋りにきていたというのに、最近心境の変化があったのだろう。今まで僕には何でも話してくれていたのに、なんて寂しさを感じるのは大目に見て欲しい。

「先輩だって選手なのに、スコア管理手伝ってくれてさ。あと審判の割り振り方とか、期間中の一年の練習も指示してくれて」
「つまりは優しすぎて怖い、と」
「うん。助かるんだけど…なんかね」
「はい」
「わたしちゃんとマネージャー出来てないな…とか」

おや、弱音を吐くなんて珍しい。園芸部を辞めてテニス部に入ると申し出たとき「わたしが全国に連れていく!」なんて豪語していた子と同一人物とは思えない発言だ。そういう姿もあるというのは、大人びて見えてもひなたちゃんが年相応の女の子だという証のようで、悩む姿は何だかちょっと可愛く思えてしまう。

「案外不二くんはひなたちゃんのこと好いているんじゃないですか?」
「え!!そんな恐れ多いこと絶対本人の前で言っちゃだめだよ屋敷さん!ぶっころされちゃうよ!」
「ハハ。そんな馬鹿な」
「冗談ではなくて!」
「まあ素直に受け取っておけばいいんですよ」
「…そういえばさあ」
「?」
「屋敷さん、部長と知り合いだったの」
「それがどうかしましたか?」
「だって古典教わったのばれてたんです。え、あんなのと知り合いなんですかなんかやだ」
「やだと言われても」

幽霊部員ばかりとはいえこれでも園芸部の部長である以上、年に二、三回ある部長の集まりで顔見知りくらいにはなるし。それに意外と話も合うんですよということを告げるとひなたちゃんはまるで汚いものを見るかのような目でこちらを一瞥した。こら、そんな目どこで覚えたの!

「ひなたちゃんがいなくなったあの日も手塚くんに聞いて電話を掛けたんですからね」
「その節はどうもお騒がせしまして…」
「にしてもレギュラー総出で捜索させるなんて、ひなたちゃんはやる事が違うなあ」
「…はい」

あの日のことはまだタブーだったのか、ひなたちゃんは苦々しい表情を浮かべたままティーカップを口につけた。珍しく朝ごはんは食べたとのことで、出してあげたパンは僕の胃袋の中に吸い込まれていく。珍しいといえば「朝練前にここへ寄るのも久しぶりでしたね」思ったことを口に出すとひなたちゃんがカップから顔を上げた。

「菊丸先輩がランキング戦用の特訓だとかいって早めに出たせいでわたしも仕方なく」
「仕方なく?」
「…じゃなくって」
「?」
「部員が早く行くんだしわたしも準備しなきゃと思って」
「ああ成る程。それで準備だけして暇になったからサボっているというわけですか」
「…大体そんな感じってことで」
「頑張ってるんですね」
「部員がね。皆レギュラーになりたいから目の色が違うよ。特に桃先輩と乾先輩と部長のブロックはさ、」

二つのレギュラー枠をかけて今日その三名が当たるという状況を楽しそうに語る姿は、もう愚痴を零しにやってきていた彼女ではない。そういえば絶対今日は愚痴に来るだろうなと予想していたのが一日だけ外れたことがある。ひなたちゃんが上級生らしき女子集団とどこかへ向かうのを目撃した体育祭の日。もしかして何か嫌な目に遭ったんじゃないかと心配したけれど、結局彼女はその話題を出さなかった。ということは大したことはなかったんだろうけど。

「最近三年生女子からの嫌がらせは大丈夫ですか?」
「全然平気」
「いつでも園芸部に戻ってきていいですからね」
「屋敷さん意外と寂しがり?」
「…分かってるならもっと頻繁に遊びに来てね」

ポソリと呟いた言葉はしっかりと届いていたようで、返事の代わりに少し意地の悪そうな笑顔が返ってきた。それが何だか眩しくて、僕は思わず目を細める。冗談のような言い方しか出来ない自分が情けない。だってひなたちゃん、今、すごく楽しそうな顔してる。


(140724 執筆)
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