「くっ、そ。あと一周だ……」
「ハア…ハア。なんでわたしまで」
「元々お前が絡まれたのが悪いんだろうが…」
「ひどい!わたしはいきなり捕まっただけで」

大きな声を上げたひなたにギロリとした部長の視線が突き刺さり、俺たちは慌ててラストスパートを切る。「まだまだ元気そうだな」なんて言われたらたまったもんじゃない!俺たちの渾身のダッシュに見逃してもらえたのか、部長は再びスミレの方へ向き直った。にしてもグラウンド周りの罰走って、サッカー部とかすごいやりずらそうにしてるけどいいのかこれ?生徒会長だからいいみたいなそういうやつ?

「つか、れたァ」
「ひなた、飲みもんくれ」
「また人を下女のように扱って…。待ってて下さいね」

呼吸を置いてうちのマネージャーが部室に入っていく。越前のやつは平然とコートに入っていて、掃除当番で遅れるとかで「全員グラウンド三十周!」の刑を免れやがったなあいつとか考えていると「桃、ひなたって?」やっぱりというか反応してきたのは不二先輩だった。

「別に大した話じゃないッスよ。あいつが呼び方変えてきたから俺も歩み寄ろうかと」
「あっつー。はい不二先輩」
「ありがとう」
「桃先輩も」
「サンキュ。俺は別に桃ちゃん先輩でいいんだぜ?」
「…。どうぞ海堂先輩!」
「ふふ。無視されてるけど」
「……」
「じゃあ僕も周助先輩って呼んでもらおうかな」
「遠慮します」

なんだか慣れてしまいつつあるひなたの態度を前に用意されたドリンクを飲み干すと、スミレと並ぶ部長から集合がかかった。ほいと空になったボトルを手渡せば「また人を奴隷のように扱って…」とぶつくさ言いつつ受け取るのも経験から予測済みだ。慣れってこわい。不二先輩のあの不満そうな雰囲気だけはいつまで経っても慣れないんだけどな。

「明日から関東大会を戦うメンバーを決める校内ランキング戦を行う」
「今のメンバーのままで関東に行けると思ったら大間違いだよ。オーダーやらスケジュールは追って連絡するからね。皆、明日は心して戦うように」

ザワザワと一年の間では波紋が広がる。去年もそうだったけど、うちは本当に弱肉強食だ。どんだけ前の試合で勝利に貢献していても次メンバーに入れるとは限らない。裏を返せば誰にでもチャンスがあるってことなんだが「でも今のレギュラーを蹴落としてメンバー入りなんて恐れ多いやつ…」「いるだろ?一人」一年の疑問に後ろから指を差してやる。キランとレンズを光らせ、手元のノートをぺらぺら捲る姿はまさに待ってましたと言わんばかりの闘志を静かにみなぎらせている。元青学ナンバースリーのデータテニスは健在ってやつか。

「それと」
「まだあるんスか?」
「期末テスト前の部活停止期間だが、教頭に頼んでテニス部は例外としてもらった。その分各自しっかり勉強時間を作って、間違っても補習などかからないように」

では解散という号令で俺たちも再び練習に戻る。今日は明日のことも考えて練習試合とかではなくボレーやスマッシュ、サービスといった基礎練だ。乾先輩の指示で練習の様子を記録している三井に、英二先輩は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「テスト、お前とかやばいんじゃないのー三井?」
「中一の一学期に補習なんかかかる馬鹿じゃありませんよ」
「でもお前、数学の先生に呼び出されてて今日も遅れてきたんだろ?」
「げ。なんで知ってるんですか」
「お前も選手と同様、補習などかかれば練習試合や遠征はもちろん、全国大会にも連れていかないからそのつもりでな」
「鬼…!けど部長、わたし本当大丈夫なんで」
「俺が何も知らないとでも思ったか」

普段なら「私語は慎め!」とか言いそうなのに、部長は懐からなにか紙を取り出してひなたの目の前に差し出す。そこにでかでかと書かれたのは『テニス部関東大会出場決定!』の文字だった。これはあれだ月一発行の校内新聞、青学タイムス。焼きそばパンの割引きチケットついたままじゃねーか部長下さ「間違えた、これだ」今度こそなんだ?と周りと一緒にその紙を覗き込む。ちょっと恥ずかしそうな部長の指に摘ままれた紙はどうやらひなたの中間テスト結果のようだった。

「理科55点、社会31点。この二教科はどういうことだ」
「な、なんでこんなもの持って」
「持つべきものはデータ集めが趣味の部員ということだな」
「ひどい!個人情報保護法!」
「ひどいのは中一のテストでこんな点を取ってしまうお前の頭だ。第一、社会は赤点ギリギリ。しかもそれは裏に描かれたラクガキが点数に加算されていたからだ」
「けど上手でしょう」
「これは……ピクミンか?」
「スミレちゃんです」

ブフォ!!あまりの絵心のなさに俺の腹筋は崩壊した。ひどいひどすぎるぞお前。大笑いする俺につられてにやにやする周りを睨んだ部長が「笑い事ではないぞ」と一喝。いやまあそうなんだけどさ、これスミレって…あー腹いてえ。

「けど見て下さい、国語は驚異の95点」
「お前語彙力だけはすごいもんな」
「古典は屋敷の得意科目だからな、どうせ教えてもらっただけだろう」
「ぐっ」
「とにかくこのままでは特待生など夢のまた夢だぞ。テスト前は毎日みっちり俺と勉強会だ」
「い、嫌すぎる…!」

手塚部長と二人っきりで勉強会か、それは確かに俺も嫌だ。大体重苦しい無言の空気で、たまに突っ込みにくいこと挟んでくるんだろあの人。俺大丈夫だったかな、英語は一夜漬けでなんとかなってた気がしたけど。すると「特待生?」不二先輩があの二人の会話に割って入っていった。この人ほんとにひなたのこととなると地獄耳だな。え、いやあなんも言ってないッスよ不二先輩。

「ああ。三井と暮らしている父親が海外に行かなければならないため、こいつも転校しなければならないことは知っているな?」
「うん。たしかお父さんの仕事の都合だよね」
「だけど三井は青学、というかテニス部に残りたいと」
「そうだ。父親にならまだ学費は出してもらえるかもしれないが、別居中の母に学費や生活費の仕送りはほとんど無理。そこで成績優秀者に選ばれ特待生となることで学費もろもろをまかなおうということだ」
「げ!本気かよお前」
「限りなく無理に近いですすいません」
「本人こんなんだけど」

昨日のマネージャーを続けたいと言っていたひなたの姿を思い出す。青学を転校なんてなったらせっかく引きとめれたってのにテニス部も退部するしかない。にしても特待生って、こいつが?うちの二年の特待生って牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけたガリ勉クンだぜ。しかもうち私立だし、まぐれで優秀な成績出せるほど甘くない。「じゃあ夏休みはお留守番、そのまま退学だね」嫌味ではなく心からそう思っているに違いない素直なタカさんの発言でひなたは顔を上げた。ランキング戦の話を聞いたときの乾先輩のように闘志がメラメラと燃え上がっている。

「やったろうじゃないですか!特待生だろうが特攻隊だろうがなんだってなってやりますとも!」
「他校への特攻はいつものことだけどね」
「で、特待生って学年何位に入ったらいいの」
「もちろん総合一位の成績のみだ」
「やっぱ果てしなく無理ですすいません」
「意思弱すぎじゃねえかおい!」


(140724 執筆)
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