「ナイスゲーム!大石に英二」
「ありがとうタカさん」
「あーつっかれた。俺飲み物買ってくんね」

どやどやがやがや。さっきのダブルスで会場の興奮も冷めやまぬ中、俺は試合を終えた黄金ペアの元へ向かった。英二はまあいつも通り勝ったから機嫌はいいけど、大石の表情は何かが吹っ切れたような妙にさっぱりとしたものだ。英二が財布を手に駆け出し、二人きりになったところで俺は口を開く。

「いつの間に仲直りしてたの、二人とも」
「…タカさん、どこが仲良いように見えたの」
「水かけられてたときとか?今まではあんなのしなかったじゃない。距離取っちゃってさ」
「そもそも、仲直りの前に喧嘩なんかしてないよ」

相変わらずこの件に関してはクールな大石だったけど、俺には大きな進歩に思えた。だって今までは執拗なまでに知り合いであることを周りに隠してたのに、ひなたちゃんの言葉で闘志を奮い立たせて、挙句逆転勝利を果たしたんだよ?こんなの前までじゃ考えられない。なぜか分からないけど二人が関係を隠している以上、俺も周りに余計なことは言わない。けど先程の試合を見ても分かるように大石にとってひなたちゃんは必要な存在であって、俺としても早く昔みたいに戻ってくれたらいいなと思う。

「そういやひなたちゃん、去年の試合観に来てたんだって」
「らしいな」
「俺が誘ったときは行かないって言ってたくせに、結局気になってたんだね」
「げ、タカさんが教えてたのか」
「電話でね。会場では会えなかったから知らなかったけど」

ひなたちゃんは受験勉強のモチベーションのためとか言ってたけど、絶対あれは大石の試合を観に行くための口実だ。大石もひなたちゃんが来てたことは知ってる口振りだったし、本当にこの二人はよく分からない。俺が眉を寄せているのに気付いたのか、大石は慌てた様子で叫んだ。

「別にタカさんのせいじゃないよ!ごめんな!」
「いやこっちこそ余計なことしてごめん。…あーお腹空いたね」
「タカさん、今俺の頭みて言った?なあ」
「お、ひなたちゃん」
「先輩たち。水分補給しといて下さい」

大きなビニール袋を地面に置き、ひなたちゃんはその中から栄養補給系のゼリー飲料を二つ取り出した。これだけ暑いと熱中症になりかねないからという気遣いがありがたい。確か俺と不二のダブルスの前に買い出しに行ってくれてたんだっけ。ふう、と息をつく彼女の額には一筋の汗が流れていた。

「おお、サンキュ」
「桃先輩にも渡そうと思ったんですけどいないみた…あー、そのー。怒ってます大石先輩」
「全然」
「怒ってんじゃん!」

抑揚のない大石の言葉にひなたちゃんは頭を抱える。大石はといえばそんなひなたちゃんからは見えない角度でクスクスと笑っていた。うちの聖母があんなことで怒るわけないじゃない。でも今の大石、俺嫌いじゃないなあ。

「今日は普通のマネージャーみたいなんだね」
「いつも普通だよ。人聞き悪いなあ」
「まあまた他校のマネージャーに喧嘩なんか売らないでくれよ?山吹のはまだ一年らしいんだから」
「…一年、」

余計なこと言ったかもしれない。ハンターのような目で相手サイドのフェンスを見定めるひなたちゃんは明らかに対抗意識を燃やしていた。山吹のマネージャー、たしか壇くんといったあの子はもうすぐシングルス3が始まるからか亜久津を起こしにかかり、一蹴にされている。不憫だ。

「へー男の子か」
「うん」
「テニスすればいいのにね」

山吹マネージャーの説得に一度だけ上半身を上げた亜久津はこちらに鋭い視線を送り、しっかりと威嚇してきていた。きっと皆には言わない方がいいんだろうな、昔あいつがひなたちゃんにフラれて玉砕してるなんて。といってもちゃんと告白してたわけではなく、実は小学生の頃亜久津に付いてた名のあるコーチというのがひなたちゃんのお父さんで。スクールで顔を合わせたときに「俺の舎弟にしてやってもいいぜ」と言ったのを彼女は真っ向からスルーしたらしい。そう思うと、今でも見かける度にチラチラちょっかいをかける亜久津が可愛く見えてくるってものだ。

「まあ君は覚えてないんだろうけどね」
「?」
「きっと根に持たれてるよ。いやこっちの話」
「ふーん」

皆には空気が読めないとか天然だとか言われるけど失礼だな、俺だって言うべきことじゃないかくらいの判断はしてるんだよ。その判断がいつも合ってるとは言わないけどね!ってなんだと!そんなこというお前は、天に代わってアングリーアタック!
シングルス3が始まることを知らせるアナウンスが会場に響き、それを聞いたひなたちゃんは慌てた様子で「ウィダー!」と駆けて行く。さっきから急に口を開かなくなった大石に向けて俺は言葉を発した。

「次は千石だね」
「ジュニア選抜が相手か。これは桃でも手強いぞ」
「そうだね」
「…」
「どうしたのさ、大石。もしかしてお腹でも空いた?空いたよね」
「…それはタカさん、あんただ」

華麗なツッコミを決め、大石は一点に目をやる。その先ではひなたちゃんが部員たちに差し入れを配っていた。レモンの蜂蜜漬けが良かっただの不満そうな声を垂れる桃に文句言うなと言わんばかりの頭突きが食らわされたところで、大石はふと視線を逸らす。

「…タカさん」
「何?」
「喧嘩なんかしてないってさっき言ったけどさ。でもやっぱり俺は昔通りにはできないよ」
「大石…」
「けど期待には必ず応える。勝つことで」
「……」
「タカさんには迷惑かけるな。悪い。」

そう言った大石の目に先ほどのさっぱりした感情の面影はなかった。俺が思うよりこの二人の間に出来た溝は深く、そして複雑なようだ。ここで口を挟むのは余計なお世話なのかな、昔みたいなやり取りを望んでるのも俺だけなのかな。いやそんなことはない。少なくともあの子は待っている。昔のあの頃の笑顔のままで。

「ひなたちゃんは変わらないけどね」
「そうだな」
「あれ、そこは分かってるんだ」
「だってあんなことされたくらいだし」

大石の手にはさっき青学のベンチで拾ったと思われる空のペットボトルが握られていた。大事に取っておくのかなとも思ったけど、大きく振り被った彼は一定の距離で会場に設置されているごみ箱を見つめている。放物線を描いたそれは綺麗に中へと吸い込まれた。

「昔も、いや今でも。あいつは俺のこと信じてくれるんだな」

ひなたちゃんから受け取ったゼリー飲料は時間が経ち、沢山の水滴を浮かび上がらせている。口に含むと少しぬるいそれを握れば数秒で中身はなくなった。


(140813 執筆)
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