「嘘だろォ!青学ダブルスが」
「不二先輩と河村先輩のペアが負けた…!」
「あの初夢ペアでも無理でしたか」
「? なに言ってんだお前」

決勝戦の滑り出しは黒星から始まった。ゲームカウント6−3という結果だけ見れば割と善戦したようにも思われるが、実際内容を見れば差は歴然。あの3ゲームはダブルスというより二人の個人的なファインプレーによって獲た得点だ。不二の機嫌が悪かったことを差し引いても完敗である。ちなみに先ほどの三井の発言に海堂が疑問を抱いていたが、今までの言動から分析するに、あれは初夢に見ると縁起がよいとされるものを表す「一富士二鷹三茄子」という諺のことを言っているのだろう。初夢ペアか、語呂がいいし俺も今度使わせてもらうかな。

「大石先輩…大丈夫ですか」
「ああ。そんな心配そうな顔すんな」

くしゃくしゃと混ぜられた髪の毛を手に、コートへと向かう大石を三井は真っ直ぐ見ていた。先ほども「力まないといいんですけど」と呟いていたが、あれは桃城ではなく大石へ向けられた言葉である確率が非常に高い。俺とてデータマンの異名を持つ男だ。三井と大石の絡みが極端に少ないことや、それでいてお互いを気にかけるような素振りの多さ、そして実は同じ小学校出身であることを見逃がすはずもない。徐々に情報は集めさせてもらうよ。笑みを浮かべる俺を見かけ三井は心底嫌そうな顔を浮かべた。

「や、大石くん。久しぶり」

ダブルス1の相手である山吹三年の、…あーとそうだ南が挑発にかかるが、大石はだんまりを貫くままだ。グリップを握る力を明らかに込めた大石へ近付き、菊丸はデコピンを放つ。「大石。力むのは俺がへばってからね」ニッと笑う菊丸は試合というものをよく分かっていた。そうだ大石、飲み込まれてはならない。相手の思うツボになる。

「あれ、去年もあんな人だったかな。思い出せない」
「俺も名前が思い出せなくなるなんて初めての経験だ」
「地味ですもんね」
「ああ。だがああいう地味でそつないプレイが一番崩しにくい」

まずは相手の山吹中からのサービス。出だしともなる重要な1ポイント目は大石の左にストレートを抜いた南のものとなった。大石の顔色が曇ったのを見てもしやと悪い予感がしたが、2ポイント目、3ポイント目と得点が続くにあたって向こうが何をしようとしてきているかはっきりと理解する。あれは去年大石と先輩たちがやられた集中攻撃の戦法、もちろんダブルスでは立派な正攻法だ。それに彼らは去年よりもプレイに磨きをかけてきている。

『ゲーム山吹。1−0』

あっという間だった。去年の試合を大石に思い出させるには充分すぎるほどの攻撃だ。チェンジコートのさ中、三井は祈るようにして黄金ペアを見つめている。「大丈夫、まだサービスキープされただけ…」まるで自分に言い聞かせるかのようなそれは隣にいた俺だけに届いていた。

『青学菊丸トゥーサーブ』

青学黄金ペアはその日の調子によることもあるが、基本はフォアハンドを菊丸、バックハンドを大石と振り分けている。つまりサービスはフォアにいる菊丸から。ご自慢のサービスダッシュで大石のフォローに入ろうとする。しかし「動くな、英二!」大石は厳しい声を上げ自身で球を対処した。声のわりに大石は冷静だったというわけだ。ダブルスではフォーメーションの崩れは命取りになる。去年の経験からパニックになっているのではないかと思ったが、いらない心配だったようだ。あれから菊丸と組み、二人は様々な試合を乗り越えてきたんだもんな。

「決まった!ムーンボレー」
「去年と同じ技で、倒せると思ったのかい」
「ナイス、大石」
「おう」
「さっすが大石先輩」
「あのストイックな感じがいいのよね」

近くで目をハートマークにさせている女性陣を三井がジトリとした目で見ていたのは見間違いだろうか。「ったくあの記者、ただのミーハーじゃないですか」…気のせいではなかったようだ。いらいらとした殺気が伝わってくる。

「三井は大石となにかあったのかい?」
「なにかとは?」
「…難しいことを聞くな。そうだな、恋仲にあったとか」
「ハア?」
「いずれにせよ、お前たちが今年の四月の段階ですでに知り合いだったことは間違いない。しかしそれを隠している以上なにかあったのだと見ていい。どうだ、喧嘩か」
「さすがストーカー気質の高い乾先輩ですね」

よし、カマ掛け成功。入学以前からお互いを知っていたと認めたな。ということは大石が小学生のとき通っていたというソフトテニススクール、三井も同じ出身ということで間違いないだろう。帰ってからまた調べることが増えたと心の中でニンマリする俺を知ってか知らずか三井は目を見つめ、ちょいちょいと手招きをした。不二はクールダウン中だし誰も聞いてはいないと思うが、折角の開かれそうな口を自ら閉ざす手はない。試合は審判によりゲームカウントが並んだことを告げられたところだった。

「素晴らしい推理でしたけど、喧嘩というのは少し違いますね」
「というのは」
「喧嘩と言われれば喧嘩なのかもしれないですが、語弊があるというか。難しいですね」
「以前は良好な関係だったということでいいか?」
「まあそうです。わたしは大石先輩のこと嫌ってるわけでもないし、むしろ尊敬もしてます。けど向こうはそうじゃないんですよね」
「あの大石が…意外だな」
「全部わたしのせいなんですけど」

三井のせいとは。俺が疑問を口に出そうとした瞬間、コートでは歓声が湧き上がっていた。山吹は大石が去年のままではないと判断するが否や、自身の得意なサインプレーによる堅実な攻撃で確実に流れを取り戻していたのである。戦況が傾いたことで意識は試合へと渡り、三井とのお喋りもここまでとなった。

「あのサインプレーも、去年より磨きがかかっているな」
「あーもう。また肩に力入ってる」
「大石か」
「そのせいで菊丸先輩もダメダメ!なにやってんだあの人は〜」

確かに三井の言うとおり、この試合でのキーポイントは司令塔であるはずの大石だった。向こうが基本に忠実で的確なプレイを固めてくるからには、こちらも全体を見渡して穴を誘い、菊丸が得点していくしか道は残されていない。だが青学二回目の、しかも自分からのサービスを山吹にブレイクされ、今の大石は再び冷静さを失っていた。なんとか三回目はこちらもサービスキープし、ゲームカウント4−3で迎えたチェンジコート。意を決した三井がペットボトルを持って立ち上がる。

「先輩」
「お、なんだよ三井。ドリンクなら足りてるよ」
「大石先輩」
「…なに、三井」
「次のゲーム、大石先輩のサービスからです」
「そうだね」
「そんなに肩張ってたら逆転どころかまた自分のサービスゲーム取られちゃいますよ」
「うるさいな、俺だって考えてるほっといてくれ!」

大石が三井に向かって立ち上がろうとした瞬間、三井の手からは彼の頭にどくどくと水がかけられていた。何が起こったか分からないといった様子の大石はただされるがままになって放心している。ペットボトルから最後の一滴が落ちたあと、短く息を吐いて三井が言った。

「いいえ考えてない。先輩の頭にあるのは去年負けた試合のことだけです。隣を見ましたか」
「……」
「先輩の隣にいるのは菊丸先輩でしょ。黄金ペアの必勝パターンはなんですか?」
「大石、」
「…ありがとう。目が覚めたよ」

「身体も冷めたけどな!」と笑う大石にタオルを投げかけてそそくさと帰ろうとする三井に、やり過ぎだと怒る手塚の姿が見える。もう大丈夫だ。菊丸のアクロバティックプレイが出てこそ黄金ペアの本領が発揮される、そのことを誰より分かっていたのはこの小さなマネージャーだったようだ。

『ウォンバイ青学!7−5』


(140812 執筆)
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