「落ち着いた?」
「……」
「おい、三井サーン。無視ですかー」

こいつを腕に閉じ込めてからどれくらい経ったか。雨の叩きつける音もだいぶ弱くなってきたところで、もぞりと三井が身じろいだ。無言で俺の胸を押し、ゴシゴシと目を擦りはじめたのを見て「冷やさないと腫れちゃうぞ」前髪をかき上げ覗き込むと、今更なにが恥ずかしくなったのか露骨に目線を逸らされる。おーいそういうのってないんじゃないかなあ。

「なにそんな離れたいんだったらこうしてやろ」
「! バッ、はなっ」
「なははははは。なんだ元気じゃん」
「ほんと不覚、まじで不覚」

珍しく顔に感情を露わにした三井の頭をさっき泣き続けてたときみたいに撫でてやれば、大人しくなった(というより固まった?)やつが視線で威嚇を図ってきて俺はまた笑った。嫌がるのが面白くて抱き締める手を緩めずにいれば三井も諦めたようだ。

「そういやなんでスミレ置いて飛び出したの」
「あー…その、」
「ん?」
「わたし、狭いところが得意じゃないっていうか…特に車とか」
「…閉所恐怖症みたいな?」
「誰かいれば平気なんですけど、一人になったらこう、息が苦しくなっちゃって…」
「そういうのもさ、言ってくれなきゃ分かんないよこっちだって」
「そうだ、スミレに謝んなきゃ」

三井は部屋に掛けられ乾かし中の制服からいそいそと携帯を取り出し、再びベッドの上にいる俺の隣へ腰を落とす。軽く寄っかって画面に目をやると、ホームボタンを押した先からずらり、不在着信や受信メール、LINEの通知が並んでいた。上から不二不二不二桃城大石不二河村不二。ちょっと不二さん多すぎ。

「え、これ…え?」
「探してたのは俺だけじゃなかったみたいだな」
「ちょ、は、えええ?」
「落ち着け」
「どうしようマナーモードにしてたから、気付かなくって、ああもう」
「とりあえず電話しなよ、まだ探してたらあれだろ」

部屋に掛けられた時計の針は夜十時を回っていた。さすがのあいつらもこんな深夜近くになったら諦めて家に帰ってるとは思うけど「も、もしもし」ガチガチに緊張した様子の三井が携帯に向かって声を発する。相手、出た。だれだろ、掛け直しやすいのはやっぱ桃とか?『ひなたちゃん?!』三井の耳元から声が漏れ、ジェスチャーと口パクで「スピーカー」三井に合図を送れば激しく動揺しているやつは一瞬携帯を離し、それらしい箇所をタップした。

『今、ひなたちゃんって言ったよね不二!』
「その声、タカさん」
『ちょ、代わって下さいよ不二せんぱ』
『スピーカーにしてよスピーカー』

向こうでも同じようなやり取りがなされている。というかこいつわざわざ不二に掛けたのかよ、なんでそんな果敢な挑戦をする。いや、あんだけ電話掛かってきたしどうせ怒られるのには変わりないんだろうけど。

『ひなたちゃん!今どこにいるの』
「あ…自分の家です。電話気付かなくてすいませんでした」
『ああもう、良かった。こんな雨の中行方不明になるなんて、頭おかしいよキミ』
「いやほんと、はい」
『風邪は大丈夫?あとそっちに英二いるでしょ』
「え、なんで」
『見つけたんなら連絡くらいしなよ。こっちがどんな思いで今まで探し回ってたと思ってんの』

おそるべし不二周助。俺携帯どころか荷物なんも持ってなかったんだよなんて口答えしんでもできない俺は、ただただ三井の持つ電話に向かってゴメンナサイと謝るしかなかった。「今まで探し回ってたって…」箇所は違うけど同じく不二の言葉で絶句する三井も携帯を耳に当てながらぺこぺこ頭を下げている。

「一旦集まって皆で情報整理してたとこだったから電話くれて良かったけど」
「ほ、ほんとにご迷惑を」
『本当だよ。僕ら明日試合控えてるの分かってるよね』
「申し訳ありません」
…あ、桃!おい三井!悪いと思ってんのか!?』
「桃城先輩、」
『だったらなァ!辞めるなんて撤回して、明日の九時に会場集合だ!』
「でも」
『そうだよひなたちゃん!俺レギュラーになった姿、まだまだ見せつけ足りてないんだから!』
「タカちゃん…」

不二の携帯を回しながら口々にあいつらの叫ぶ姿が脳裏に浮かんで、俺は軽く吹き出す。どうすんの、と言った具合に三井へ目をやると、「でもこんなに迷惑かけて…」この後に及んでまだごにょごにょ言ってるバカの頭を思いっきり叩いてやった。なんだこの女々しい三井は。お前女子か!

「俺たちは親父じゃないんだから、お前は我慢することも、迷惑かけないようにビクビクすることもないの。馬鹿か!」
「ちょっと馬鹿とはなんですか」
「てかもう迷惑かけられた後だし。邪魔にもなってるけど」
「……」
「それでも俺たち、お前のこと必要としてるよ」

『そうだぞ三井ー!』
『帰ってこい』

ポトリと携帯を落とし、顔を覆った三井を真っ直ぐ見つめる。お前の望んでたものなんてすぐ近くにある。携帯からはまた一人ずつ三井に向け言葉が投げかけられていた。あとはお前が手を伸ばすだけ。

「わたしなんてすぐ暴言吐くし態度は悪いし、好きなのなんてタカちゃんと海堂先輩くらいだし」
『おいこら』
「洗剤使いすぎて怒られるし、菊丸先輩のドリンクだけ薄くてげろまずだし」
『ほんと根性くさってんなお前』
「越前には怪我させてしまって…」
『やっぱそれずっと気にしてたのアンタ』
「最低のマネージャーだけど。素晴らしい選手に見合えてないのも分かってるけど」

「青学テニス部のマネージャーでいたい」

退部の理由、全部うそだと思ってたけどひとつ本心も混ざってたんだな。生意気で飄々と生きていそうなこいつも「誰にも怪我はさせない」と言い切ったあの頃の自信を失って自分は無能だと嘆いたり、これからもこの怪物たちをサポート出来るのか悩んだりしてた。そして自分のワガママは通しちゃいけないなんて縛って押し込めていた。人の深い部分に触れるなんて面倒だとしか思ってなかったけど、でもこんな泣き笑いが見れるなら、案外悪くもないかもしれない。

「マネージャーは認めるけど、お前はいじめ倒していつか絶対辞めさせてやるからな」
『辞めさせるんかいッ!』
「だからもう辞めるとか言うなよ、お前」

上等ですと三井が頬を軽く染めて笑うもんだから本当に気持ち悪かった。こいつやっぱり熱でもあるんじゃねえのと額に手をやれば本当に少し熱くて。電話を切らせ、冷えピタやら風邪薬の場所を聞き出すと俺はダッシュで一階へと降りていく。体温は三十七度の前半くらいだったけど、明日は今まで休んだ分馬車馬のように働かせてやるつもりだったのになんで黙ってるかな。

「余計な心配かけたくないとかただのエゴだからな?分かった?」
「へい」
「それでも周りに心配かけたくないって思うなら、前も言ったけど俺にいえよ」
「あァ。先輩になら迷惑かけても大丈夫ですもんね。図太いし」
「約束」
「…ハイハイ。約束です」
「はいは一回」
「あ!ねえ先輩」
「あんだよさっさと寝ろ…フアア」
「何ですか話聞いてくれるんじゃなかったんですか」

いや聞くけど今日じゃなくても良くない?とは何となく言えない。三井の話とは、話というよりはほぼ愚痴だった。なんでも父親が海外に連れて行くプレイヤーというのが、三井の元ダブルスなのだそうで。怪我でプレイ出来なくなった娘を置いて、同年代の女の子に力を入れるとは辛い話だと思ったけど、この件に三井はやたら饒舌で、「あのバカが海外なんかでやれる訳がない」だの「人の父親に媚び売る雌ブタ」だのひどい言い様だ。
中々寝ようとしない三井の雑談に付き合わされ、正直眠たい。でもこれはここまで踏み込んだ俺の責任か。ベッドの上であぐらをかきつつ、俺はやつに強引に画面を見せられたり、ムカついたエピソードを聞かされたりした。いや今日めっちゃ走り回ったし色々あったから欠伸の頻度がすごいすごい。確か三井とそのパートナーの子が初めてダブルスを組まされたときのことを聞いてたのは覚えてるんだけど、そっから先の記憶が綺麗にない。いやちょっとはあるか、なんか宥めるためにまた頭ポンポンしてやったりとかして…。

「ちょっと先輩聞いてんスか!」
「あー…うん」
「で、その大会結局優勝はしたんですけどね、」
「……うん」

つまり何が言いたいかというと、朝の陽射しに目を開けた俺がみたのは、小さな頭を抱き締めて寝ていたと思われる俺の腕だった。あれか、酒の勢いで処女喪失してしまった女の子ってこんな気持ちかやっちまった。なんで俺こいつのベッドの上なんか座っちまったんだ。まずそれがまずいし、なんでこいつも無防備に寝息立てれんの。とりあえず、そろりと腕を抜き立ち上がった俺は決意を固くする。このことは、墓場まで持っていかなくては。


(140807 執筆)
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