しまったな、携帯くらい持ってきたらよかった。他の皆はどうしているのか、あいつは見つかったのか、終いには今が何時なのかも分からず、俺は飛び出してきてからようやく初めて足を止めた。無茶苦茶に走り回ったせいか膝から下はびしょ濡れ。じめじめと蒸し暑い空気の中、休めずペダルをフル回転させてきて、おまけに今日の部活での疲労が一気に戻ってきた俺はコンビニで飲み物でも買おうと辺りを見渡す。おお、丁度いいじゃん。視界に明るい看板が入りそちらを目指すと俺は重大なことに気付いた。

「財布もってねーじゃんよ俺」

まじ数十分前の俺くたばれ。格好つけて出てくるんじゃなかったと早くも後悔し始めた俺は自転車を停め、ずるずるとハンドルにうな垂れる。俺こういうの合ってないじゃん、なんで誰も言ってくれなかったんだよ。それでも今日の三井の表情が鮮明に思い起こされ、すぐに顔を上げる。よし、あいつ見つけたら一発ぶん殴ろう決めた。

「面倒くさくなりました。テニスに関わる全てのことが」
「先輩方や越前の超人じみたテニスにはついていけないしわたしのサポートもいらないと思いました」
「正直部活の時間が無駄に感じます」

勝手なこと言いやがってあいつ。人に相談するということをしないあいつはまたどうせ俺の知らないところで変なもん背負い込んで動けずにいるんだろう。テニス部ファンからの嫌がらせも俺らが言えば表立ったものはなくなるのに強がるし。あのときだってそうだ、コンビニの前で座り込んで涙なんか流したりして。あいつにとっちゃ俺なんてどうでもいい存在なんだから素直に吐き出せばいいものを、強がり。アホ。クソチビ。

「にしてもどうすっかな…」

弱った人間が行きそうなとこ、つまり公園やら大通りやらは一通り回ってしまっていた。ちなみに姉ちゃんとかと喧嘩して家出したときそうだったから同じように考えてるだけで一般的なのかは不明だ。喧嘩といえば一番しょうもなかったのは俺がクリスマスケーキの上に載ってたお菓子の家をつまみ食いしちまって、そんで代わりにプチトマト載せて誤魔化そうとしたことがあってよ。当時の俺はナイスアイデアだと思ったのに大きい兄ちゃんが大爆笑するもんだからムカついて家飛び出して、近所の公園の遊具に立て籠もったん…あ。

「そういやあそこ、まだ行ってないよな」

しかもあの公園は俺が前三井と遭遇したコンビニの裏側に位置しているはず。もしかしたらと再びスイッチが入った俺はサイドスタンドを蹴り上げ飛び乗ると、また一気に漕ぎ出した。





ビンゴ。俺って天才。例の公園にはブランコやすべり台、俺がよく秘密基地にしていたあのカマクラみたいな遊具が変わらず置いてあって、その少し離れた先に並ぶベンチには小さな人影がひとつあった。こっちは体調のことも心配してたっていうのにあいつは豪快に雨に打たれてて。後ろから近付いた俺はいつかのようにそいつへ傘を傾ける。

「三井?」

自分の周りの雨が止んだことに気付き、体育座りの三井はゆっくり顔を上げた。振り返りしなの顔はまさにポカンといったような感じで、瞬きを何回も繰り返している。あれ、驚いちゃいるけど思ったより平気そう。

「泣いてるのかと思った」
「菊丸、先輩」

密かに安心したところでポンポン頭を叩いてやれば、やつの顔が歪んだ。「なんで来ちゃうかな」そう呟く三井は全く立ち上がる気がないそうで、仕方なく俺も隣へと腰掛ける。ひょー!ケツがつめてえ!

「この前のコンビニの近くにいるなんて、さてはお前俺に見つけてもらおうとしてたな」
「何気持ち悪いこと言ってくれてるんですか。ここはわたしが昔から縄張りにしてるんです」
「ハア?あのカマクラは俺の秘密基地だっつの」
「カマクラじゃなくて卵だしわたしのだし」

秘密基地が被るなんて子供にはよくあることだけど、三井の地元はここからもう少し先だったはずだ。ベンチに体育座りするヤツの表情は全く読めなくて、この調子じゃいつまで経ってもはぐらかされるだけになる。「じゃあなんでアレに入らないの」会話の糸口を探すつもりで適当に繋ぐと「入ったら、卵がよごれちゃうから」謎めいた比喩表現に俺は活路をみた。ポロリと漏らしてしまったとかではなく、多分これは聞いてほしくて言っている。

「よごれるって?」
「…あの場所は、わたしがテニスで負けたときや悩んだときに入るところだったんです」
「うん」
「今わたしにテニスはないし、テニス部のことを悩む資格もありませんから。だから入れない」
「なのにこの公園には来ちまったんだ」
「足が向かうってこういうことなんですね」

三井が自分のことを話すのは、少なくとも俺にとっては初めてだ。「先輩ここ地元ですか。近くにテニススクールあるでしょ」その言葉に記憶を巡らせる。家から少し行った商店街の先にあるでっかいテニススクールと並ぶコート。俺が間違っていなければ確かそこはソフトテニスの部門もあるスクールで、頭の中で線が一つになったような感覚だった。ジュニアに力を入れてるって聞いてたからあんまり意識したことはなかったけど、そうだよよく『東京都テニス選手権大会小学生の部優勝!なんたらくん』なんて段幕が貼ってあった気がする。

「そこでテニスやってたんだ」
「…はい。だから近くにあるこの公園はサボり場所だったりスクール後の寄り道だったり。絶対先輩より来てますよ」
「あのなあ、俺が秘密基地にしてたのなんて小学生低学年のときの話だから」
「なんだ時期被ってなかっただけか」
「…いつもならはぐらかすくせに、今日はすげえお喋りじゃん。どういう心境の変化?」

正直この質問は賭けだったけど、俺に向き直った三井は真っ直ぐと視線を合わせてくる。「感動したから」言った瞬間うつむかれたせいで俺は思わず「は?」と間抜けな声を漏らした。感動?なにが?おれに?

「あんなこと言ったのに、まさか探しにきてくれるなんて普通思わないじゃないですか」
「そういやお前なんか必死に言ってたな」
「…やっぱばれますか」
「レギュラーはみんな気付いてるだろ」
「…わたし菊丸先輩のこと大嫌いなのに、なんか先輩のこと考えてたんですよね。そしたら本当にきた」

ちょっと弱々しげに笑う三井の発言に一瞬心を奪われた。あんなこと言われたらイイ雰囲気になってもおかしくなくて、俺は慌ててその笑顔を頭からけす。こいつ弱ってるから、だからちょっと可愛くみえんだ。そうそう。「前もこんな雨の日でしたよね」ひとりでに話し始める三井はどこか遠くを見ているようだった。

「めちゃくちゃ落ちてて、そしたら先輩が来て家に上げてもらって、溜め込んでるなら言えって言ってくれました」
「結局肝心なことは言わなかったけどな」
「先輩だって、お前なんか全く興味ないんだしとか言ってくれちゃって」
「そんなん言ったか俺?」
「あのときは先輩に弱味握らせてしまった!って必死で粗探ししたりしました」
「ひでー根性」
「ほんとに自分でも思います」

けど、と三井は続けた。

「体育祭の後痛いの我慢してたときも菊丸先輩が気付いて。ルドルフとの試合ではマネージャーとして頼ってもらえて。なんだかんだ先輩のお陰で、わたしの人生も捨てたもんじゃなかったななんて思えました」
「! お前」
「あ、死にはしませんよ」
「紛らわしい言い方すんな!!」
「とにかく感動したんですよ。だから最後に全部言ってやろうと思ったんです」

最後だという三井の言葉に、さっきまでの照れくさい気持ちも吹き飛ぶ。こいつは熱血のテニス馬鹿で、俺たちを自分が全国へ連れていくなんて本気で言ってた女だ。なのに「感動した」まで言わせても退部の決意は固いのか。なんと言っていいか分からないまま、また俺はとりあえず返事を返しておいてベストな言葉を探す。

「熱は?風邪引いてんのに悪化するぞ」
「ほとんど治ってますし。スミレは心配しすぎなんですよ」
「他の皆も心配してると思うぜ」
「……」
「あーもう!」
「へ」
「なんもいい言葉思い付かない!おい三井!」
「、」
「なんでもいいから、帰ってこいよ!!」

ここまで追って来たくせに自分が情けないやら、淡々とした態度を崩さないようにする三井に腹が立つやらで思わず声を上げた。つーか割合的には前者が2で後者が8だから!そうだよなんで俺がこんなつるぺたのためにわざわざ来てやってんだ蒸し暑いし喉乾いたし腹減ったんだよこっちは。そういえばこいつに会ったら一発殴ってやろうと思ってたんだったと先程のことを思い出した次の瞬間には、俺の拳は三井の頭へと向かって放たれていて。「な!痛ーーっ」叫ぶ三井が驚くのはもちろんだけど聞いて、俺が一番驚いてた。

「恥ずかし!!なんて青春ドラマだこれ!」
「え?ちょ、ハア?あんた今の本気だっただろ痛いわバカヤロー!」


(140717 執筆)
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