「越前が他校生に襲われた?三井たちを庇ってだって?」
「今、保健室で傷の手当てを受けてるみたいっスけど…相当キレた奴っすね、その山吹中の亜久津ってやつ」
「荒井に蹴りを入れて、一年には石でサーブしてきたらしいよ」
「山吹中か。このままいけば都大会決勝であたる可能性ありだ」
「千石んとこだね」
「中体連に訴えた方がいいかもしれないな」

部室の扉の前で聞き耳を立ててると、案の定先輩たちがそんな話をしているのが聞こえてきた。気まずそうに俯く三井の腕をグイと引っ張って、俺はさっきの打ち合わせ通りだからなと目で合図を送る。しぶる三井に「申し訳ないと思ってんなら言うこと聞きなよ」と半ば脅しをかけてやれば、しぶしぶといった様子で頭を縦に振った。余計なこと言わないでよねと念を押して、俺はドアをゆっくりと押す。

「越前に三井!大丈夫か」
「転んだだけっスよ」
「は?」
「はい。転んだだけです」

やっぱりというか最初に詰め寄ってきたのは青学の母と名高い大石先輩だ。見え見えの嘘を突き通そうとする俺たちに一瞬面食らったような様子だったけれど、俺の肩に手を置いてゆっくり視線を合わせてくる。心配かけたことは顔を見れば分かった。だけどこっちだって譲れないものは譲れない。

「! 何言ってんだ?そんな派手にやられて!あいつを中体連に訴えれば…」
「転んだんっス」
「…な」
「はい、転んだんっス」
「ブッ」
「へへへ!駄目っスね大石先輩」
「え?」
「こいつら自分でカタつけてやるって顔してますよ!」
「げ!頼むからトラブルはやめてくれ!」

そう言われても態度を覆すつもりないけどね。しばらく俺たちを見つめたあと、大石先輩は勝手にしろと言わんばかりの溜め息をついた。これで何とか中体連への連絡は避けれそうだと俺は少し肩を下ろす。ちょっと困ったような顔でこちらの表情を伺う三井は今は無視。だってムカツクじゃん。売られた喧嘩は試合で返さないと。

「それにさ、原因はアンタが誰かれ構わず喧嘩売るからじゃないの」
「そんなことは…なくもない」
「ほら」

一時間ほど前のこと。ノーコンの河村先輩がコート外に飛ばしたボールを集めていると倉庫の方からカチローの叫び声が上がった。普通じゃない雰囲気を感じて駆けつければ、そこにあったのは無数に散らばるテニスボールと、倒れたカチローと荒井先輩、そして三井の姿。俺を探していたという白アタマなんて全く記憶になかったんだけど、逆上したヤツはラケットで近くの石を次々に打ち込んできて。

「今日はほんの挨拶代わりだ」

このままで終わってたまるかと力を振り絞って白い背中にサーブを放つも、顔面に跳ね上がるはずだったそれは地面にバウンドする前に片手で受け止められてしまった。身体のあちこちが痛いことより正直それが一番ムカつく。

「都大会決勝まで上がってこい。俺は山吹中三年、亜久津だ」

真っ白に脱色した髪と白い学ランが頭に焼き付いてずっと離れない。思わず頬に貼られた湿布に手をかけようとすると、その行方を白い手が遮った。「貼ってなきゃだめ」普段じゃ考えられないような弱々しい口調だ。

「…嘘だって。気にしなくていいよ」
「気にするよ」
「アンタがそんなだと調子狂う」
「なんか…越前怪我多いね」
「そ?」
「…。わたしのせいじゃん」

先ほど巻かれたばかりの包帯に三井が触れる。石が飛んできた瞬間後ろに庇ったから、こいつ自身は軽傷で済んだはず。なのになんでそんな顔すんの。らしくない顔を見せる三井に俺はいつもの軽口すら掛けられなかった。

「あ、手塚」

ガチャリと扉のノブが回って、テニスバッグを背負った手塚部長がお出ましする。最高権力者の登場に一瞬大石先輩の口が開きかけるが、俺の言うなよオーラと視線を感じ取ってもう一度口は閉じられた。わかってるよと合図を送ってきた大石先輩は気を取り直した様子で部長へと声をかける。

「委員会じゃなかったのかい?」
「早めに終わったんだ。練習には間に合わなかったようだがな」
「まあ、仕方ないよ」
「明日は先日聖ルドルフに突かれた各自の弱点に重点を置いて練習を行う。三井の指示に従ってコートへ入ってくれ」
「げ、嫌な練習」
「不二と河村は乾から指示を仰いでくれ」
「ふふ。了解」

全く、昨日の今日のでまたあの嫌なテニスさせられることになるなんてちょっと滅入るんだけど。まあ部長に意見するなんて体力使いそうな真似しないけどね。ベンチに腰掛けた俺は着替えるためラケットを立てかける。すると視界一面へ急に影が入り込んできて、俺は顔を上げた。

「越前はクールダウンまだでしょ」
「…目ざといんだから」
「サボりは怪我の元だよ。はい、外回り二周いってらっしゃい」
「…ういーす」

やっぱりまだ切り替えれていないのか、三井はいつもよりテンションが低かった。いや、いつも低いからなんて言えばいいんだろ、いつもに増して低かったって感じだ。「帰りハンバーガー食ってこうぜ!」いっつも頭が食うことばかりの桃先輩にいいっすねと答えると英二先輩も乗っかってくる。これはお金の浮く予感だなんて考えていると、さっき部長が言ってたメニューを持った乾先輩が近付いてきた。

「怪我は大丈夫か。明日の様子を見てメニューを少し減らしてもいいが」
「全然へーき」
「だろうな。ちょっと心配なのは三井かな」
「やっぱ先輩から見てもそうなんだ」
「詳細は荒井から聞いたが…まああんなことがあったんだ、いつもの調子な方が変だろう」
「まあね」

ネットを一人で片付けようとしてもたもたしている三井が目に入る。何だか見るからに落ち込んでいそうだったけど、あいつのせいじゃないしフォローもしたし。慰めるのは俺の役目じゃないよね、と開き直って俺はクールダウンに駆け出した。


(140713 執筆)
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