都大会一日目を終えた翌月曜日。勝利に浸る間もなく俺たちテニス部は朝からビシバシ扱かれていた。関東大会出場が決まっても余韻なんかゼロに等しいのはもはやいつものことだ。といっても今回は一日オフがあっただけ有り難いか。気晴らしに女の子と遊ぶでもなく丸一日ゲームに注ぎ込んだおかげで、超寝不足。一限サボれねえかななんて考えながら俺は止めどなく出てくる欠伸をくあ、とかみ殺した。

「や、英二。おつかれだね」
「そりゃ眠いもんよ。フアア、あーねむ」
「熱下がってないの?」
「いや全快。熱のせいじゃなくて、ファア」
「そういやあの後大石と例のコンテナ行ったんだね」
「気持ちわりー言い方やめろよな!俺が先に行って、大石は後から来たの!」
「はいはい」

微笑ましいものを見るような、孫を見るおじいちゃんのような不二の視線をかわして、再び大きな欠伸をひとつ。ダブルスで負ける度にあそこのコンテナで反省会をしてたなんて春が青すぎる話は不二くらいにしか言ってなかった。まあ乾なら知ってるかもしんねーけどそれももう関係ない。聖ルドルフに負けた、もう負けない。ここへ来るのは最後だって一昨日大石と誓ったからな。そんな俺たちの思いを知ってか、不二はおじいちゃんの笑みを崩さない。同じクラスなのもあって、俺たちはそのまま下駄箱の方へ並んで歩いていく。

「桃とかがすごい探してたよ。負けたら奢ってあげる約束してたんだよね?」
「…そんなんしたっけ」
「あとひなたちゃんも。勝手に帰ったって怒ってた」
「だって寝たら治ったし、あいつうるせーし」

一時的に熱が下がっても安静にしてなきゃ駄目だとか熱中症の可能性もあるだとか、甲斐甲斐しく世話してくるんだもんな。というのも俺は自分の試合が終わってから青学の応援には合流せず、安静のため救護室で休ませてもらっていたのだった。後半戦、俺空気だったのはそういうこと。不二の試合が終わってから閉会式までは文字通り三井が付きっきりで。スミレの車で病院連れてくだの重病人扱いしてくるもんだからバックれた。治ってんのに勘弁してくれってやつ。

「でも悪かったな、アクシデントとはいえあいつ借りっぱなしで」
「仕方がないよ。本当は裕太と一緒に家まで連れて帰りたかったけどね」
「…冗談だよな?」
「さあ、どうかな」

いつもの調子で笑みを浮かべる不二の心の中はやっぱり少しも分からなかった。天才の思惑は常人には理解しがたいってやつだな。あと女の趣味も。

「そういや不二さあ、シングルス2って何かやらかしたわけ?」
「いや?なにも」
「三井が初めてビビってたよ。敵に回すもんじゃない人だって」
「ああ。彼には裕太がお世話になったからね…ちょっと意地悪しただけさ」
「あ、そう…」

いや知ってるけどね。観月がストレートで勝ちそうな試合展開にしてから打ち負かしたんだろ、ほんと怒らすと容赦ねーんだから。そういえば試合の後にも一悶着あったって聞いたけど、何だったんだろ。不二の方を見ながら聞くと、彼はある一点に視線をやったまま空返事をした。ああ、不二お気に入りのアイツか。スラッとした脚の割にちびっこいうちのマネージャーに「おーい」と声を掛けてやる。下駄箱へ向かって歩いてるということは、さてはアイツ今来たな。

「ああ、おはようございます」
「おまえサボったろ」
「見事に起きれませんでした」
「この俺でさえ眠い中身体を奮い立たせて練習行ったってのに」
「わたしだって朝は起きました。悪いのは起こしてくれなかった運転手です」
「そっか、ひなたちゃんまだバス通学なんだっけ」
「まあはい」
「…早く鍵壊してもらいなよ」

三井が入部してすぐ自転車を盗まれたらしいというのは、もう殆どの部員にとって周知の事実だった。テニス部のファンにされたんじゃないかと皆思ってるけど、あいつが言わない以上は「鍵の番号が分からなくなった」なんて下手な嘘に付き合ってやるしかない。自転車なら二十分のところ、停留所を遠回りするバスのせいで一時間は早く起きなきゃいけないという三井はいつも眠そうで、ばれたのは完全に成り行き。まあでも、本当にやばくなったら俺に言うだろ。それまでは放置ってことで。

「不二先輩、結局裕太さん来たんですか」
「うん。かぼちゃカレーと姉さんのラズベリーパイで釣れたよ」
「ははあ、家族水入らずってやつですね」
「まあね。今度はひなたちゃんもおいで」
「結構です」
「お前な…そこは嘘でもはいって言っとけよ」

不二の機嫌悪くなったらどうすんだよ、とまではさすがに本人の前では言わない。社交辞令の欠片もない目の前の女は一瞬チラリと俺を見ると、深い溜め息をついた。おいどういう意味だそれ。

「喧嘩売ってんなら買ってあげるよナンボじゃこのヤロウ」
「朝からうっとおしいんで勘弁して下さい」
「ハア?」
「まあまあ二人とも。会って早々喧嘩しない」

ムスッとはしたものの不二の仲裁によって何とか気持ちを落ち着かせる。ここ大事だけど俺が引いてやったからそこよろしく。そうして俺たち三人はそのままの流れで下駄箱へと到着した。お気に入りのニューバランス996を掴んで上履きと入れ替えようとすると、薄ピンク色の便箋が目に止まる。おっとさすがは青学の色オトコこと英二くんラブレターですかァ?と手に取ると、そこには愛の言葉ではなくアルファベットと記号がきれいに並んでいた。なんだこれ。馬鹿らしくなって元あった場所に戻しといてやることにする。これで俺がメールしてくるかもしんないって、どんだけポジティブ少女だこいつ。ぜったいブスだろ。

「どうしたの英二」
「あーなんかメンヘラなブスから紙切れ入ってた」
「すごいな英二。透視能力でも目覚めたの」
「こういう勘は当たるんだよねおれ」

不二の手元に何もないのを確認してちょっといい気分になったところで俺たちはだいぶ長いこと立ち尽くしている三井の方へ近付く。別に教室は離れてるからここでおさらばで良かったんだけど何かが気に掛かって。すると眼前にはこれまたご丁寧な漫画の王道展開が広がっていた。靴箱にって…結構古典的な漫画参考にしてるんだな。

「すっごいね、これ」
「もしかしていつも?」
「いや、たまにぐらいだったんですけど。またえげつないことしてくれますわ」

気味悪い系の虫の死骸みたいなものが詰められた袋を手に、さすがの三井も笑うしかない様子で。こいつ俺たちにいっそムカつく程媚びねーし惚れたの「ホ」の字も浮かび上がらせないくせに、なんというか気の毒だな。こんなことを俺が思うのもちょっとした進歩だと思うけど。

「誰にされてるの?僕が止めるように言ってくるよ」
「まーいいですよ。その内飽きてくれます」
「ちょっと待って三井さん。いまそのゴミどこに入れたのねえったらねーえ」
「古っ」
「どこってゴミ箱ですよ。じゃ、また部活で」

そういうことを聞いたんじゃない、とお話聞いてほしかった松浦○矢の歌詞に共感しながら俺は『3ー1手塚』と書かれた下駄箱にチラリと目をやった。…おれしーらないっと。


(140713 執筆)
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