「貴様ァ!0−5はわざとだな!?ふざけやがって!」
「弟が、世話になったね」

観月のマッチポイントの後、僕は相手に1ポイントも取ることを許さないまま7ゲームを連取。僕が勝ったことにより青学は来週行われる準決勝に駒を進め、同時に関東大会への出場が決まった。僕がわざとポイントを落としてあげてたことなんてレギュラーたちやひなたちゃんにはバレバレだったみたいで、竜崎先生には遊びすぎだと怒られる始末。それでも試合が終わったあとは皆が、よくやった!と抱きついたり僕の髪をくしゃくしゃにしたりして、それが結構嬉しかったというのはここだけの話である。

『青学対聖ルドルフの試合は、3−1で青学の勝ちとします』
「「あざーしたァ」」

そういうことでうちと聖ルドルフの決着はキレイに着いた訳だったんだけど、自分の勝利を確信していた観月にとってこの結果は受け入れ難いものだったらしい。試合は終わり、次にコートを使用する二校が揃ってるというのに、ベンチに座り込んだままの彼は醜くうなだれている様子だた。聖ルドルフのメンバーは遠巻きにそれを眺めるのみで誰も近付こうとはしない。まあ散々偉そうに指示してた分あれはキツイよね、だからこそああいう試合展開にしたんだけど。僕の黒い思考を感じ取ったのかふと観月が顔を上げる。そこには表情いっぱいに憎しみの感情が広がっていた。

「不二め」
「…」
「汚い真似をして…何が天才不二周助だ」
「…」
「勝つ為に集められた僕たちの気持ちなんてお前には一生分からないでしょうね。才能があるやつは何の努力もしなくて勝てるのだから…!」
「…気にしなくていいよ不二、行こう」

隣にいたタカさんが気を遣うようにして背中を押してくれる。だけど僕の足は地面から生えたもののように動かなくなった。
皆が僕のことを『天才不二周助』と呼んだ。僕に付きまとう心地良くも重たい名声。それは観月にリードを許していたときも、耳障りな騒音として後ろのフェンスから僕を突き刺すのだ。

「だからあの不二周助が負けてるんだって」
「不二って…あの青学の天才だろ?」
「天才っつっても、実は大したことなかったんだな。俺も勝てちゃったりして」

どうせ赤の他人だ。何を思われたって僕には関係ないと思ったし、いざ試合が終わってみれば手の平を返すのも予想は出来ていた。けどさ、やっぱりなってどういうこと?なんてったってあの『天才不二周助』だもんなって僕の何が分かるんだ?
チームメイト以外は皆そうだ。上辺や噂だけで、僕のことを勝って当たり前の存在だと認識する。だけど分かってほしいとは思わなかったし、僕自身それで良いと割り切っていたつもりだった。

「いい加減にして下さいよ」

思考を遮ったのは不機嫌そうな声。僕の前に立って観月と対峙する小さな背中を視界に捉えて、棒立ちになっていた足へ徐々に感覚が戻ってくる。全てを分かってほしいなんて思ってないのに。僕の胸の内を見透かすかのごとく、彼女は言ったのだ。

「またあなたですか、三井さん」
「訂正してください」
「は?」
「不二先輩は天才なんかじゃありません」
「天才なんかって、なにを」
「先輩のプレイを部外者が才能の一言で片付けないで下さいと言ってるんです」

本当はだれかに言ってもらいたかったのかもしれない。裕太があの不二周助の弟、ではないように僕だって『ただの不二周助』なんだってこと。

「さっきの試合、観月さんが攻めたとこ本当は一番得意なんだって言ってましたよね」
「ええ、」
「分からないですか?」
「…何が」
「得意なコースっていうことは、それだけ練習したってことですよ」
「……」

確かに僕は要領がいいし飲み込みも早い。大体のスポーツは何と無くこなせる。けど僕は周りが思う程天才なんかじゃなかった。例え天性の才能が備わっていたとしても、苦手なコースはあるし練習しなきゃ僕より上手い人なんていくらでもいた。

「だからってあんな人を馬鹿にするようなプレイ…どうせ今までも手を抜いて戦っていたんでしょう。だからデータが取れなかった、僕のせいじゃない」
「手を抜くと本気を出さない、は違いますよ」
「…チッ」

それに僕の努力の理由は決して綺麗なものじゃなかった。ただテニスが好きで好きでたまらなくて上手くなりたい一心で来る日も来る日もテニスに明け暮れてきた人にとっては、僕はテニスをする資格すらないのかもしれない。だけど天才と呼ばれることで驕りたくはなかったし、それでいて天才と呼ばれるプライドから負けたくもなかった。綺麗な理由じゃないけれど、僕は練習を積み重ねた。

「天才は天才でも、不二先輩は『努力の天才』なんです」

誰も気付いていないし、これからも気付かなけりゃいいと思ってたのにな。まるで自分のことのように僕を庇うひなたちゃんを僕は何だか直視出来ない。面と向かって礼を言うのも今の僕には格好悪いことのように思えてしまう。

「…君には敵わないよ」
「へ?」
「潔く認めるかな、僕も」

この気持ちの正体に気付かない程、僕は鈍感じゃなかった。はじめて抱く思いに戸惑いこそ感じるものの、そのあたたかさは不思議と嫌ではない。こちらが振り回してやるつもりだったのに捕らわれていたのは僕の方だったということだ。
…いつまで経ってもベンチからどこうとしない観月に痺れを切らしたのは氷帝の跡部だった。ようやく観月が立ち上がり、僕たちも乾以外はコートを後にする。もちろん彼にとってデータは武器であり同時に趣味でもあるからだ。「うちの連中は素直にアドバイスなんて聞かないがな」そう小さく笑う乾の言葉はなるほど的を得てると思う。

「不二先輩、あれって裕太さんじゃないですか?」
「え、どこだい」
「ほらあそこ」

もしかしなくても裕太は僕が通るのを待っていたようで、木にもたれながらこちらに視線を送っていた。「さて菊丸先輩でも看にいこうかな〜」となんとも下手くそな気の遣わせ方をしたところで僕は裕太が待つ下へ歩みを進める。さっきとは打って変わり気持ちは晴れやかだ。
裕太はこのまま聖ルドルフに残るらしい。ツイストスピンショットの危険性を観月が隠していたことを知っても、自分にテニスを教えてくれた恩をきちんと返したいのだと口下手ながらに教えてくれた。たまには家に帰って来なよと軽く誘うと、気が向いたらなんて目を逸らされる。照れ臭いんだろうけど、すぐにでも気が向くようにしてやろう。晩御飯の話題を出すか、それとも裕太の初恋のマミちゃんのネタで釣るか。さっき弟に振り払われた手は、もう痛んだりしない。

「さっき兄貴と一緒にいたあのマネージャー、なんてったっけ?」
「ああ、ひなたちゃんのこと?」
「なんだっけ苗字、三井さんか」
「…何好きになっちゃった?」
「そんな恐ろしいことするかよ。観月さんがさっきからあの子のこと探してて」

「だから試合に負けたとはいえマネージャーとしてあなたに負けた覚えはありません」
「なにを戯言を。マネージャーなんて勝負を競うものじゃありませんし、第一危険な技を教えるなんて人としてすることですか」
「あなたこそ熱のある選手に試合続行させるなんて、どうかしてる」
「わたしは先輩の意志を尊重しただけですが」
「な、一年のくせになまいきな!」
「これはこれは若くてどうもすいません」

救護室に向かうと言っていた彼女は何故か不動峰と氷帝の試合が行われているコートで口論を繰り広げていた。二校のうちどちらかと敗者復活戦で当たる観月ももちろんそこにいたようで、飽きないなぁと思わず笑みが零れる。本当、飽きないよ君は。

「兄貴、止めなくていいのか?」
「ふふっ。今回のマネージャー対決は引き分けってとこかな」
「…絶対面白がってるだけだろ」

「騒々しいぞ三井!帰ったらグラウンド三十周」
「げ」


(140713 執筆)
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