『それではこれより準々決勝、青学対聖ルドルフの第一試合を始めます』

「対戦楽しみにしていますよ、乾くん」

先ほど秋山三中との第二試合の際に接触を測ってきた男、聖ルドルフ学院の観月のことがなかなか頭から離れないまま、いよいよ準々決勝が始まった。勝った方は無条件で関東大会への切符を獲得できるため、実質ここが踏ん張りどころである。しかしあの冒頭の言葉…俺がレギュラーから外れたことを彼が知らないはずもない。これはきっとデータを武器とする俺に対してデータで勝ってみせるという宣戦布告と受け取っていいだろう。
そういった煽りを受けてか否か、発表された初戦のオーダーは海堂と桃城のペアだった。いつも通りなのはいいことだが、コートに入ってからもあの調子で喧嘩を始めるのはどうも頂けない。

「…あの二人仲悪いんっスか?」
「うん、キミが入部する前からのライバルだからね」
「三井とお前がダブルスを組んで出場しているような状況だな」
「…一気に嫌な気分になった」
「ハア?それどういうこと!」
「うるさい三井。そんなに今回も走りたいか」
「……」
「バーカ」
「バカとは何じゃい!」
「三井」

向こうのマネージャーはあれやこれやと手を使って何かを企んでいるというのに、うちのは結局地区大会と同様手塚に怒られているだけだった。それにしても赤澤をダブルスにし自分は選手としてシングルスに…観月は一体何をしようとしているのだろうか。今わかっているのは聖ルドルフ学園が地方から優秀な生徒を去年からかなり補強しているということと、秋山三中を噛ませ犬にしたりしてくる辺り、手段は選ばないだろうということだけ。そう思案しているうちに、序盤好調と思われたダブルス2はサービスをブレイクされ、逆転を許すという少しマズイ展開となっていた。

「三井」
「なんですかちゃんと黙ってます」
「スコアは他の一年に任せていいから、試合をよく見ておくといいよ」
「?」
「先ほどの秋山三中だが、俺たちのデータを提供していたのはやはり聖ルドルフだった。どうもあの新マネージャーが裏で糸を引いているみたいだな」
「! 分かりました」

気が短く少々アホなところはあるが、三井は頭の悪いやつじゃない。俺の言おうとしていることを瞬時に察知した彼女はスコアボードを一年に放り投げる。「わ!いきなりなんなの三井さん!」加藤への説明もそこそこに、その懐からは小さなノートが取り出された。カチカチとボールペンをノックし、苦手コースをつかれた桃城のリターンパターンを書き始める。

「で、何なんですかその新マネージャーって」
「観月はじめ、聖ルドルフの三年生。男子テニス部の新マネージャーで補強組のひとりさ。相当のやり手だ」
「ふぅぅーん」
「三井が非常におもしろくないと思っている確率、89パーセント」
「…100パーセントでいいです」

そう言って例の新マネージャーをじっと見つめる三井。対抗意識だろうか、その瞳にはメラメラと炎が燃え上がっているようだ。きっと部員の苦手コースを克服させれていない自分の不甲斐なさを感じているのだろう。また観月はマネージャー兼選手であることで、一般的なマネージャーでは言いにくいところまで指示が行き届いている。三井の表情は悔しさそのものだった。

「それにしても…」
「?」
「お互い意識しすぎてバラバラ。ダブルスとしては最悪の展開ですね」
「どちらかの技が決まれば互いにモチベーションが上がる計算なんだけど」
「海堂先輩、アレ出さないつもりなんですかね」
「さあ?俺はそこまで口出ししたくないから」
「スーパー格好良いのに…あああ見たい。見たいしぬ」

海堂のことだから関東大会くらいまでは温存しておきたいだとか考えていそうだが…この蒸し暑さだ。いくら体力に自信があるお前でも試合時間を伸ばしすぎては十分なパフォーマンスの前に消耗しきってしまうぞ。審判からチェンジコートの声がかかり、二人がベンチへ帰ってくる。もう四十分以上は経過していたが、ゲームカウントは未だ3−2だった。

「とにかく技術、コンビネーションは奴らの方が数段上だ。ならどうするよ?」
「体力で、勝つ!」
「精神力で勝つ!」

「揃ってるようでバラバラ…」
「おしやったれ!海堂先輩」
「おい三井…俺の応援は?」
「してるじゃないですか」
「いやしてねえ!」
「大丈夫ですよ、わたしの拙い応援なんかなくても先輩がダンク決めたら勝てるんだから」
「…おう!」

いいぞ三井、お前史上ベスト三位以内には入る程のファインプレーだ。すっかり気を良くした桃城に相手チームのアヒル、もとい三年の柳沢が歩み寄るのが見える。彼は小馬鹿にした態度を隠そうともせず、そのにやついた口を…いやくちばしを開いた。

「ウチの優秀なマネージャーが言ってたけど、お前らのデータを分析してシミュレートしたら…」
「…」
「俺たち6−2で勝つらしいだーね!今の所その通りにお前らは2ゲームのままだーね」

彼曰く観月のシナリオは怖いほど当たり、どんな試合でも筋書き通りに運ぶのだそうだ。そしてこの試合は貰ったとでも言うようにダブルス1の結果まで勝手に予想しようとする。桃城と海堂の二人は息ぴったりに振り返った。

「「うるせーんだよアヒル!」」

ついでに台詞も見事に被る。その息の良さをぜひ試合で発揮してくれと誰もが思ったところで、ニッと笑った桃城がアヒルに続けた。

「わりーけど!ウチの優秀じゃないマネージャーは俺たちが勝つってよ」
「!」
「いーかおら、テニスにゃシナリオなんてないってこと教えてやる!!」
「おおおおお!さすが桃ちゃん先輩だァ」
「すいません、タイム!」

桃城の言葉に盛り上がる声に重なって冷静な声が飛んでくる。その声の主とは例の新マネージャーであり、箒を片手にコートへ入ってくるのが分かった。砂がかかってコートの白線が見えないからと審判に伝え、ラインを掃く間は一時試合中断。思いがけない出来事で静まるコートに、砂を掃く無機質な音が響く。

「嫌な間合いでタイム取るな」
「桃の士気をうまく削がれちゃったね」
「ああ。…どうやら他にも目的があるみたいだぞ、乾」
「あれ、なんかこっち見てない?」
「げ!」

一年生トリオが騒ぐ中、観月の視線は真っ直ぐと俺に向かってきていた。これもシナリオの内というわけか?フェンス越しに俺の目の前へ立つと、観月は余裕綽々とでも言いたげな笑みを浮かべて口を開く。

「残念ですね乾くん。試合中選手にアドバイス出来るのはコートの上のベンチコーチのみなんて」
「ベンチコーチは登録された選手…または監督の先生一名に限られてるからね」
「んー…せめてレギュラー落ちしてなければコート内で僕と競えたのに…ふふっ」
「何を?アドバイス?…別にないけど」
「…。それに今年から入ったマネージャーは無能もいいところ、しかも一年の女子だというじゃないですか」
「ちょっとちょっと今のは聞き捨てならないですよ、あなた」

しまった、三井を鎖につないでおくのを忘れていた…!と思ったころにはもう遅い。明らかな敵対心をむき出しにして彼女は観月へと食い下がっていた。視界の端では手塚が頭を抱えているのが見えた。スマン手塚。

「どうせオトコ目当てのミーハーマネージャーでしょう?」
「部外者が勝手な妄想するのは控えてくださいこの変態」
「変っ…。この程度のことで平静を保てないなど底が知れていると吐露するようなものですよ」
「生憎うちの部長のような鉄仮面ではないので」
「年上をそのように乏すなんて全く礼義がなってない」
「年上どころか初対面の相手への礼儀を忘れている人に言われたくありません」

お互い丁寧な口調でありながらスパイスのきいた会話を繰り広げる二人を見て、俺はこの戦いを止めるよりデータをとることを選択した。最近は彼女が部に慣れてきたこともあって暴言のパターンが単調化してきていたからね。折角の三井セレクト語録が無駄になってしまうところだったんだ。

「キミ、終わったのなら早く戻りなさい」

審判の一声で、バチバチとふたりのあいだに火花が飛び交っていた火花が一瞬弱まるも、それは束の間。今度は三井から攻撃を仕掛ける。

「ライン掃くだけなのに随分トロかったですね」
「ああすみません。もう一人のマネージャーさんが手伝ってくれなかったものですから」
「そうですか気が利かなくてすいません」
「いえいえ。テニス部のお荷物にそんな期待はしていませんでしたから」
「ハア?」

その後審判から二度目の注意を受け、観月はようやく元いたベンチへと戻っていった。全く面倒な発言を残していってくれたものだと内心溜め息をつきながら三井に目をやる。いくら図太い精神をもった三井と言ってもきっと心の中では傷ついている確率、

「不二先輩」
「どうしたのひなたちゃん?」
「シングルス2、わたし出ちゃだめですか」
「だめだろうね」

…いや、0パーセントだったか。


(140713 執筆)
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