越前のテニスは父である越前南次郎のコピーに過ぎない。そう判断した俺は二週間前、彼と高架下のコートで野試合を行った。同じ年代の人間にここまでコテンパンにされたのは初めての経験だっただろう越前に俺は自分の思いを託し、そして自身で上がってきてほしいと願った。越前が青学の柱になれるかどうかは今日試されると言っても過言ではないと俺は思っている。しかし、

「遅い!何をやっとるんだいリョーマは!?」
「八人揃って十時までにエントリーしないと失格だよ」
「困ったもんだ」
「大石はどうした、越前と連絡取れたのか?」
「いえ、まだ…」
「ハン。なにもこんな日に遅刻しなくても」
「ひなたちゃん、地区大会遅刻してきたことなんて忘れてるとでも思った?」

すでにエントリー用紙にはランキング戦の覇者であり共に地区大会を勝ち抜いたレギュラーの名前が綺麗に並んでいた。ベンチコーチの欄にはもちろん竜崎先生の名前。そして「そんな滅相もございませんよ不二先輩殿」俺の背中の向こうで攻撃はさせまいと頭をガードして叫ぶ三井の名前がマネージャーの欄に記載してある。…そう、今回も結局連れてきてしまったのだ。地区大会ならまだしも、東京都は激戦区のため都大会であっても記者やカメラマンが多数張り込んでいる。恥になるようなことはしてくれるなよ一年共…。イライラと取り出した携帯電話の画面には9:56と表示がされていた。

「おーいみんな!」

「「大石(先輩)!」」
「越前から連絡があったぞー!なんでも子供が産まれそうな妊婦さんを助けて、病院に寄ってたそうだ」

都大会初日から俺を激しい頭痛が襲う。そう、つまり青学は現在欠員の中エントリーまであと四分というピンチに遭遇していた。俺の思惑は大きく外れ、今はもはや青学の柱になるならない以前の問題である。「妊婦さん…っ助けて…じわる」不二の隣では三井がケラケラと笑っているが、桃城が迎えに行かなかったら確実に遅刻していたお前が何を言うか。しかし、遅刻魔の三井と越前…やはり越前の方を桃城に迎えに行かせるべきだったか。これは部長である俺の判断ミスだったかもしれない。

「どうしますか、竜崎先生」
「向かってるんなら試合に間に合うだろう。説教は後回しだ」
「はい」
「とにかく…エントリーしなくてはしょうがないねぇ…そうだろひなた?」
「ん?」

まさかここで自分の名前が出るとは思わなかったのだろう、三井が驚いた表情で先生を見上げる。先生の手には白いFILAのキャップが握られているが、いや…まさか。

「菊丸。アンタジャージはあるね?」
「え?あるけど」
「ほれほれ、時間ないんだからとっととエントリーしておいで」





「128番、青学8名。受付お願いします」

冷静を装うものの、どきどきと鼓動する心臓の音に俺は爆発寸前だった。こんな嘘をつくような真似が許されるのか国光、いやしかし一時の正義感で出場が取り消しにでもなれば俺たちの今までの三年間はどうなる国光。どちらにせよ部長としてここで動揺を見せてはならんのだと俺は自身の顔面に強力な結界を張った。保護魔法『テッカーメン』発動!よしこれで誰も俺の心を見破ることなどできないはず…。

「おや、今年青学は一年生もいるんだね」

ぎっくーーん!!びっくりするじゃないかこのモブ。さっきまで初戦は五試合戦えだの関東大会へ出場できるのは上位五校だの事務的なことを喋っていたくせに。後ろでひっそりと受付が終わるのを待っていた三井に嫌でも視線が集まっていく。

「は、はい」
「(おい三井、何か言え)」
「(何かってなんですか!)」
「どうかしたのかい?」
「え、まだまだだね!」
「(何がだよー!)」
「(こんのアホ!)」
「ぶ、部長はご老体なんでね。俺が頑張るッス」
「……」
「ハハッ。頼もしいね。ま、がんばって」

もしかしたらあのモブは気付いていたのかもしれないと思ったが、受付が終わって俺はホッと息をついた。まさか三井に越前のふりをさせてエントリーするなんて、竜崎先生も悪いことを考える人である。未だにドキドキいう胸を抑え、俺は「へへーんちょろーい!」と騒ぐ三井に向き直った。

「騒ぐな“越前”。さっきは何とかなったものの、怪しまれたりしたらどうする」
「いけません部長!俺には桃先輩という恋人が」
「…は?」
「部長の気持ちは嬉しいっスけど、俺は男だし…」

こいつは一体何を言っているんだ。全くもって意味不明だし誰かこいつに日本語を教えてやってくれ。漫画であればきっと俺の頭上にはクエスチョンマークが浮いているほど理解のできない状況だったが、ひそひそ。他校の生徒がこちらを向きながら何か話しているのが聞こえる。

「…聞いた?今の会話」
「…青学の手塚さん、ホモだったんだね」
「…桃城くんも交えた複雑な関係があるんだね」

違う!断じて違う!突拍子もない噂に再び冷や汗が流れる。嫌な予感がしてふと横に目をやると三井は満足そうな半笑いを浮かべていた。…なるほどお前、確信犯か。
ここで注意をし会場を走らせることも出来ただろうが、竜崎先生と初戦のオーダーについて話したかった俺はクールにその場から立ち去ることを決めた。良い男ってのは多くを語らないものだ。その後聞いた話によると、三井はレギュラージャージを羨ましがる一年生の堀尾に『越前のふり』を代わってやり、その直後堀尾は他校のテニス部員に絡まれていたという。なんて世渡り上手なやつだ。





「部長」

初戦は途中で勝負が決まろうとも五試合全て行うのがこの大会でのルール。鎌田中とのシングルス1を控えウォーミングアップをしていたところ、パタパタと足音を響かせ三井がやって来た。スコアを付けながら大人しくしておけと言っただろうと目で訴えると、スコアボードをちらつかせて越前の試合が終わったことをアピールしてくる。なるほどパーフェクトゲームか。

「呼びにきてくれたのか。すまないな」
「それもですけど、腕の調子は大丈夫ですか?一応テーピングとリストバンドしといて下さい」
「そんなものをしたら俺の腕に何かあると言って回るようなものだろう」
「いや誰でもしてますし。なんて自意識過剰な人だ」
「…それにテーピングは格好悪い」

俺の腕の怪我のことは大石と竜崎先生以外は誰も知らないはずだった。しかし先日、完治しているか看てもらうために大石の叔父が院長を勤める伴野総合病院に寄ったところ、偶然この三井と出くわしてしまったのである。しかも彼女が大石の叔父、章高先生と知り合いだったというのが運の尽き。

「へえ!青学のマネージャーに」
「今のとこ超優秀だよ」
「…自分で言うやつがいるか」
「ハハハ!手塚くんも優秀なんだけど二週間前にヒヤッとさせられたからね。僕の言うこと聞かないんだよ」
「ちょ、先生」
「ひなたちゃん、しっかり見張り頼むよ」

…と世間話の流れで他者に症状を漏らしてしまうという、医師としてはありえないミスで俺は怪我の経緯を三井に伝えることになったのだった。大石にも病院に寄ったことは言わないでほしいと口止めしたのはその会話の直前で。数分前のやり取りをうっかり忘れるとはどうしてくれるんだとこめかみをひくつかせたのは記憶に新しい。

「古傷のせいで腕を…そうでしたか」
「三井、分かっているとは思うがくれぐれも部員にはこのことを」
「言いませんよそんな野暮なこと。馬鹿にしないで下さい」
「三井…」
「せっかくゲットした部長の弱み、そんな簡単に漏らすわけないでしょう!」
「…やはりそういうことか」

とまあそういうことがあり、俺は半ば脅されるような形で留守番要員だったこいつを都大会に連れてくることになったというわけだ。「テーピングや包帯なんて中二病のキーアイテムなのに」やれやれといった様子で溜息をつく三井には一瞬殺意が芽生えた。こっちがやれやれだと言ってやりたい。

「じゃ、部長。先に行っておくんですぐ来て下さいよ」
「ああ」
「無理は厳禁です。温存しておいたって青学は勝てるんだから!」

それだけ言ってコートへ駆けていった三井を無言で見送り、俺も立ち上がる。一応心配はしてくれていたのだろう。周りに部員がいないときを見計らって声をかけてきた彼女の気遣いに免じて、俺は鞄に押し込んであったリストバンドを取り出した。それにしても温存しておいたって青学は勝てる…か。それはまたマネージャーがすごい自信だな。三井の顔を思い出してかすかに口角が上がる。

「…では、油断せずに行こうか」


(140713 執筆)
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