「今日はダブルスの強化練習を行う。桃城越前と大石菊丸、コートに入れ!!」

手塚の号令が響いたのはおよそ三十分前。大石とロープで身体を繋がれた俺は、ロープを絡ませユニフォームを泥だらけにした桃とおチビに向き直って渾身のドヤ顔を見せつけた。形容するとすればそうだな、メッタメタのけちょんけちょんって感じ?

「へっへーん。これが黄金ペアだどうだ参ったかヒヨッコ共めええ!」
「すごいのは菊丸先輩というより相方の大石先輩ですが」
「黙ってスコアとってろお前は!」

昨日の体育祭でのお返しに、桃たちはたっぷり痛ぶってやんなきゃいけねーからな。ニヤリと笑みを浮かべると桃は「もう勘弁して下さいよ〜英二先輩」ドロドロの身体でコートにぶっ倒れた。乾が考案したこのロープをつけたままの試合形式練習は普段シングルスの練習ばっかのこいつらには中々堪えたそうである。

「根性ないですねー。一旦休憩にしますか?」
「そうだな。次は組み合わせを変えてみるか…」
「五分休憩です!タオルはそこ、ドリンクはあっち。休憩後は海堂先輩と越前をチェンジして、時計回りに回って試合相手を変えて下さい」

「疲れたァ」「あちー」とドリンクに群がる部員の頭に三井は次々とタオルを投げていく。俺が思い描いていたマネージャーの図とはかけ離れた勇ましさを放つうちの南ちゃんはひょこひょこと汚れたタオルを回収にまわっていた。左足の捻挫はサポーターが巻いてあるが、乾曰く一週間で完治するらしい。つまんねーの。

「おい三井、ドリンク」
「自分で取ってくださーい」
「お前マネージャーだろうが働け」
「一人一人に手渡しなんて非効率的なことするのは二次元の世界だけです御愁傷様」
「そんなことお前に求めてねーよ、俺のドリンクが足りてないから言ってんだ勘違いオンナめ」
「え、そんなはず…」

ひーふーみー。ボトルの数を数えた三井は気まずそうに振り返った。ほら見ろ足りてないじゃんか。昨日の障害物競走の件で若干顔を合わせずらいのも重なって「ほんと使えねーな」と悪態をつく。ちなみに部活対抗リレーで陸上部に大きく差をつけてうちが一位でゴールしたことと俺の力走が合わさって、テニス部は見事優勝を果たした。茶化されて冷やかされて散々だったから嬉しさとか殆ど感じなかったけどな。八つ当たりなのは重々承知で三井には睨みを効かせてやる。

「どこにあんの、部室?」
「取ってきますよ嫌味な人ですね!」
「いーよ足怪我してるし。貸し3な」
「3て。悪い予感しかしないから取りに行きますよプリンス」
「お前がそれを言うか!!」

こうなったらお互い譲らない。俺も三井も文句を言い合いながら早歩きで部室に向かう。なんだなんだと部員の視線を集めているのは全て無視!気持ちが高ぶって大石と繋いでいたロープを外すの忘れてたせいで、途中まで相方を引きずってることにも気付かなかった。さっきの練習中も思ったけど、おれって実はとんでもなく自己中なのかもしれない。自由気ままに飛んでボレー出来るのも、それは大石が後ろにいてゲームメイクしてくれているからこそ成せる技だってスミレも口を酸っぱくして言ってたっけ。

「そーいやさっきの試合」
「なんだよ」
「変形フォーメーションさせてみても良さそうだなって乾先輩が言ってましたよ」
「え?!まじ」
「オーストラリアンフォーメーションってやつらしいです。これでまた最強ですね」

あいつは世間話程度に言ったのかもしれないけど、その言葉は俺のテンションを回復させるには十分すぎる効力を発揮した。だって変形フォーメーションだよ、俺戦隊モノとかにハマっちゃうタチだから、そういう響きまじ大好き。「はっはっはそうかー困っちゃうなー」なんてバシバシ三井の背中を叩く。お分かりかとは思うが三井はスルーだった。いつもは一言多いくせにこういうときは無反応かよ。

「……」
「え、痛かった?なに」
「…そんなか弱くないでっっっ」

もう一度背中を叩いてやると、三井は前かがみになって立ち止まった。昨日の障害物競走のときの様子が頭によぎる。たしか腹が痛いとか言って表情を歪めてたっけか。今日の練習中だってそうだ、何事もなかったかのように振舞ってるけど、お腹の辺りを庇っているような気がしないこともない。

「ちょ、え、菊丸先輩!?」

グイと手首を引っ張って倉庫の壁に三井を押し付けると、戸惑ったような表情でこちらを見上げる瞳に俺の顔が写った。ゆらゆらと視線があちこちに飛ぶ。俺はその視線が離れた瞬間に三井のシャツとジャージを引っ掴んで思いっきりめくり上げた。飛び込んできたのは日焼けの跡の一切ない白い肌に映えるグロテスクな色。

「んだこれ…?」
「ギャアア!なにしてんだアンタァァ」

すぐさま抵抗の手が伸びてきてヤツのつるぺたな腹は隠されたが、「ヘンタイ!」その短い時間でも三井が隠していたものを見るのには充分だった。「ヤリチン!」赤紫色に変色した痣。「近寄んな!」打撲の跡のようなソレはちょうど肋骨の下辺りに位置して存在を主張している「犯される〜!」

「うるっっさいなこの馬鹿!」
「壁に押し付けられて服捲られたら誰だって身の危険感じるわアホ!」
「ああうん。色気に当てられてヤバかったようん」
「そのやる気ない顔やめてください」

いや細いのは見た目からしてわかってたけど、まさかあんな幼児みたいな腹だとは思わなかったよな。白くて、くびれとか全くない綺麗なお腹だった。三井は俺から距離をとろうとするけど、手首を掴んでそれを阻止する。警戒心むき出しの目でこちらを睨むのを見ると初めて会ったときのことが思い出された。

「ちょっと離して下さいよ」
「なんだよこの怪我。病院は?」
「や、部活あるし今度でいいかなと…」
「そんなのいいから行ってこいよアホか!一応女だろ、傷残ったらどうすんの。しかもなんか超痛そうだし」
「見た目ほど痛くないでっっ」
「……」
「なんで力入れるんですかああ」
「痛いんじゃんか」

家に湿布くらいあるだろうがと呆れていると「臭いで不二先輩辺りにバレると厄介なので」視線を落とした三井がポリポリと頬をかく。厄介、ということは怪我した理由をあんまり知られたくないってことか。あそこまで変色した痣だ、転びましたで出来るような傷じゃないことは熊の大五郎でも分かる。人為的なものなんだろう、人の悪意の片鱗をみて思わず顔が歪んだ。

「どうせまた部員には言うなとか言うんだろおまえ」
「……」
「けどこれは行き過ぎだぜ。悪いけど手塚とか大石には報告さしてもらうし、これからも続くみたいなら休部とかも」
「やめて下さい!ほんとに、ほんとに大丈夫だから…」
「大丈夫かどうかはお前じゃなくて皆で決めることだろ。ほら、他どこ怪我してんの」
「してません」
「あ?口答えすんな脱げ」

こんなあっついのに上下長袖ジャージなんておかしいと思ってたんだよ。校内じゃ顔合わせないから制服はどうしてるか知らないけど衣替えは六月の中旬からのはず。肩を押して抵抗してくる三井を他所に胸元のチャックを下げ右腕を出させると、腹の箇所ほどじゃないにしても白い腕に痣の斑点が浮かんでいた。これは、そうですかリンチですか。三井も観念したのかバツの悪そうな顔で地面に視線を落としている。

「テニス部のファン?」
「…ちゃんと病院いきます。部活も出ます。迷惑かけないようにしますから、」
「強情なやつだな、だめったらだめ」
「今人生で最も苦手な人物に恥を忍んでここまでお願いしてるんですよ!」
「なんだとこのつるぺた」
「つるぺたで何が悪い!」

「おーいひなたちゃん!休憩終わってるよー」

タカさんがスコアボード片手にやって来たことで俺は瞬間的に三井から距離をとった。いやこの状況は間違いなく俺が悪者になってしまうやつだった。「? どうしたの二人とも」微妙な雰囲気に立ち会ってもいつものペースを崩さないタカさんに俺はなんでもないと答えると、喉の渇きを何とかして練習に戻ろうと水道に向かう。

「菊丸先輩」

わかってるな?とでも言いたげな強い眼差しに俺はいらつく通り越してもはや呆れてしまった。やる気なさそうな面してるくせ、このマネージャーへの執念は一体どこから湧き上がるものなのか。へいへいと軽く手を上げ、俺は二人に背を向ける。

「(こっちはお前がコンビニの前でピーピー泣いてたことバラしてやってもいいんだからな)」

再び脳裏にあの赤黒い打撲の跡が浮かんできて、俺は思わず頭を振る。俺は将来、皆に三井の傷のことを言わなかったことを後悔するんじゃないかなんて嫌な予感が頭をよぎった。


(140712 執筆)
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