「ただいまでーす」
「ああ、おかえり。ひなたちゃん」

放課後いつも通り練習していたところへひなたちゃんが帰ってきた。両手に計五つのビニール袋を提げていたのを見た僕はサービスの練習を中断して彼女の方へと向かう。湿布とかドリンクの粉を一気に買ってきてもらっているっていうのは乾から聞いてたけど、女の子一人じゃきっと重かったことだろう。本人はいたって平気そうにしてるけど、僕に半分の荷物を渡す際に見えた右手は見事に真っ赤だった。

「桃は?荷物持ちに連れて行ったんじゃなかったの」
「ひったくり犯を追って、リズムに乗る人と消えました」
「リズム…神尾かい?」
「そう!不二先輩エスパー?!」
「つまんないこと言ってないでほら、全部貸しなよ」

持っていたパンパンのビニール袋をひったくってコートから部室へと歩き出せばひなたちゃんは大人しくついてくる。買い出した荷物のうちの一つはセロリや魚などどう見てもマネジメントする上での備品じゃないものが混じっていた。フフ、乾もまた魅せてくれるじゃないか。

「ところで先輩、なんか他校の人昨日よりさらに増えてないですか」
「うん、偵察は49人。去年の1.75倍らしいよ」
「へー。ひまなんですね」
「部活中だけならまだしも休憩中まで追いかけてくるからね。集中力落ちちゃうよまったく」
「はは。不二先輩がそんなナイーブなわけな…」
「ん?」
「いひゃい!いひゃいっす」

こうやって時折体に教え込んでるのに、なんでこの子は口が減らないんだろう。この前の地区大会でも『青学の一年レギュラー』って騒がれてた越前よりもひなたちゃんの方が目立ってたからね。もちろん可愛いからっていうのもあったけど、大半の理由はそのふてぶてしい態度と九鬼の一件だ。手塚が困ってたよ、都大会に連れていくかも悩むくらいに、ね。「あ、タカちゃんどしたの」「ガット切れちゃってさ」コートに戻る途中でタカさんに会って話していると近くの茂みからキラリと何かが光った。

「あーもう!うーーざーーいーー」

ひなたちゃんの大声が響いたかと思うと、次の瞬間にはその手にホースが握られて大量の水が辺りを攻撃する。「うわ」短い悲鳴がきこえて十人弱の男が散らばっていったところでようやくひなたちゃんは蛇口を元に戻した。ほんと部活の見学だけならいいけど、会話の盗み聞きは頂けないな。

「けっこういたね」
「そんな暇あるなら帰って練習したらいいのに」
「ね」
「アハハ。痛いこと言われちゃったな〜」

茂みの奥から軽いトーンの声が聞こえる。さっきの水で全員いなくなったと思ったけど、そうではなかったみたいだ。オレンジの髪に白い学ラン。ポリポリと頭をかきつつも、にこやかな笑顔を保ったままそいつは現れた。警戒心むき出しのひなたちゃんはサッとタカさんのうしろへと隠れる。

「いやあ。青学の子は全体的にレベル高いなって思ってたけどキミは別格だよ俺ってラッキー!ねえねえ今度デートしない?」
「先輩…なんかいる」
「そうだね。なんかいる」
「ちょっと!なんかはひどいんじゃないの?俺は千石清純!」
「きいてないです」
「ちなみにセイジュンって書いてキヨスミだからね」
「きいてないっつってんだろ」
「コラ。他校生に暴言吐くなって言ってるでしょ」

タカさんが注意するとひなたちゃんは秒で素直に黙った。それにしても山吹中を率いる千石自ら偵察とは、やっぱり今年の青学は要注意だと思われてるのかな。と言っても去年の都大会団体戦では山吹に勝ってるから、向こうも相当準備してくるのは間違いないんだけど。

「や、不二くん。秋の大会ぶりだね」
「そうだね。あのあとジュニア選抜の合宿に行ったんだろ?ぜひ手合わせしたいな」
「ハハ!じゃあ僕が不二くんに勝ったら御宅のこの子とデートさせてよ」
「は?」
「いいだろ?けど練習ほっぽり出して来てみてよかった噂以上だよ、青学のマネージャーさん」

ニカッと笑顔を振りまいてくる千石を見て確信した、彼はひなたちゃんを見るためだけに青学まで来たんだって。うちなんて偵察するまでもないと遠回しに言われたのも同然で、右手に力がこもる。それにこの子は僕のオモチャだ、千石くんなんかにはあげないよ。軽く挑発してやろうと口を開く。だけど声を発したのは僕じゃないもう一人だった。

「勝手なこと言わないでくれるかな」
「タカさん、」
「青学は勝つし君にも勝つ。ひなたちゃんとデートもさせない。分かったら帰りな」
「…そうだね。許可を貰おうなんて考え方はナンセンスだ。勝手に誘うことにするよ」
「へーん!練習を投げて遊んでるような人にウチは負けま」
「口効いちゃだめ。ほら行くよ」

いつにも増して男前なタカさんはひなたちゃんの手を引いてぐんぐんとこの場を後にする。一応振り返って「じゃあ都大会で」と挨拶だけしておくと、千石は苦笑いしながらもヒラヒラと手を振った。でも意外だったな、タカさんがあんなにムキになるなんて。もしかしてタカさん、ひなたちゃんのことただの幼なじみとしてじゃなく、もっと特別に思ってるんじゃ…。

「やータカちゃんでもあんな風に言い返すんだね。ナイスガッツ!ナイス男気!」
「だって嫌だったんだ」
「いや?」
「そう。嫌だったんだ、ひなたちゃんとアイツが喋ってるの」
「タカ、ちゃん…?」
「(まさか本当にタカさん、)」
「ひなたちゃんがバカだってバレたら都大会に支障が出るかもしれないだろ?自分の幼なじみが部に迷惑かけるなんて俺にはゆるせないよ!」
「……」

大真面目な顔してタカさんが言い切るもんだから僕は笑いを堪えるのに必死だった。「だれがバカだよバカー!」「しょうがないだろ、ひなたちゃんが喋るとバカっぽさが滲み出るのか皆ポカンとしちゃうのは事実だ!」そうか、タカさんはその純粋さゆえにひなたちゃんの部員に対して暴言を吐くのは「バカだから」だと理由付けしているのか。面白い、面白すぎだよタカさん。

「僕としても、よその男とあまり話さないでほしいのは確かだな」
「だからそれ男女差別ですよ、先輩」
「…そういうことじゃなくてね」
「お、やっと帰ってきたか」
「スミレどうしたの」
「だから名前で呼ぶのはやめんかと言っておろうが。ほらひなた、ミーティングだよ」
「へいへい」

またも躱されてしまったところで、僕たちはスミレちゃんから召集をうける。部員全員を部室に入れることはできないってことで、偵察隊がいるのも構わずスミレちゃんはホワイトボードをコート近くに持ってきた。案の定他校生がわらわらと寄ってきて、ただでさえこの梅雨前のべっとりした空気がさらに蒸し暑く感じる。そっかもう六月なのか、ということは…。

「いいかい!一週間後の体育祭で出場してもらう選手を発表するよ」
「体育祭?選手?」
「ああ、一年は知らないんだっけ」
「うちの体育祭では部活対抗リレーと毎年ランダムに変わる競技の二つで、部活同士でも競い合うんだ」
「そういうことだ。ちなみに二つの競技で選手が重複して参加するのはナシ」
「よーっし!今年もテニス部が優勝だもんねー」

明るい声を上げる英二は去年の部活対抗リレーでトップバッターをつとめたこともあって気合い十分ってかんじだ。僕はランダム種目の玉入れの選手に選ばれたからトリプルカウンターでバスケ部の邪魔しまくったんだっけ。こういうランダム種目があるから陸上部が絶対勝つなんてセオリーもなく、毎年白熱するから楽しめる。まだ手塚との騎馬戦での決着もついていないしね。

「じゃあ乾、この前のスポーツテストの結果と選手の一覧を」
「はい。50メートル走の早い順に並べて上から取っていけばいいかとも思ったのだが、先生と話し合った結果こうなった」

ホワイトボードに紙を貼る乾の一挙一動を全員が無言で見つめる。たしかに今年のランダム種目が何かによってはレギュラー以外にも選手となるチャンスがあるからね。そうして貼られた紙を見て一番に声を上げたのは英二だった。

「ちょ!どういうことだよ意味わかんねー」
「ああ、英二は6.62秒とうちじゃ四番目に早い結果だったが、今年のランダム種目は二人三脚障害物競走。こちらに出した方が有利になると判断した」
「それはなんでもいいけど、隣にある名前だよ!なにこれまさかペアだとか言うんじゃないだろうな!」
「そのまさかだ」
「ふざけないでください乾先輩。なんでわたしがこんなくそ面倒くさい行事に参加するんですか」
「三井は男子テニス部だ。違うか?」
「おいおい二人とも。ここは部のためにひとつ主張を控えてやってはくれんか」
「「ぜったいやらない!」」

見事にハモりを効かせた英二とひなたちゃんがバチバチと火花を散らす。部活対抗リレーの選手に入っていた僕は、なんだか楽しいことになりそうだと、選手を決めたスミレちゃんに笑顔を向けて親指を立てたのだった。


(140610 執筆)
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