都大会まで残り二週間。さあ放課後も気合入れて練習してやるぜーってこの時期に、俺はなぜか一階の空き教室の前に立っている。ことの始まりは1−2に俺が越前を迎えに行ったときのことだった。

「おーい越前!」
「桃先輩」
「お、眼帯取れてんじゃん!部活いこうぜー」
「あー俺図書委員の当番っす」
「おいおい!せっかく来てやったのに!じゃあ行くぞ三井」
「いや、えっとわたしも掃除当番で」
「なんだよつまんねーな」
「嘘っスよそれ」
「あ?」
「…じゃなかった!ちょっとスミレに呼ばれてるので先に行ってください」

三井が不自然極まりない笑顔を向けて俺と別行動を取ろうとしてきたからさ、なにかあんのかと軽く様子見てたんだよ。そしたら職員室がある三階に向かうどころか階段を降りていく背中が見えたもんだからひょいと首根っこをつまんで「どこ行くんだよ」と声をかけて。最初は逃げようとジタバタしてた三井だったけど、俺が放さないのをみて堪忍したのか鋭い睨みが送られてきた。

「こうなったら共犯です」
「なんだ?」
「一緒について来てください」

そう言って連れて来られたのがこの空き教室の前だった、というわけだ。練習の開始まではまだ三十分以上あるからそこは別にいいけどよ、部活の準備しろよなおまえ。そこまで大事な用ってことか?

「つーかここあれだろ、英二先輩たちがよく溜まってるとこじゃん」
「え!そんな有名なんですか」
「二、三年は大体知ってんじゃねえのか?で、なにしに行くつもりなんだよ」
「もちろん、菊丸先輩の弱味を握りにいくんです」

は?と俺が思考を停止させるのと同時に、三井は扉の向こうへ出陣。中には、いちにーさん…五人の男が机や床に座っていて、談笑している様子だった。三井が入った瞬間に一番扉の近くにいた人がこちらに目をやる。

「あれー。キミあれじゃん、テニ部のマネージャー」
「お、英二の後輩。よ!」
「ちーす。お久しぶりっス」
「桃城先輩知り合い?」
「まあ一応。で、おまえ弱味って」
「ひなたチャンだっけ?遊びにきたの?告白?」

一人のイケメンが近付いてきて、三井に合わせて腰を落とす。この人はたしかバスケ部キャプテンの三年生だ。その隣にいるのがなんとかっつーバンドを組んでる人で、奥は野球部のエースピッチャー。どいつもこいつも青学でモテまくってるので有名な先輩たちで、うちのクラスの女子はこの人らを青学チャラ男ーズなんて呼んでたっけか。まあこの先輩も英二先輩も男前なのは認めるけど、ネーミングセンスはないとおもう。ださい。

「菊丸先輩と仲良いんですよね!なんか弱味とかないんですか!犯罪歴とか!」
「おまえ英二先輩をなんだとおもってんの」
「あーそういや英二と仲悪いんだっけ?英二のこと知りたいの?」
「うっす!」
「あとでひなたチャンのメアド教えてくれるんだったらいいぜー」

そうしてトントン拍子なかんじで話は進み、三井は椅子に腰掛けた。なんか流れで俺も。「汚いですねーこんなとこでいっつも溜まってんのか」と周りを見渡している辺り、こいつは図太い神経してるとつくづく思う。にしても英二先輩と三井が合わないのなんて最初からだったのに、なんで今更弱味なんだ?三井の方が英二先輩に弱味握られちまったとか?

「で、何から話す?俺も一応このあと部活あるからさ、」
「んー…なんかこう、恋愛遍歴とか、悪行の数々とか」
「英二の遍歴なんか数えられねーほどあるぜ。すぐ飽きるし面倒くさがるし。そのくせダントツでモテるからタチがわりーの」
「外ヅラだけはいいからなーあいつ」
「そうそう!試合中にファンサしたりな」

ファンサ…ファンサービスってジャニーズかよという突っ込みはおいといて、口々にカミングアウトされる英二先輩の過去話。休日の部室で途中までやったとかはさすがに俺もドン引いた。他にも付き合った最短記録二時間とか、色々話は出てきたのに隣の三井は不満そう。ほんとにおまえは英二先輩を極悪非道の殺人犯かなんかだと思ってるだろ。

「違うんですよなんか、こう、初恋の人にこっぴどく振られただとか」
「円満だったらしいけど」
「十六股かけてて修羅場ったとか!」
「英二な、浮気はしねーの。付き合ってる相手いるときは一応そういうことしない」
「煙草も酒もぜったいしないしなー」
「しかも家族のことめっちゃ大事にしてるし」
「先輩の良い人談なんかしらん!!」

ぷりぷり怒り始めた三井を見てかわいーだのなんだのチャラ男さんたちが茶化すもんだから、三井の機嫌は目に見えて悪くなっていく。このままだと部活中にイライラを八つ当たりされそうだと踏んだ俺は三井に声をかけた。

「気ぃ済んだろ?ジュース買ってやるからもう行こうぜ」
「まだです!弱点を聞くまで帰りません」
「アホ、部活はじまっちまうじゃん」
「チッチッチ。甘いですね桃城先輩。わたしがなんの準備もなく部活をサボるとお思いですか」

突然ドヤ顔で振り返る三井。いやもうなんでもいいんだけどよ、大会前の練習時や大会中に備品を結構消耗した関係で、今日は買い出しに行くよう乾先輩に言われていたらしい。それならちょっとくらいは誤魔化せそうだけど、さすがに三十分以上もここで時間潰すとバレるんじゃねーの?そう言ってやればようやく諦めたのか三井が立ち上がった。「買い出しの手伝いもお願いできますよね」とお願いのくせに断定口調なのはいつものことだ。

「部費でグリップ買ってもいーよな!」
「だめです。では、なにか弱点を思い出した際には連絡お待ちしてます」
「ハハ。了解りょーかい」
「思い出さなくてもメールすんね、ひなたチャン」
「皆さんこいつが邪魔したっす!ありがとうございました」
「打倒英二がんばってねー」

とまあそんなこんなで色々あったけど面白い話も聞けたし、これでようやく部活にいける!意気揚々に部屋を出たそのときだった。「たのしそうだな、桃」よく知った声が後ろから聞こえてきて、やっべーと顔が強張る。振り返ると、やっぱり。そこには赤茶色の髪とバンソーコがあった。

「な、英二先輩。なんでここに」
「五限ここでサボったときに携帯忘れたから取りにきたの。わるい?」
「え?あ、悪くないっす…」
「で、おまえらはなにしてんの。特に三井、ここ一週間ぐらいちょろちょろしやがって」
「おいどうすんだよ三井…ってコラおまえ!」

一瞬の隙を突いて三井が英二先輩の横をすり抜けたかと思うと「お先です!」やつは俺を置いて足早に駆けていく。ちょ、それはいくらなんでもひどすぎる!「てめー三井!」「ではチャリ置き場で」と買い出しは手伝わせようとしてくるあたりがさらにひどい。ハアと俺が溜め息つくのと同時に、英二先輩は教室の中の先輩たちに向き直った。

「なーに人のことぺらぺら喋ってんの」
「げ。英二」
「ごめんて。ひなたチャンにお願いされたら断れないっしょー?」
「顔はまちがいなく青学イチ。あのちょっとバカそうなとこもかわいかったよなー」
「……わいくねーよ」
「? 英二、」
「ちょっと携帯貸して」

あのバスケ部の人の胸ポケットから携帯を抜き取って英二先輩がポチポチなにかの操作をしたかと思うと、ポイと宙にその携帯を投げ捨てる。ちょいちょい英二先輩!!こんなとこでも暴君っぷりを発揮する先輩を横目に俺は投げられた携帯をキャッチ。画面には電話帳が開かれていた。

「あれはやめといた方がいーよ。生意気だしムカつくし、あとおまえら相手するにはウブすぎる」
「へ?」
「じゃ、俺部活いくから。桃は帰りマック全奢りな」
「…ういーす」

嵐のような男が去ったところで俺もテニスバッグを肩にかける。やだなあ俺今日いくら持ってたっけ。「あれは手出したらだめなやつだな…」後ろでは一つのアドレスを消された携帯を手にチャラ男さんたちがそう呟いていた。


(140609 執筆)
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