「たっだいまー」
「英二、丁度いい所に!」
「……なに(やな予感)」
「アイス食べたい」
「ふーん、で?」
「雨降ってるでしょ?アイス食べたいよろしく」
「は?絶対やだかんな!」
「あんたもう濡れちゃってるんだからこの際いいでしょ。ほら行った行った」
「俺大会のあとで疲れてんのにー」
「行けっつんてんだろ」

…という冒頭の会話のあと玄関からポイと追い出された俺は、雨の中しぶしぶコンビニへと向かう。ほんっと姉ちゃん人使い荒いんだもんなー。見てよこれ、さっきの足蹴された痕!実の弟に平気でプロレス技かけてくるんだよ信じらんねー。まあその日々の兄弟喧嘩のおかげ(?)で今のアクロバティックプレイがあるっていうのも事実なんだけど。

「324円になります」
「あい、どーも」

アイスを二つ買って、ついでにフラゲして発売してた週間少年漫画を立ち読みしてからコンビニを出てみても、まだまだ雨は止まない様子だった。雨宿りを決め込んだ俺は、自分用に買った新発売の『しゃりしゃりかき氷いちごオレ』を袋から取り出す。うんうめーこれは当たりだわ。
と、目に飛び込んできたのは小さな人影だ。こんな雨の日でもコンビニの外に座り込むやついたんだな、なんて少しだけそいつに目をやる。なにが格好いいと思ってるのか全然わかんないけどそういやあれって青学のセーラー?なーんか見覚えあるような……。

「(……三井?)」

絶対そうだ。視力には自信あるもん間違いない。だけど、かわむら寿司での打ち上げが終わったのは大分前のはずだ。おまけに夜九時を過ぎてるからってご丁寧に海堂が駅まで送っていってやるのを確かに見た。地元がこの辺だとか話すほど仲良くもないからな、何してんだろ。地面にしゃがみこんでヤツは一向に動く気配がない。

「(ま、いっか。じゃーねーん)」

もちろん俺は華麗なるスルーを決め込んだ。部活以外であいつと関わるなんて真っ平ごめんだもん退散。ポケットから携帯を取り出して、なるべく目を合わさなようにと俺は画面に視線を落とす。うわ、Twitterめっちゃ溜まってるじゃん桃のやつ「うえーい!補欠サイコー」ってバッカ笑わせんな。返信しようとして画面をタップ、とその瞬間に画面は切り替わり、携帯が震えた。げ、タイミングわりいな通話押しちまった。それに着信…三井ひなた?

「…」

数メートル先には耳にスマホを当てる張本人が見える。なにこのシチュエーションちょっと笑いそうなんだけど。電話を掛けた相手がこんな至近距離にいるとも知らず、あいつは何やら声を発している様子で。これは良いからかいネタになりそうだと踏んだ俺は三井の死角となる壁を曲がった。そうして一呼吸おき、にやけ顔を鎮めた後スマホに向かって声を発する。

「あーもしもし?」
『先輩。どうも』
「あ、間違い電話じゃねーんだ。なんか用?」
『用はないです。暇つぶしです』
「へ?」
『先輩が一番暇だろうと判断しました』

こいつ…誰が暇そうだ誰が。いや確かに忙しくはねーけど普段リア充で通ってる分、暇人扱いされるのはどうにも屈辱である。そしてここ重要なんだけどさ、暇つぶしに電話を掛けられるほど俺とお前は仲良くない。もう一度言う、俺とお前は仲良くない!

『怒ったんですか?分かり易いですね』
「切るぞ」
『えー』
「喧嘩ふっかける相手なら他にもいるだろ。手塚とか」
『普通に話しようと思って電話しただけですって』
「ふーん?」

電話掛かってくるのなんか初めてだしなんの目的かわかんねーけど、しょうがない付き合ってやるか。でも今度ムカつくこと言ってきたら問答無用で出ていって後ろからヘッドロックかましてやる。少々の不自然さを飲み込んで、俺はそのまま壁へと寄り掛かった。姉ちゃんのアイスが入ったビニール袋は傘の持ち手に掛けておくことにする。つーかあいつ雨当たってねーのかな。屋根はあるみたいだったけど…下を向いているせいでこちらから表情は伺えない。

『何してたんですか?』
「ねーちゃんに頼まれて買い物」
『先輩がパシリ!意外』
「うっせーな末っ子は仕方ないんだよ!…そっちは?なにしてんの」
『家でテレビ観てます』
「…ふーん」
『そういえば今日の試合で乾先輩が…』

近くに俺がいるとも知らず、三井はそのまま世間話を始めた。初戦のダブルスのこと(もちろん罰走と乾汁イッキ飲みの刑!桃とおチビのやつざまーみろ)とか、海堂の新技のこと(三井が興奮してうるせーのなんのって)とか。適当なところで話を切ろうと思ってたんだけど、三井はいつもよりよく喋るし鼻声だしよく分からん嘘つくしで違和感はどんどん大きくなっていく。それにさっきから何度も言うように、俺と三井は仲良く電話するような間柄じゃあ決してない。

『あ、そうそう。昼ご飯の前に、変なのに絡まれました』
「男?」
『はい。なんかいかにも!な当て馬というか雑魚っぽい選手で…』

雨の音が激しくなってきたせいで三井の声が聞き取りにくい。なんであいつがあそこに座り込んでんのかは相変わらず謎だし、正直飽きてきたし、そろそろ帰るかーなんてちらりと向こうに目をやる。俯く背中。…おい、あいつ

『で、後から聞くとその人柿ノ木中の部長だったらしくっ、くしゅん』

「バッカ おまえびしょ濡れじゃんか!」
「わ!!」

しゃがみこんでる三井の肩をぐいと後ろに引っ張り自分の傘の中へと入れる。反動で俺に寄り掛かる形になった三井の体は驚くほど冷たくて、頼り無さげな細い腕が濡れた制服に張りついていた。抱き寄せた左腕に力を込める。

「ちょ、せんぱ、なんでここ…」
「家にいるんじゃなかったの」
「っ、離して!」
「こんな濡れて、おまえ完全に馬鹿だろ」
「離してください!」
「あーわり」

傘の中で距離を取り、ずずっと鼻をすすった三井の顔を見て、俺は文字通り固まった。頬に残ってる跡は雨の雫じゃあない。

「もーなんだよ!なに泣いてんの!」
「泣、いてない」
「ふざけんなよー。んだよもー」

ファンクラブに囲まれても自転車パクられても、学校一の理不尽教師にターゲットにされても微動だにしなかった三井の瞳は真っ赤に充血していた。泣いてたのか?泣いた後?どうすりゃいいのか訳の分からない俺は「あー」とか「泣くなー」とか言ってただあたふたするだけだった。


(140604 執筆)
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