「もーもしろせーんぱーい。おーい」

文面では伝わらない、なんともゆるーい気の抜けた叫びが聞こえて振り返る。ちっこいアイツは俺が足を止めて戻ってくるのがさも当然だと言わんばかりにノロノロこちらに向かって歩いてきていた。いや、おまえが来いそして走れ。「もー先輩どこまでクールダウンしに行ってるんですか探すの大変でしたよ」棒読みでそんなことをぬけぬけと言ってくる三井からスポーツドリンクを受け取って、向かうのは中央コートである。行われるのはもちろん、地区大会決勝戦。けど柿ノ木中と当たるとばかり思ってたらな、相手校の名前を聞いたときは正直驚いた。

「ふどーみねぇ?変な名前の学校だな」
「まさかあっちも『青春学園』に名前のこと言われてるとは思わないでしょうね」
「で、乾先輩は何て?強いって?」
「第2シードの柿ノ木中を破ったんだ。一筋縄ではいかないだろう。らしいです」
「ふーん。いーなあ」
「ハッハッハ。どんまい桃城先輩!」

そう。さっきの試合で無様なダブルスをしちまった俺のオーダーは、ペナルティとして見事に補欠。こんなことならさっきの準決勝で補欠になっとくんだった、越前のヤロウいいとこ持っていきやがって。ちなみに精神的なペナルティだけじゃなく会場30周の罰走まで付けてくるあたり竜崎先生は鬼。クールダウンじゃなくてもはや今日の俺は陸上部だ。

「ひでーよな絶対!そりゃ英二先輩達みたいにはいかないけどよ、阿吽戦法ってのを取り入れたら案外上手くいってよー」
「はい見てました。おつかれさまでした」
「あと瞬時にシングルスへ切り替えた判断力っつーの?で、真ん中のラインにボールが来たときにすかさず、」
「見てたっつってんだろ、下手くそ」

いやもう、びっくりするほど無表情な三井を見て、俺は黙るしかなかった。後輩コワイ。でもまあその無表情に反して三井の顔は熱で火照っており、首筋にも結構な量の汗をかいている。ジメジメ暑い天気の中、携帯に全く出ない俺のこと探し回ってくれてたってことだよな。そう思えば不思議と生意気な言葉にも大人な対応が出来る。なんつーか、健気なとこあるじゃん。

「皆もう集まってんのか?」
「いえ、越前がまだ。一緒じゃないんですね」
「あーずっと一緒に走ってんのも気持ち悪いだろ」
「ホモのくせに気にしますね」
「ホモじゃねえ!」
「まあいいや。先輩も越前の行きそうなとこ考えてください」

あいにく試合の開始時刻は迫ってきているみたいだし、しゃあねえな、ここは桃ちゃん先輩がいっちょ力になってやろう。と言ってもアイツのことだ、千億パーセント寝てる。そんで昼寝するとしたら涼しくて、日が当たらなくて、あと静かな所だろう。近くに自動販売機があればなお完璧。そんな越前が好みそうな場所なんてそう多くはないはずだから…とそこまで考えたとき。「表彰式まで時間余っちゃったね」「男子の決勝でも見に行く?」進行方向にソプラノの声が響いた。

「でも手塚くんは出ないんじゃない?」
「あーね」
「わたしちょっと見ようかな。知り合いいるんだよね」
「え!そうなんですか部長?」

薄紫色のユニフォームの集団。その背中にはテニスの名門『山の手女子学園』の名前が刻まれている。そういや地区大会は男女とも会場は一緒なんだったな。通称山女と呼ばれるあの学校はとにかく強くて、今年も地区大会は1ゲームも落とすことなく優勝。準優勝の青学をも全く寄せ付けなかったらしい。その山女の部長らしき人がいるもんだから俺は自然と足を止めた。皆日に焼けていて、足なんか越前や不二先輩よりよっぽど太い。毎日テニスしてます!って感じだ。

「なんか青学の女子とはちげーな、さすが山女」
「……そっすね」
「ボカーン!バカーン!って打ち込んできそうな逞しさが…って三井?」

いやほんと一瞬だった。時間にしてものの三秒。そのほんの一瞬の間に、あいつは、三井は回れ右をしダッシュして行っちまったのである。いやあ噂には聞いてたけど脚力半端じゃねえな。もう姿見えねえもん、うちのレギュラーとタイム張り合えるんじゃねえかな。って呑気に感想抱いてる場合じゃなくて!越前も探さなきゃなんねーのにどこ消えたよあいつ!突然のダッシュに俺の思考は全くついていけない。

『まもなく、男子の部決勝戦を中央Bコートで始めます。選手は速やかにコートへ集合し…』
「じゃあちょっと見に行こっか!」
「部長の知り合いって彼氏ですか?」
「そんなんじゃないよ、全然」

まさか、トイレに行きたいのを我慢して俺らを探してたせいでピークが来たのか?わからん、あいつのことは何もわからん。三井のことは気になる、けど今はとりあえず越前を探し出して決勝だ。なんとなく腑に落ちない気持ちのまま、俺は自動販売機が沢山並ぶ休憩エリアの方へと足を向けたのだった。





いつもならセットカウント3ー0のストレートであっさり終わらせていた地区大会が、ここまで荒れるなんて誰も予想していなかったと思う。
ダブルス2はパワー自慢のタカさんが腕を怪我して棄権負け、ダブルス1はまあ勿論当たり前に勝ったけどそれでも2ゲーム奪われるほど食らいつかれた。海堂のヤロウは追い込まれたことで新技取得しやがるし、何といっても越前が一年のくせ良いところ全部持っていきやがってよ!!とまあ、まとまりのない話になったけど、つまりは。

「それじゃあ、青学の地区大会優勝に〜」
「「「乾杯ー!」」」

いろいろとアクシデントはあったものの、終わってみればあっけなかった地区大会。現在はかわむら寿司で恒例の打ち上げがされているところだ。俺としては試合がなかったせいで不完全燃焼じゃあるけど、青学が優勝したのは素直にうれしいし、やっぱそうじゃなくっちゃ!って感じ。いやあ寿司うめえ。

「つーか越前、目ん玉大丈夫かー?」
「目ん玉言わないでよ、桃センパイ」
「けどちゃんとマネージャー出来んだなおまえ!手際いいしよ」
「当然です」

決勝のシングルス2の途中、ラケットの破片で越前がまぶたに怪我を負ったとき真っ先に出て行ったのが三井だった。親が医者だっていう大石先輩との連携プレーで迅速に止血するふたりの呼吸はぴったり。普段そんな絡んでなくてもこういうとき一つになれるのが青学なんだよな!って誰だ今クサイとか思ったやつ。

「でもおまえ、俺に謝ることあんだろ」
「?」
「決勝の前だよ!勝手にいなくなんな!心配するだろ」
「…」
「おい」
「? なんか言いました?」

…あれ。おかしいよな、絶対おかしいよな。狙って言ったわけじゃないけど少女漫画じゃ確実に「キュン!」ってなる瞬間じゃねーの?ってかいまのタイミングで聞いてないってどういうこと。俺たち会話の真っ最中だったよななんで寿司に夢中。いや、こいつに格好つけた俺がバカだった。

「ひなたちゃんさ、英二が顔面狙いの球避けたとき舌打ちしてたでしょ」
「そうでしたっけ。あははは」
「…こいつ」
「全般的に応援のセンスないよね」
「文句あります?」
「だってがんばれーとか全く言わないんだもん。『走れー!』とか『ぼけっとすんな!』とか完全にただの野次」
「試合中がんばってない人なんかいないんだから、がんばれなんて余計なお世話でしょ」
「屁理屈言わない」
「痛い!痛い痛い痛いですってー」

三井は知らないだろう。ダブルス2の間タカさんばっかり応援するもんだから不二先輩の目がまじでヤクザだったことなんて。開いた目を思い出してゾッとしていたら、不二先輩が視線を合わせてくる。

「桃、これ美味しいから食べてみなよ」
「いやこれ明らかに色がわさび」
「食べるよね?」
「…うっす」

あれ、地区大会まじで俺いいとこなくないか。ここぞと言わんばかりに三井は不二先輩から一番遠いテーブルに移動してるしよ。観念してわさび寿司を手に取った俺はいつも無表情を決め込む三井の様子の違いになんて気付く筈もない。


(140602 執筆)
もうやめて!桃とのフラグはもうボキボキよ!
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