パッとみた感じ、近くに女の子がいそうな気配はしなかった。にしてもこんな暗い中でも人を特定できるなんてやっぱり英二の視力ってすごいんだな、今度褒めてあげよう。いや、それよりこんな暗い中一人で大石のこと待ってた彼女の方がすごいか。ほんと前回と同じこと言っちゃうけど、あんなクワガタのどこがいいのやら、僕には到底分からない。

「そんな遠くまで行ってないと思うんだけどなー」

今日の定食屋さんは学校から五分もかからない場所に位置してるし、大石の方がひなたちゃんより急いで走っていたとしても後ろから名前を呼ばれればそこまで合流するのに時間はかからないはずだ。そう考えながら曲がり角を曲がると、ほらビンゴ。ひなたちゃんと大石発見ーなんて歩みを進める。と、

「しゅうちゃん!」

普段の関係からは考えられないような呼び方をするひなたちゃんに、僕は思わず足を止めた。何となく出て行ってはいけないような雰囲気を感じ取る。それにどう見ても、楽しいお話をしようとしているところとは思えない。

「学校では『大石先輩』だろ」
「ごめん。…なさい」
「で、何か用かい?」
「…わたし、なんかした?なんで避けるの」

僕の位置からはひなたちゃんの後ろ姿しか見えないため、どんな表情をしてるのかは分からなかった。それは見えないからだし、同時にそんな顔を見たことがないから想像すらできなかった。三日月の光に照らされて、大石の顔だけが青白く目に映る。

「何言ってんの、避けてないよ」
「だってこの前。秀ちゃんママにちらし寿司誘われて行ったとき、秀ちゃんいなかった」
「たまたまロードワークに行ってたんだ」
「…秀ちゃんが鍵当番だっていうから朝練早く行ってみても、見計らったみたいにその日だけ部長が鍵開けにきたり」
「おいおい見計らったって人聞きが悪い」
「テニス部でも他人行儀な喋り方に加えて、必要最低限しか関わろうとしないじゃん」
「…」
「…ねえ」
「幼馴染って、中学生になってもそんなベタベタしなきゃなんないかな」
「、」

出るに出ていけない状況になってしまった今、僕はただ二人から見えないように距離を取っていた。盗み聞きなんて趣味はないけど聞こえてくるのは仕方ない。にしても驚いた、あの二人が幼馴染だなんて乾ですら全く予想出来なかったと思うよ。だってひなたちゃんも言ってたみたいに、この二人ほとんど関わらないんだから。英二との仲悪い、ならまだしも喋らないし、大石が礼儀について怒るわけでもひなたちゃんが暴言吐くわけでもなかった。今考えてみるとおかしいことだらけじゃないか。

「わたしは小学生のときみたいに戻りたいよ…昔みたいに、」
「そんなの無理だ」
「秀ちゃ」
「あの頃とは変わったんだよ。俺も、おまえも、何もかも」
「…」
「…彼女が待ってる。俺行くから」
「待っ」
「じゃあな”三井”。もう明日からは、無理して早起きすんなよ」

少し口調を優しくして、ひなたちゃんの頭をぽんぽんと叩いた大石は一歩、また一歩と遠くなっていった。大石が見えなくなるまでずっと後ろ姿を見送る背中はとても小さい。彼が見えなくなった頃を見計らって、僕は頼りなさげな背中に近づく。

「ひなたちゃん」
「! 不二先輩」
「そんなとこに突っ立ってどうしたの。忘れ物渡せた?」
「あ…追いつけなかったんで」
「そう」
「不二先輩こそどうしたんですか」
「きみを迎えにきたの、分かんない?」
「別にこれくらいの距離なんとも」
「女の子の夜道をなめてかかっちゃ駄目。帰るよ」

一応見られてほしくなさそうな感じだったから、たった今来ましたけど的な雰囲気を漂わせてやると、ひなたちゃんも何事もなかったみたいな顔で僕を迎えた。ひなたちゃんは基本人を小馬鹿にしたような顔ばかりしてて、あんまり笑っている印象はない。だからこそ今の彼女は驚くほど引きつった笑顔で、なんて愛想笑いの下手な子なんだろうって思うと胸がちくんとした。

「これ、明日にでも大石先輩に渡しておいてもらえますか」
「いいけど せっかく追いかけたのに自分で渡さないの?」
「お財布だし、わたしが持ってない方がいいかなって」
「確かに信用は僕の方があるよね」
「自分で言わない」

なんて、見てたから分かるけどね。気まずいだろうし、ああもあからさまに拒絶されているところにまだ食らいつけるほど溝は浅くないってことだろう。ひなたちゃんと大石か。マネージャーになろうと思ったのも彼が関係してるんだろうか。面倒見が良くて人を傷つけるなんて知らなそうなあの男が、なぜあそこまで一方的だったのか。
ひなたちゃんの隠された秘密に触れて、もっと彼女の事が知りたいと感じた。最初はそう、越前が二年の荒井くんに対しボロラケットで試合をしていたのを見た、あのときと同じ感覚だ。楽しくなりそう、という気持ちになった一年生。だけど今は、興味の抱き方が少し違ってきていることが自分でも分かる。どうすればこの子の中に深く入り込んでやれるかなんて真面目に考えたりなんかしてさ。

「ねえ、ひなたちゃん」
「はい」
「先週言ってた自転車だけど、必要なら明日持ってこようか?」
「え、そんな親切な、何か企んでますか怖い」
「……」
「いだい!痛い先輩!」

彼女の頭に本日何度目かになるチョップをお見舞いしたところでもう一度同じ質問をすると、一瞬考える素振りを見せたあと「やっぱりいいです」の返事が返ってきた。遠慮しなくていいと言っても、借り物の自転車に何かあったら困るだの案外バスも悪くないだの御託を並べて中々頷かない。

「それに不二先輩に貸し作ったら何十倍にもして返さなきゃいけなくなりそうです」
「…っていうか、本当に鍵の番号が分からなくなったの?」
「…そうですよ」
「なら鍵取り壊してあげるよ」
「い、いつか思い出すんで大丈夫です!ほんとに大丈夫!」

そう言い捨てるが否や、ひなたちゃんは元来た道を早足で戻り始めた。愛想笑いだけじゃなく嘘を吐くのも下手みたいだ。自転車を盗られたことなんてすぐ知られるだろうに、それはまだ僕が彼女にとって頼る相手になれていないということ。もう少しじわじわ距離を縮めていかなきゃな、そこまで考えたところで頭一個分下と視線が交わる。あ、とひなたちゃんが口を開いた。

「そういえば海堂先輩に渡しておきましたよ、ノート」
「ありがとう」
「不二先輩のどこがいいのか聞くと、テニスって言われました。まだまだ片思いの道のりは長そうですね」
「ふふ 僕のためにわざわざリサーチしてくるなんて偉いじゃない」
「海堂先輩ってホモなんですか?」
「さあ?けど桃と越前は出来てそうだよね」
「まじか」

僕にとって人生を楽しくするのは、テニスと食事と、ほんのちょっとの謎。
だけど今はまだいいかな。ひなたちゃんは生意気そうな顔しながら、こうやって笑ってる方が似合ってるよねやっぱり。


(140323 執筆)
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