「皆静かに。部長の俺が乾杯の音頭をとろう。今週末の地区大会では己の力を十分にはっ…」
「ではわたしという頼れる素晴らしいマネージャー獲得を祝って!」
「素晴らしいマネージャー?どこ?」
「うるさい菊丸先輩」
「とにかく三井のマネージャー就任を祝って」
「「「乾杯!!」」」

結局かわむら寿司は地区大会が終わった後に打ち上げで行こうという話になって(もちろん皆優勝するのは前提ね)僕たちは学校からそう遠くない定食屋さんに来ていた。寿司じゃないなら帰るなんて強がってた英二も、皆が楽しい中自分だけ一人で帰るのが嫌だったみたいで席に座ってる。乾杯したジョッキを誰より早く空にしたのは桃だった。もちろん中身は学生の味方、水である。

「おら三井!先輩のグラスが空いたら注がないといけねーよな、いけねーよ」
「嫌です。誰がそんなこと決めたんですか」
「誰がとかじゃねーけどよ、女子力って言葉はおまえでも聞いたことあんだろ?」
「なぜわたしが桃城先輩ごときに女を見せなきゃいけないんですか身の毛がよだちます」
「…」
「ほら越前入れてあげなって、後輩でしょ」
「アンタに言われたくないんだけど」

レギュラーや乾たちと全員揃ってこうしてご飯を食べるのはそんなにあることじゃないっていうのに、ひなたちゃんは相変わらず絶好調だった。見てる分には面白いから全然いいよもっとやれ。同じ学年ということもあってか、越前に対してはまた違った掛け合いが見れるのも面白い。これは隣の席を強引にゲットして正解だったな、僕が座ったときのあのひなたちゃんのうざそうな顔もたまらなかったし…なんて思い返していると、視線を感じたのか彼女がこちらを向いた。

「なんですか」
「いや、本当のところなんでうちのマネージャーになろうと思ったのかなって」
「いきなりですね」
「たしかに、こいつ男目当てで入ったとかって散々言われてますもんね」
「手塚にはテニスが好きだからだと当然のように言い放ったと聞いたよ」
「どこから湧いてきたんですか乾先輩きもちわる」
「…。しかしそれではマネージャーをしたい理由にはなっていないな。それならなぜテニスを続けるという選択肢を選ばなかったのか聞かせてもらえるかい」
「ハア また詮索ですか」
「きみには興味があるからね」

パッと思い浮かんだ話題だったけど、意外と皆食いつく、食いつく。特に乾がひなたちゃんに詰め寄っていた 。眼鏡を反射させた男がノート片手に女の子に迫るのは見苦しかったから、軽く眼力を飛ばすと乾は肩をビクつかせて一歩引く。彼女はハア、と面倒くさそうに息を吐いた。

「…別に先輩の期待に応えられるような面白い理由なんてありませんよ」

そう答えると、この話は終わりだとでも言うように店員さんにごはんのお代わりを頼む。三杯目だった。見事に振られた乾はというと、ターゲットを変更したのか手塚の後ろへそそくさと去っていく。というか、今日は一応歓迎会って名目だったはずなのに、うちの部員みんなフリーダムなんだよね。越前、桃、海堂あたりはがっつり食い気に走ってて、乾と手塚は以下省略。大人数で店内を占めてることへの申し訳なさからか大石とタカさんはお店の手伝いしてるし、英二なんてケータイ学校に忘れたとかでそもそもこの場にいない。そうだ誰も聞いてない、今ならさっきの質問に答えてくれるんじゃないかって、僕の中に小さな探究心が芽生えた。

「もうテニスしないの?」
「不二先輩、今日は質問攻めですね」
「そういう気分なんだ」
「わたしなんかの何がそんなに知りたいのやら」
「いいじゃん減るものじゃないんだし」
「まあそうですけど」
「で」

視線を合わせると、しぶしぶといった感じでひなたちゃんは口を開く。

「だってプレイヤーだと日焼けして夏は真っ黒になっちゃうし、足も太くなっちゃうじゃないですか」
「…そんな理由?」
「人の理由にどうこう言う権利が不二先輩にあるんですか」
「だってテニスってそんな簡単に辞められるものじゃないでしょ」
「、」
「ハマったら抜け出せない、深いスポーツだって僕は思ってるよ」

正直がっかりした。この子は他の子とは違うんだ、僕たちと同じくらいテニスに熱い想いを持ってサポートを志願してくれたんだ、ってあの日からそう思っていたから。けど違った。結局見た目の理由で、女々しい理由で捨てられるくらいしかテニスを好きじゃなかったのかと思うと、騙されたという気持ちで胸がいっぱいになる。まあ女の子なんだし女々しいのを咎める理由はないんだけど。

「わたしは所詮、不二先輩たちほど本気で打ち込めなかったってことですよ」

そう言った彼女の瞳はとてもさみしそうで、切なそうで。どういう意味か聞き返そうとした瞬間、バーンなんて効果音が付きそうな勢いで「おおいしー!」英二が店内に登場した。

「どうしたんだよ英二」
「なんだっけ、あの大石の彼女の…なんとかちゃん!まだ門の前でおまえのこと待ってた!」
「え、嘘だろ?だって遅くなるから今日は先に帰ってくれってメール…。あ」
「どうしたんすか?」
「送信エラーになって…。ごめん悪いけど行ってくる」
「ひゅーひゅーいってらっしゃーい」

皆からの冷やかしを受けながらもダッシュで帰る準備を進める大石を見てたらなんだか邪魔してやり…微笑ましい気分になるよね。大石の初彼女である何とかちゃんはタカさんのクラスメイトらしくって、教室に行ったとき何回か見たことがある。感想はまあありきたりだけど大石にはもったいないなって感じ。だってたまごに触覚が生えた男だよ?タカさんによく頭部見て「お腹減ったなあ」なんて言われてる男だよ?なんて心の中でリア充をディスっていると、その間に大石はもう彼女の元に向かったみたいだった。

「あーあ。なんで大石に彼女がいて俺にはいねーんだよう」
「性格わるいからじゃないっすか…いでででででで」
「あれ これ大石先輩の財布じゃん」
「ならわたし届けてきますね!」

いつもなら「めんどいです」なんて当たり前に言ってのけそうな子なのに、一番に立ち上がったのはひなたちゃん。皆が呼び止める間もなくダッシュで店内を出ていく。相変わらず足の速いことで。

「あいつも後輩っぽいことするんすねー」
「一応夜だし、僕追いかけとくよ」
「え?ならテキトーに越前にでも行かせりゃ」
「いいよいいよ。多分すぐだから」

本当になんとなくだった。適当に脱いでた学ランを羽織って店の外に出ると、空には綺麗な三日月が映っている。風は冷たいようなぬるいようなあいまいな温度で、夏にはまだ遠いと囁かれているような気がした。


(140326 執筆)
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