「桃、ストレッチなら手伝おうか?」
「タカさん!どうもっす」

練習後、部室で足をマッサージしていると背後から声をかけられて。振り返ると人の良さそうな眉毛を下げたタカさんがにこにこと立っていた。一応タカさんがラケットを持っていないノーマルバージョンであることを確認してからお言葉に甘えることにする。だってバーニング状態だったら痛いのなんのって。力加減とかありえない。

「ちゃんと疲れ取っとかないと、また捻挫したら困るからね」
「大げさっすよーもう完治したし」
「だめだめ。こういうのは癖になるんだってひなたちゃんも言ってたよ?」
「え、なんでそこで三井が出てくるんすか」
「あー 昔たまに一緒にテニスしたからね」

たしかアイツが部員の前で挨拶かました日、実は少し知り合いなんだってタカさん言ってたっけ。三井は基本うちのレギュラーには厳しい扱いなんだけど、タカさんに対してはめちゃくちゃ懐いている。あとなんでかしらねーけどマムシ野郎にも引っ付いてる。

「昔してたって、ソフトテニスを?」
「いで!いででで痛い痛いっす」
「遊びでだよ。小学校のときは空手やってたからその息抜きで。言ってなかったっけ?」
「痛い!えいじせんぱ!」
「えーもうちょいがんばれよ桃」

足を伸ばしてストレッチしてたところを背中から思いっきり体重載せられてしんどい。けど英二先輩のイライラ病が放課後には落ち着いてたのには驚いたぜ、ほんと。むしろテンション高いくらいだもんな何かあったのかな。

「タカさんがソフトテニスって意外」
「ボール割っちゃいそうっすね」
「ソフトテニスってなんかおいしそうな響きだよな」
「そうっすか」
「ソースかあ。チョコレートってかんじ」
「…ああ じゃあおれはストロベリーで」
「は?なに言ってんの桃。なータカさんこの前数学の小テストがさー」

この人は最高に人の話を聞く才能がない。しかも興味なくなったらこれだもんな、自分勝手とかのベクトルをいとも簡単に超えちまってる。な、慣れてる。慣れてるぞ俺は。いちいちこの先輩のこと相手にしてちゃいけねーな、いけねーよ。大体のクールダウンを終えた俺は汗をたんまりかいたユニフォームを脱ぎ捨てた。と、

「おっつかれさまでーす」
「三井?!」
「あ、手塚部長。自転車くださいありがとうございます」
「早い、展開早い。あと着替え中」
「わたしのことはどうぞお気になさらず」
「あ…そうですか」

どーんなんて効果音が付きそうなくらいに開け放たれた先にはセーラー姿の三井がいた。「男子の部室に入る時はノックくらいしなよ」という不二先輩を三井は「男女差別です」の一言で片付ける。なんかちがう。最初はヤツの勢いに圧倒されていた俺たちだったが、椅子に腰を掛け居座る気マンマンの三井を見たらなんかどうでもよくなってきて、各々着替えを再開した。アイツの高慢さはもはや才能だな、なんかどこかでみたことがあるような種類の。

「というか、俺は自転車通学ではない」
「えっつかえない」
「コラ」
「使えないですね」
「敬語にしろという意味ではない」

部長は疲れた顔をした。駄目っすよ、部長が折れたら皆諦めちまうじゃねえか。「うちの使ってない自転車あげようか?」会話に乗り出してきたのは、出た不二先輩。何でも三井がお気に入りみたいで、そのことは俺的青学七不思議の一つでもある。

「くれるんですか!さすが不二先輩、一番テニスが上手い!」
「なにその褒め下手」
「越前うっさい」
「じゃあひなたちゃん今日うちに来なよ。弟が使ってない自転車があるんだ」
「え…不二先輩の、家?」
「親切で言ってるのになんで嫌な顔されるのかな」
「痛!いたいっす!!」

先輩は三井の手の甲をつねりながら涼しげに笑っていた。うわあ地味に痛そう。そんでもって部長も、普段なら「部員同士で揉め事か?」なんて威厳たっぷりに斬り込んでくるくせに、不二先輩が関わることについては何か言っているのを見たことがない。独裁政権を樹立する青学の天才に震えた。いやほんとアイツ、よくあんな態度取れるよな。

「不二先輩の家は、得体が知れないというかまだわたしの経験値では乗り込んでもボコボコにされるというか…」
「何言ってるの。ついでに晩御飯も食べてく?」
「いえ結構です。本当に結構です」
「フフ 二回も言わなくていいのに」
「というかひなたちゃん、自分の自転車どうしたの?」

タカさんが優しく尋ねる。しばらく目を泳がせたり手をグーパーさせたり、不審な行動が目立った後輩だったが、皆の視線に耐えかねたのか、ボソリと何かを呟いた。いや聞こえねーしと突っ込むと「鍵の番号忘れて開かなくなっちゃった」と来たもんだから、俺と英二先輩は瞬間的に爆笑。地味に越前辺りもうしろでブッと噴き出す。

「ちがう!弁解があります!」
「ダサすぎんだろおまえ」
「昨日買ったばっかだったんだって!四桁覚えたつもりで!9523だったはずなのに」
「救いようのないアホ、と」
「今なんてメモったんですか乾先輩」

ひとしきり笑って、不機嫌になった三井が口を開かなくなった頃、俺はようやくヤツに声を掛けた。全く、しょうがねえ後輩持ったもんだ。

「帰んぞ三井。方角どっちだ」





校門で待たせてた三井をうしろから呼ぶと、振り返った白い肌が夕日に映えてそれは映画のワンシーンみたいだった。この距離なら問題ねえんだよ、顔だけは無駄に良いからな、こいつ。

「待ちくたびれました」
「おまえそれが送ってもらう後輩の台詞かよ!」
「アイスたべたい」
「ざんねん、俺はマックな気分だ!」
「いちいち語尾を強めないでくださいうっとおしい」

ほんとうにうっとおしそうな顔で見られて俺は少しばかり傷付いた。俺なんて不二先輩の不機嫌そうな視線をひしひし背中に受けながら部室飛び出してきたっていうのに。だけどこれが三井って人間なんだ、手塚部長を見習えがんばれ俺。俺の自転車には荷台が付いていないため後ろで立つように言うと、テニスバッグを担ぐと意気揚々に言われた。や、無理だと思うそんな細い体じゃ。

「だって乗りにくいです」
「しがみついとけって」
「前みえない」
「ハハ ちびだなあ」
「うるさいツンツク」

わざと蛇行運転してやると、うしろからギャーギャーと女らしからぬ声が上がる。俺らのうるさいやり取りは下校中の生徒の視線を集めた。「桃くんのうしろの子、だれ?」「顔みえなーい」別に騒がれようがなんでもいいけど、同じ後輩とは言え越前を乗せるのとは訳がちがう。自転車が起こす風に乗って、ふんわりいい匂いが漂ってきて俺は少しドギマギした。

「先輩、家こっちなんですか」
「おうおう。送ってやんのもついでだからな、惚れんなよ」
「ハンッ うぬぼれんなよ」
「おい。色々つっこみてーがとりあえず敬語つかえな」
「うぬぼれるな桃城」
「敬語とかのレベルじゃねえなオイ」

無表情でそうですかと返事をするコイツにはもう何を言っても無駄だと思って俺は無言でペダルを漕いだ。ほんと、部長とか乾先輩ってすげえよな俺も暴言に対する返事のレパートリー増やしたい。ちなみに英二先輩は暴言で返す人だから参考になんねえ。子供だからな。そんなことを考えているとベースの効いた音楽が大音量で鳴り響いた。おお、俺このバンド好き。着信音とかあるんだな。

「出ていーぞ」
「ありがとうございます」
「おう」

一、二分くらい、後ろで会話がされる。別に盗み聞きするつもりはなかったけど、「お酢が…」とか「海苔が…」とか聞こえてきて、おもわずお腹が鳴った。正直すぎんぞ!おれの腹。

「わかったーじゃあまたね」
「おまえ着信音センスあんじゃん!」
「え、もしかしてファンですか」
「おう。四月のツアー行ったぜ」
「うわ、アツ!いいないいなー」
「ファンのやつ学校で初めて会ったわ俺」
「あ。そういや幼なじみの家で夜ご飯たべることになったんで」
「ああ そこまで送ったらいい?」
「や、近くのスーパーで降ろしてください」

了解と返事をして、再びペダルを漕ぎ始める。おそらく夜ご飯とはちらし寿司とみた。いいなあ、うちの夕飯はなんだろうなあ。土手が見える橋を越えると長い長い下り坂に入った。頭にはもちろんあの有名な二人組の曲のフレーズ。

「この坂、登校するとき地味にしんどいですよね」
「ハハ!わかるわかる」
「汗かきます」
「そういやおまえこれから登校どうすんだよ」
「多分バス使います、早起きめんどくさい」
「今日みたく遅刻すんなよー?」

そんなこんなで話していると「ここでいいです」うしろから背中を叩かれて俺は自転車を止めた。よくテレビなんかでも取り上げられる安売りスーパーの前である。たまねぎやらキャベツやらがきれいに並んですまし顔しているのを見ていたら思わずお腹が鳴った。いやいやふざけんなよ俺、こいつらは食材だ。加工前のもん見て腹減るって大丈夫かよ。カレーのルー本日六十円の文字を見て腹が減ってきたんならまだしろ。ももしろ。カレーたべたい。夜ご飯なんだろう。

「それではお気を付けて」
「お前もな。じゃ!」

軽く挨拶して、自転車を方向転換させるとなにか殺気のようなものを感じた。振り返ると何かが飛んできていてあわててキャッチする。なんだこれ、飴?三井の方をみると残念そうな、というかつまんなさそうな顔でこちらをみていた。

「チッ それあげますお礼です」
「いま舌打ちしたよなオイ。当てる気満々だったろおまえ」
「さっさと帰ってくださいうるさいです」

音楽で距離が縮まったと思ったのも束の間、こちらを振り返りもせず建物の中へ入っていく三井と飛んできた飴を俺は交互に見る。素直じゃねえだけなんだかただの嫌がらせかは判断できなかった。ちなみに飴はジンギスカン味だった。まじいらねえ。そして先ほどの道はゆるやかな上り坂に変わる。あー俺ってイイ先輩?


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