「ほんと、ふざけんなっつー話ですよ!!」
「まあまあ落ち着いて」
「これが落ち着いてられますかコノヤロー!」

バン!勢いよくテーブルに手を置いたことでティーカップの中身が大きく波打つ。ゆらゆら踊る水面には、むっと口を尖らせた少女の顔が映り込んでいた。可愛い顔が台無しですよと嘯いてみても彼女の表情は変わらないまま。むしろ「ちゃんと聞いてるんですか!」と余計に怒らせてしまった。
…あ、ご紹介が遅れまして。今日は青学園芸部で部長なんてものをさせていただいてる、僕の語りによるお話です。場所はもちろん園芸部の使用するガーデンスペースの一角。そしてひなたちゃんは朝からずっとこの調子で荒れている。

「だって、おニューの自転車だったんだよ!値段は13800円」
「細かいですね」
「駅前の可愛いげな自転車屋さんで見つけてさ、もう一目惚れ!それを…」
「たしかに行き過ぎてはいますね」

話は金曜日、つまり三日前に遡る。テニス部の活動が終わり帰宅しようと自転車置き場に向かったひなたちゃん。その眼前に飛び込んできたのは、サドルだけが綺麗に抜き取られた無残な愛車の姿だった。そんな自転車で帰宅出来るはずもなく、ひなたちゃんはとりあえず部活の先輩の自転車に乗せてもらい帰宅。土日は校外で練習があり、そして今日月曜日、朝練に間に合うちょうどいい時間帯のバスがなかったためしぶしぶ始発のバスで登校してみると。

「このサドルだけぽつんと置いてあったんですよね」
「ほんとタチ悪いわ。自転車は困る、まじ困る」
「こういうときって上履きとか体操服から嫌がらせされるんだと思ってました」
「わたしも思ってました」

姿を消した自転車を思い、ひなたちゃんは大きな溜め息をついた。中一の割に整った顔立ちと、今まで誰もなれなかったテニス部のマネージャーという立ち位置。それだけでも妬みの対象となるには充分なのに、おそらく乗せて帰ってもらったのが桃城くんだというのも反感を買う原因になったのだろう。そういうわけで水やりをしていた僕が見つけたのは、サドル片手にうろうろ校内を彷徨うひなたちゃんの姿だったというわけだ。ちょっと不審だったものだから声を掛けるのを一瞬迷ったなんていうのはもちろんここだけの話である。

「文句があるなら直接言ってこいっつーんだ」
「心当たりのある人物でもいるんですか?」
「なんかテニス部のファンの女子だよ。三年。先週ちょっと言い負かしてやったらこれだもんなあのババア」
「それは僕もジジイということで良かったですか?」
「ちがうよー屋敷さんは仏。オアシス」

そう言ったひなたちゃんは手に持っていたカップを置き、にっこりと笑みを向けた。中には特製のカモミールティー、心身をリラックスさせる効果がある。近くの教室に常備してあるクッキーのセットを一緒に出してやると今までの険しい表情はみるみる内に幸せそうなものへと変わっていった。ほんと面白くて見ていて飽きないなあ。「なにか付いてます?わたしの顔」ちょっとふくれっ面で聞いてきたひなたちゃんに思わず笑みが零れた。

「ええ。目と眉毛と口が」
「そうですか。って足りてないじゃん鼻!」
「ああ失礼、見えてませんでした」
「…わざとだ。そりゃ屋敷さんのその高い鼻にはかなわないけどさー」

プンプン怒りながらもクッキーを食べる手を止めない彼女の姿を見ていると四月に入部したときのことが随分と昔のように思えてくる。それでもって今度はテニス部のマネージャーになるだなんて。聞いたときはなにを血迷ったのかと思ったものだけれど、一生懸命やっているようで安心だ。園芸部は実質僕一人になってしまったわけだけれど、幽霊部員が他にいるおかげで廃部にはならないし、ひなたちゃんがこうして遊びに来てくれるのも楽しみの一つ。

「そういえばね、海堂先輩まじでいいひと」
「怖そうな見た目なのに意外ですね」
「菊丸先輩がむかつく」
「ああ、ペチャパイ事件の人ですか」
「あと不二先輩っていうテニス部の裏番長に目つけられた」
「裏番長、ですか?」
「ぜったいそう。眼力で人殺せるよあのひと」

ひなたちゃんが身振り手振りを使って何とか伝えようとするのも見ていて面白い。眼力で人が死ぬわけがないじゃない、なんて口を挟むと不機嫌になるだろうから聞き役に徹するのはもうお手の物だ。

「それは怖いですね」
「ファンの人とか騙されてるよあれ」
「…というか、その不二先輩に言えば嫌がらせの件も万事解決なのでは?」
「えっ!駄目だよそんなの。そんな労力割くなら練習してくれた方がいいし」
「真面目だね」
「そこまで困ってるわけでもないしさ。それに愚痴なら屋敷さんが聞いてくれるでしょ?」

普段とんがっているくせに、こうやってたまに可愛いこと言うんだから狡い子。そんな風に甘えられたら「勿論ですよ」と返す以外にないじゃないか。テニス部員にちょっとした優越感を感じながら時計に目をやる。6時30分を過ぎたところだった。

「ひなたちゃん、時間大丈夫ですか?」
「そうだった、大石先輩もう来てるかな」
「? 目当ての方ですか」
「いやいやまさか!鍵当番だからね、毎朝一番に部室開けに来てくれてるみたいで」
「成る程。では行ってひなたちゃんも手伝わないとですね」
「うん。あー眠たいなあ」

そう言いながら自身の使ったティーカップなどを近くの水道まで持っていくひなたちゃん。毎回いいよと言っているのに律儀に片付けを手伝ってくれる辺り、口は悪くても常識がないわけではないようだ。まあ彼女は完全にお喋りとお菓子目的だから、花に水やりとかはしてもらったことないのだけど。

「屋敷さんもどっか行くの?」
「はい。水やりも終わりましたしひなたちゃんもいなくなるので図書室にでも行こうかと」
「あ、さみしいんだ屋敷さん!わたしも鬼たちにこき使われるより屋敷さんとお茶してたい」
「コラ。鬼とはなんですか失礼ですよ」
「屋敷さんわたしのマネージャーになる気とかない?」
「ないです」

マネージャーをまたマネジメントする人物がいるなんて、非効率的ですからねと告げるとひなたちゃんはあからさまに肩を落として自分の荷物をまとめはじめた。なんだか自分が悪いような気になってしまったけれど、甘やかし過ぎてもいけない。もちろんマネージャーになる気もないし。

「いってきまーす」
「朝練がんばってきてくださいね」
「がんばるのは部員だよ屋敷さん。よっし洗濯物まわすぞーー」

ジャージが入った手提げ袋をブンブンと振り回しながらひなたちゃんは颯爽と去っていった。騒がしいところもあるけれど、また話に来たときは何も言わず美味しい紅茶を淹れてあげましょうかね。彼女はちょっとお馬鹿な、僕の可愛い後輩だから。


(140320 執筆)
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -