鈍い痛みが走ったのは、左手と額。額に不愉快なあたたかさが流れて、拭うと案の定赤いものが垂れていた。

「え、英二くん?!」
「なんで… あ、あ」

気づいたら体が動いていた、なんてキザなこと言うようなキャラじゃないはずなんだけど、実際動いちゃったんだから仕方ない。無意識の内に三井の前へ飛び出した俺は晴れてキザな男の仲間入りである。けど利き腕じゃないにしてもあんなスイング受け止められないなんて、俺の動体視力もたいしたことねーな。

「ごめんなさい!!わたし、その、血が…」
「あのさー」
「っ!! はい」
「ラケットで、何やってんの」

俺が凄んだ瞬間、ボス女の手からラケットが落ちた。時間が止まっちゃったみたいに辺りは静かで、カラカラとラケットの立てる音だけがやけに響く。ゆっくり立ち上がると緑香という女の肩がびくっと震えた。取り巻きは後ろで存在感を消すのに必死になっている。

「人を傷つけるためのモンじゃないでしょ、これは」
「…」
「アンタら今まで俺たちの何を見てきたわけ」

最低、と呟くと同時に三井を囲んでいた連中は顔を真っ青にして、逃げるように去っていく。地面に横たわるラケットを拾い上げるとガットが切れていて、あと少しだけ俺の血が付着していた。これ多分年代物のボロラケットだな、前オチビが試合でがんばって使ってたやつ。

「きく、まるせんばい」
「んーなんじゃらほい」

そうだコイツのこと忘れてた。ほっそい手首を掴んで立たせてやると「余計なことしないでよ…」本当にちいさい声でつぶやくのが聞こえ、思わず俺はため息をつく。ほんっと、かわいくねーな。

「あれぐらい一人で何とかできます。なのに、」
「うんうんそうだよね、ごめんな」
「ヒーローぶっちゃってバカじゃないの」
「だよな」

せっかくケガまで負って庇いに入ってやったのに言われるセリフがそれじゃあ、たしかにヒーローぶってバカな俺だよな、なんて続けてやると三井は口を結んだまま俯いてしまった。あーもうちょっといじめてやろうと思ったのにあからさまに落ち込んでるし。その小さい頭をポンッと軽くはたいて、俺はすぐ目の前の水道へ足を向ける。さっきから喉乾いた。

「けが、だいじょうぶですか」
「うん、全然へっちゃら」
「とりあえず傷口洗って」
「ツバつけときゃなお」
「洗って」
「はいはい」
「で、消毒するから屈んでください」
「ハッ ちびが」
「うるさい」

ポケットからコンパクトな救急セットを出した三井の身長に合わせて屈むと、当たり前だけど思いっきり視線が合った。おお、まつ毛が長い。俺の前髪を掻き上げて真面目に消毒してる三井を見てると不意打ちでキスでもしてやろうかという気分になる。だってこのシチュエーション、ねえ?つくづくコイツは恋愛経験なさそうな行動を取ってくる。

「、できました」
「おう」
「ありがとうとか言わないんですね」
「お前が勝手にやったことだろ。お前こそおれに感謝くらい言えよなー」
「…」
「?」

あれ、てっきり「それならアレも先輩が勝手にやったこと」だとか言い返してくると思ったのに、拍子抜けだ。グラウンドの方から野球部の掛け声が聞こえる。遠くでは吹奏楽部が練習しているのかうちの校歌の同じパートを何度も何度も繰り返し演奏していた。

「そろそろ戻らねえとなー」
「あの、」
「ん?」
「さっきのこと、部員には内緒にしといてほしいんです」
「なんで」
「ここまでテニス部が人気ってことは知らなかったけど、マネージャーになったときからある程度は覚悟してたことだし」
「ラケットで殴られそうになるなんてことも?」
「…でも、地区大会前に余計な心配かけたくない…」

たかが地区大会、されど全国大会へと続く唯一の大会。さっき啖呵切ってた言葉からも思ったけど、コイツはほんとうにテニス馬鹿だ。それは、俺たちメンバーと並ぶほどの。

「はあ わかったよ」
「…」
「でもその代わり、なんかあったときは俺に言いなよ」
「頭悪いんですか。余計なことで迷惑かけたくないって言ってるんですよ」
「だいじょーぶだって。ほら、俺にしてみたら地区大会なんてちょちょいのちょいだし」

な?と顔をのぞきこむと、一瞬困ったような表情を浮かべたけど少し間を空けて、たしかにコクリと頷いた。いっつもなんやかんや口の立つコイツばっか見てたから、今の状況はちょっと新鮮だ。

「たしかに、菊丸先輩なら遠慮なく迷惑かけれます。図太そうだし」
「あ?なぐられたいのかおまえ」
「年下の冗談を冗談とも取れない」
「しばく」

やつの頭をどつきながらコートへ歩みを進める。きっと、多分だけどさ、三井の吐く毒舌はたまに照れ隠しだと思うんだよね。

「あ、おまえもなんか小っちゃい傷いってんぞ。ほっぺの、このへん」
「あれ。ほんとですね」
「バンソーコやろうか?」
「いやいや、そんな恥ずかしいことしないですよ」
「(カチン)」

最後のはただの暴言だ。


(140306 執筆)
ほとんどがただの暴言
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -