「菊丸くんは… 67センチですね」
「よっしゃ!でもタカさんと同点一位か…おしいっ!くそー」

最後の測定だった上体そらしの項目が埋まり、僕たち三年六組は一足早くスポーツテストをやり終えることとなった。英二や他のクラスメイトとだらだら自販機へ向かいながら今日の結果が記録された紙を見せ合う。

「相変わらず英二のはスゲーな。長座体前屈52.8だってよ」
「へへーん!スゲーだろ」
「長座といえば手塚がまさかの29.1でさ。あれは笑ったなー。それで乾が」
「表情の固さイコール体の硬さ…と」
「そうそれ。手塚のプルプル必死な顔だけでも笑えたのに、腹がよじれるかと思ったよ」
「うわー聞けば聞くほど俺らも見てえー」

そんなくだらない話で盛り上がりつつ、僕たちは渡り廊下へとさしかかる。ここからはグラウンドがよく見え、その奥ではテニスコートが小さく顔をのぞかせていた。ふと目をやれば飛び込んできたのは、真っ直ぐな白線の前に立つ黒髪のダルそうな猫目。側に立っていた緑ジャージの腕が上がって、今ちょうどスタートしたところみたいだ。

「お。おチビじゃん!」
「ああ、お前らんとこの一年生だっけか」
「ぐあー!また思い出した!得意の反復横とびで負けるなんて…あのヤロー」
「ほんとテニス部って化けモン揃いだよな」
「不二もバランスいいしよ。一人くらいバスケ部に寄越しやがれってんだ」
「ていうか不二これ本気出してないでしょ」
「ふふ。そんなこともないよ」

そうこうしている内にも越前は早々とゴールを切る。もちろんぶっちぎりの一着だった。あれなら大体6秒ってところかな、涼しい顔をして係の人のストップウォッチを覗きこむ越前から一度視線を外して辺りを見渡す。彼が走ったなら同じクラスの、あ。いたいた。50メートル走のレーンにひなたちゃんが並んでいた。同じく後輩である堀尾くんが振り返って何やら話かけているけど、残念ながら一方通行みたい。

「あ 次走るかな」
「だれが?」
「お!あれ一年の噂の美少女じゃん!」
「たしか三井ひなた、だっけ?」

有名らしいというのは乾から聞いてた。だけど自分の友人から聞くのとではまた実感の沸き方が違う。
三井ひなたちゃん、うちのテニス部の新しいマネージャー、か。手塚からあの子が入部することになった経緯を聞いたときから彼女に興味はあった。興味とは言ってもそれは期待を込めた感情が全てを占めていたわけではない。手塚は割と天然なところがあるし、人は表面上ならどうとでも取り繕うことが出来るから。彼女の本当の顔を知りたい、邪魔するようなら容赦はしない、そう思っていた。

「お、走った!」

なのに蓋を開けて見れば、本当に僕たち部員に興味がないらしい。昨日僕が自己紹介した後のスルーっぷりは衝撃だったし、さらにさっきの朝練後の出来事だ。この僕に物怖じせず意見してくる瞳が“面白い”と思った。真っ直ぐな態度が気に入った。

「うっわ めっちゃ早えーじゃん!」
「うん。運動神経はいいみたいだよ」
「ほっせー…激マブ。やっぱお前らいらないからあの子ウチにくれよ、な?」
「ハハ。ダーメ」
「なに、あんなんがいいのお前ら」

廊下で立ち止まる僕たちを他所に、英二はどうでもよさそうな口振りでスタスタ先に歩いて行く。ホントに仲悪いよね、キミたち。50メートルの直線を駆け抜けひなたちゃんがゴール。堀尾くんは呆気なく抜かれていた。




自販機に到着し、アクエリアスなどのスポーツ飲料水が売れてゆく。僕は唐辛子スーパーとかいう変わった飲み物を見つけて上機嫌でボタンを押した。うん、わりといけるねコレ。英二はそのまま近くのベンチにダイブし、機をみたクラスメイトがその上にのしかかる。「おい なにすんだよ!」「やーん英二くーん!ワタシをあ・げ・る」まあ年頃の男子中学生なんてこんなものだ。

「あ、三井ちゃんと言えばさ、結構たくさん噂上がってるよな」
「へえ?」
「例えばほら、先生に告ってんの二年の女子が目撃したらしい、とか」
「ふふ。どうせ手塚と話してるところでも見間違えたんじゃない?」

僕の言葉を受けてどっと笑いが起こった。ちなみに僕や英二が色々と吹き込むせいで六組の僕たちの中での手塚はかなりのネタとなってる、なんて他の人には内緒だからね?

「他には?」
「ああ。同学にはキョーミなくって、告白断るのは高校生の彼氏がいるからだーとか」
「なにソレ。ならもっと乳でかいはずじゃねえ?」
「ちょ、英二ひでえ!爆笑!」
「けどなあ。俺は可愛い顔して意外にヤリマンとみた!」
「そんなやつが耳ぐらいで…」
「耳?」
「あー、なんでも」

人の噂っていうのは恐ろしいもので、聞いてみれば根も葉もないようなことばかりだ。テニス部って目立つし、まあきっと僕たちも言われてるんだろう。にしてもやっぱりというかひなたちゃんは男目当てで入部したと周りに思われているらしくて笑った。まあ普通思うよなあ。今度本人に言ってやればどんな反応見せるだろうとひそかに記憶する。

「なんだ、三井ちゃんって思ってたよりもずっとフツーなんだな」
「なに言われてようとアイツ中一だからな。んな面白いスキル持ってるわけないだろ」
「ふーん。てかさ、まあ不二は何となくわかるけど随分と庇うじゃん?英二さん」
「…一応部の後輩だし?」
「ほーう?」

友人たちの反応が気にくわないのか、英二は少し口を尖らせた。空になったペットボトルをゴミ箱に向かって投げ込む。放物線を描いたそれは「ほいっと」プラスチックの箱へと綺麗に収まった。「言っとくけど、恋愛感情とかゼッタイありえないから」それが振り返っての一言目。

「ゼッタイは言い過ぎだろ。なんしあんだけかわいいんだぜ?」
「いーやっ!お前らわかってない!不二からも何とか言ってよ!」
「え?ああ。なにがいけないのかこの二人ってば本当に相性悪くてさ」
「だって、さっさと引退しろだってよアイツ!バカにしてんのか!」

昨日のことを思い出したのか、英二の目に炎が見えてくる。あれは英二が突っ掛かっていったせいとも言えるけど、まあ皆ぽかんだったよね。

「なら入部の時点で入らせなきゃよかったじゃねえかよー」
「けど、ムキになって反対すんのなんか格好ワリーじゃん!だからいじめ倒して自らやめさせてやんの!」
「フフ 頑張ってね」
「何だよそれ。てか不二はなんであんなのがお気に入りなのさ」
「ああいう子、今まで周りにいなかったじゃない?」
「あんな生意気なの早々いてたまるか」
「それに主人に従順な犬より、なかなか懐かない猫の方が可愛がり甲斐あるでしょ?」

今朝の彼女の様子を思い出し、つい笑みを零すと空気が静まりかえった。あれ、何か変なこと言っちゃったかな。ザ・愛犬家の英二は、何を言っているのか分からないという顔を隠そうともしない。だがすぐにどうでもいいと思ったようで「じゃ、俺ちょいと用事」軽く手を上げるとどこかに去っていった。こんなスポーツテストしかない日に委員会すら入っていない英二の用事なんて一つしかない。「なんであんなワガママがモテるんだろうな」ある友人の言葉には誰もが頷いた。


(20140227 執筆)
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