「いいかい、英二はひなたちゃんの教室に行くんだ」
「教室に?」
「もしヤマザキ先生の自演だった場合、間違いなく何か重要なシーンを目撃してる生徒がいるはずだよ。あと大石」
「何だい?」
「スミレちゃんにこの事を報告してきて欲しい。あと数学準備室に何か証拠になりそうなものがないか調べて」
「…そういうことか。任せてくれ」



「これが本当なら大問題ですよ、ヤマザキ先生」

重々しく口を開いたのは教頭だった。そりゃ当たり前だろう、教師が生徒にカンニングの濡れ衣を着せるなんて話聞いたことがある訳ない。丁寧な言葉遣いとはいえ流石は教頭、その目からは威厳がひしひしと感じられて場には一気に緊張感が増す。ヤマザキは苦し紛れの言葉すら出ないようでただただ口を閉ざしていた。無言は肯定と捉えたのかこのままでは埒があかないと思ったのか、教頭は部屋に設置された内線を手に取る。しばらく受話器を耳に当てた後、教頭はこちらを振り返った。

「…学園長を呼んで来ますので手塚くんたちは戻って結構です。すみませんが三井さんは残って下さい」
「教頭、彼女は…」
「心配しなくても少し事情を説明してもらうだけです。堂先生ももう大丈夫ですよ」

恐らく内線に出なかったんだろう。教頭自ら学園長を呼びに行ったところで再び部屋に沈黙が訪れる。出て行くよう言われたひなたちゃんの担任はほっとしたように立ち上がったけれど、あんなことがあったばかりでひなたちゃんとヤマザキを二人に出来るはずがない。教頭の目がなくなったこともあってかヤマザキは僕を睨み付けた。僕が無言で対応すると彼はゆっくりと口を開く。

「忌々しい…やはりテニス部は目障りだ」
「それがあなたの本音ですか」
「フン。ちょっと問題児を教育したくらいで騒ぎ立てやがって」
「あれが教育?本気で言ってるんですか!」
「不二…!もういいだろう。まともに取り合うだけ時間の無駄だ」
「…そうです先輩。もう充分ですから…練習に戻ってください」

こんな事態になってもひなたちゃんは部のことを考えて健気だった。…そうだね、僕たちの目的はひなたちゃんの誤解を解くことでそれはもう達成された。こんな終わり方で納得はいかないけど、ここは彼女に免じて部活に戻ろう。英二たちと視線を合わせ、立ち上がったときだった。

「クソガキが…部活ごときに熱くなりやがって!皆が皆、夢を追って生きられる訳じゃないんだよ」
「……」
「こっちはまっとうに社会人やって、親にぺこぺこ頭下げて毎日生きてるっつーのに!青春ごっこしてる馬鹿を見ると虫酸が走る」
「…まさかテニス部が気に食わないからひなたちゃんを?」

突然挑発するかのように立ち上がった彼は仮にも教師とは思えない形相だ。僕の問い掛けに黄ばんだ歯を見せたことで、それは肯定だと捉える。てっきりロリコンでお気に入りのひなたちゃんを虐めて楽しんでいたんだと思っていたけど、どうやらそれは違ったようだ。呼び出しも部活に支障をきたすための手段の内だったということか。

「もちろんカンニング騒ぎで大会出場停止が一番メシウマだが、お前らにダメージを与えられれば何でも良くてな」
「……!」
「にしてもお前に邪魔されるのは二度目だよ、不二」
「二度目?」
「怪我でもすれば退部しただろうに…」

その言葉を脳で理解したと同時に、赤茶色の髪があの男へ飛び出していく。僕は瞬間的に固く握られた拳を掴んだ。

「離せ不二!あいつが植木鉢の犯人だ!」
「落ち着いて!そうやって殴ってあの人の思惑通りになる気かい?」

突然開き直ったようにペラペラ自白し始めたのは僕たちを煽って暴力沙汰に仕立て上げる気だったから。気付くのが遅かったらいくら理由があったとしても教師を殴った英二の謹慎は免れなかっただろう。ヤマザキが小さく舌打ちしたのを見て、僕はゆっくりと口を開いた。

「挑発は失敗、残念でしたね。今なら撤回も出来ますけど」
「…フン。何が撤回だ馬鹿馬鹿しい」
「あーあ…なら仕方ないよね。部屋に入ったときから回してたこのスマホの録音、教育委員会に送り付けちゃっても」

今日一番の笑顔でポケットから最終兵器を取り出してやれば、今まで散々足掻き続けたやつもついに観念したようだ。まさか言質を取られてたなんて思わなかったんだろう。やるなら徹底的に、だよ。あまり僕を見くびらないでほしいな。

「三井に謝ってくれますね?」
「な…俺が何故そんなことをしなければ」
「何故って?自分が一番分かっているくせに面白いこと言いますね。それに先ほどの罵詈雑言の数々…忘れたとは言わせませんよ」

越前から普段の話も聞いてるからね、今度は言い逃れようとしたってそうはいかない。それにカンニングがヤマザキの自演だったとしても、騒ぎはすでに起こった後だ。今頃タカさんが頑張ってくれてるとはいえ、ひなたちゃんの名誉を傷付けた事実は消えない。

「…すまなかった」

彼の謝罪とは呟くような小さな声でほとんど聞き取れないものだった。本当ならこれくらいでは済まさないけど、今は氷帝との試合に向けて一分でも多く練習した方がいいからね。その方がひなたちゃんも喜ぶだろう。
手塚が先陣切って扉を開けると生暖かい風が頬を突き抜ける。ふわりと僕の髪がなびいたのを見て、ヤマザキは急に表情を青ざめたようだった。じゃあね、先生。

「お前…まさか」
「彼女が世話になったね」





「ほらほらもう一本いくぞ!」
「っしゃあ!バーニーーンッ!」

スミレちゃんのほれほれ攻撃は今日も絶好調だった。明日からの合宿に向けて皆ボールに思い思いの気持ちを込める。ちなみにあの件がどう収まったかというと、学園長を交えた話し合いで事情が説明されてもちろんひなたちゃんはお咎め無しで解放。あと実は騒ぎを聞きつけた他の生徒たちが教頭室に聞き耳を立てていたようで、噂がすごいスピードで広まっていた。流石にこれには教頭たちも学園としての体裁が保たれないと涙目だ。

「そういえば不二、あの教師と最後何を話していたんだ?えらく驚いていたようだったが」
「…さあ?夢でも見たんじゃない?」

ヤマザキは週末の教員会議を待つことなく即解雇に回された。そして僕たちテニス部レギュラーとひなたちゃんはといえば、合宿中の公休と部費の大幅アップを約束されたのだった。


(20160608 加筆修正)
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