「ほーんと!リョーマ様に直接コーチしてもらえるなんて最高だったわよね!」
「この前のオフだっけ?良かったね、桜乃も」
「わ、わわわたしはそんな!リョーマくんが迷惑じゃなかったか心配で」
「迷惑に決まってんだろお!竜崎と違って越前は団体戦のレギュラーなんだぜ?」
「流石テニス歴二年の堀尾、威張るね」
「ちょ!なんだよ三井おちょくるなよ〜」

僕の名前は加藤勝郎カチロー。名門青学テニス部に入部して約二ヶ月が経過した一年生で、今日も僕はいつの日かレギュラーになることを夢見て部活へ向かう。放課後は誰か掃除当番とかがない限り、こうして他の一年部員やマネージャーの三井さん、彼女の友達でもある女テニの竜崎さんや応援の小坂田さんと共に部室へ向かうのが定番だ。と言ってもリョーマくんは気まぐれだから今日みたいに先に行っちゃうこともあるんだけど。部活中の私語が厳しい分こうやって好きなように話せるのは楽しくて。僕はこの時間を勝手に『一年生会議』と呼んでいる。

「そういえば最近靴箱の中は大丈夫?」
「んあー、へーきへーき大したことない」
「ひなたが犯人探しするならわたしいつでも手伝うからね!」
「全くダメージ受けてないから大丈夫。むしろこれ位で済むなら歓迎だし」
「男より男前…!だからひなた好き!」
「どういうことだよ小坂田!」
「そのままの意味よ!」
「でも三井さん、困ったことがあったら相談してね!僕たちじゃ頼りないかもしれないけど」

三井さんはとにかく愛想がなくて、結構テニス部のファンからはよく思われていない。だけど真面目に仕事はするし、おまけに可愛いから余計に反感を買うみたいだ。話を聞いてあげるくらいしか出来ないけど、それが今出来るモブの務めってやつなんだよね。あれ、モブ…?
僕が自分の心の声に疑問を持ったところで「困ったことか…」彼女がその整った顔を苦々しげに歪めた。あれ、今まで何されても知りませんやるならご勝手にってスタイルだったのに。

「困ったことといえば、不二先輩だよ」
「え?不二先輩?!」
「あー…三井さんのこと可愛がってるよね」
「そうじゃないでしょ!あれもう新手のイジメだと思うんだ、人のことおちょくって!朋花が前貸してくれた漫画のあご、あご何だっけ」
「あごクイ?」
「それしてさ、人の反応みて面白がってるんだよなにあれ怖い!」

それか絶対釣りだよ、結局ミーハーだったとかこじ付けて退部に追い込もうとしてるんだ、とだらだら不満を漏らす三井さんのことは置いといて。いや、えっと不二先輩…!?後輩の女子にあごクイ?菊丸先輩なら辛うじて分からないこともないんだけど、冗談にしては度が過ぎてるような…。頬を紅潮させながら羨ましいを連呼する小坂田さんを横目に堀尾くんカツオくんの二人と顔を合わせる。とんでもない話を聞かされたまま、僕たちは部室へ到着してしまった。中では既にジャージに着替えた荒井先輩たち二年生が談笑している。

「チィーーーース!!」
「おう一年。早く着替えろよ」
「特に加藤は荒井とボール当番だからな」
「あ、はい!すぐに着替えます!」
「『おさわり禁止!爆乳ナース天国』ですか。捨てます」
「うわっ!三井ちゃん…」
「『おにいちゃん教えて』捨てます」

いつも通り、なのはどうかと思うけど当たり前のように部室に入った三井さんは無慈悲に先輩たちの聖書をゴミ袋に放り込んでいた。しかも一々タイトルを朗読するからタチが悪い。ついには部室の掃除と言いながら荒井先輩がラケットバッグに隠した新刊(と思われる)にまで追撃の手が伸び、どうかそれだけはと懇願する先輩に「じゃ、カラーコーンも一緒に運んでもらえますよね」練習で使うんです、なんてにっこり笑った三井さんは悪魔でしかない。




「おら加藤!早く運べよ!」
「はい!」
「先輩にカチロー、片付けまでありがとうございます」

一日の練習が終わって備品を体育倉庫に戻す行き道、三井さんは終始ご機嫌だった。何でも今日は練習中の球出しを乾先輩から頼まれたみたいで、それがよっぽど楽しかったのか予備のラケットをくるくる回している。…その分僕たちはカラーコーンまで抱える羽目になってるんだけどね。ほんと荒井先輩、リョーマくんのときと違って甘いんだから。
と、僕の視界の端に写ったのは、白い煙だ。よく父さんの近くにいくと鼻を掠める煙草の臭いがどこからかやってくる。煙を辿ればどうやら大きな木の陰に隠れて一服しているらしい。着ているのは…白の学ラン?一番先頭を歩いていた荒井先輩も学校という場に不釣り合いなそれに足を止めた。

「青学の生徒じゃないみたいですよ…せ、先生を呼んで」
「おい!!他校のヤツが何青学でケムってんだよ!出ていけ!!」

卑怯なこともしたけれど、荒井先輩は曲がったことが嫌いで礼儀に厳しい人である。多少三井さんの前で格好付けようって気持ちもあったんだろう、先輩は煙をふかす相手の前に飛び出して行ってしまった。あああ、ちょっと大丈夫なの!やっぱりというか振り返ったのは、素人目に見ても“ヤバイ”眼つきをした男の人だ。

「おい」
「…お前誰に指図してんの?」
「何だと?」

あっ!と思ったときにはもう遅い。荒井先輩の手が他校生の肩にかかった瞬間、先輩の身体は地面に叩きつけられていた。一発では済まず、その危ない男は片手で先輩の顔を鷲掴んで顔や腹に鈍い音を響かせる。どうしようどうしよう…。思わず僕が目を背けたとき、ふっと手元にあった重さがなくなった。

「え…」
「ちょっとそこの鳥頭!うちの先輩に何すんの…!」

と、鳥頭ー?!お願いだよ三井さん変な刺激しないでーー!
僕の心の声をよそに三井さんは一歩も引かない。どうやら僕が持っていたテニスボールをひっくり返して足元を動きにくくすることでこちらに注目を集めたみたいだ。地面に倒れこんでいる先輩はすでにボロボロで身体の色んな箇所に血が滲んでいる。そんな、なんでこんな目に。何の目的で…。

「あ、荒井先輩…」
「カチロー、まだ近付いちゃだめ…!」
「お前らテニス部員か?青学に越後屋とか何とかいう一年レギュラーいんだろ」

白い学ランの男は不敵そうな笑みを浮かべ、こちらに向き直った。恐怖で足が竦んで今にでも腰から崩れ落ちてしまいそうだ…。一年レギュラー…リョーマくんのことだよね。

「ま、待てヤロウ…」
「…」
「ぐっ」

身体を起こしてめいいっぱい抵抗する荒井先輩に再び視線が行き、男は何度も何度も腹を蹴り上げる。苦しむ声すら発せなくなってもその機械的な暴力は止まない。無抵抗の人間にこんなことするなんて本当にヤバイ奴だ…せ、先生に知らせなきゃ!僕は震える足に力を込め、地面を蹴った。

「おい」
「……」
「ちょっとそいつ連れてこいや」
「う、うわああああああああ!」
「逃げんの?」

不恰好でも情けない声上げてても今は早く大人を呼ばなくちゃ。と背中を向けてしまったのが良くなかったんだと思う。頭部に鋭い衝撃を感じて僕は土の上に倒れこんだ。続いて太もも、肩…痛みの連続に思考が追いつかない。「次、顔狙おうか?」その言葉だけを耳が捉え、ぐっと身体に力を込める。
……あれ?

「ほう…打ち返したか」
「あっっっぶな過ぎでしょあんた!何考えてるわけ!」
「え、三井さん…?」
「どこの誰か知らないけどフォームめちゃくちゃ!練習してないの一目瞭然ですけど」

三井さんは視界の端でラケットを構えていた。よく見ればあの危ない男の手にも紫色のラケットが握られていて、僕はようやく自分の受けた痛みの正体がテニスボールだったことに気がつく。いやもうそれはいいや、とりあえず三井さん!何であんな相手にまでわざわざ挑発するようなことを…!
ニッと口元を上げた男はサーブのフォームを振りかぶった。さっきは真っ直ぐ身体に打ち込んできたから打ち損じだと緊張を緩めたのも一瞬。倉庫近くに立てかけてあった水道工事のためのパイプに球が当たり、僕たちの頭の上でなだれが引き起こる。逃げ場を失ったところで立て続けにサーブフォームを構えているのが分かり、僕はぎゅっと目を瞑り、来たる痛みに備えた。
パァーーン!球がスイートスポットに当たる気持ちがいい音がして、僕はうっすらと目を開ける。あれ、まだ痛みが来ないどうして…。

「何なの?この騒ぎ」
「リョーマくん!!!」

僕たちの前に立ちはだかったのは、SEIGAKUの文字が刻まれた青いジャージだった。このタイミングで助けにきてくれるなんて漫画の主人公みたいとホッと息をつく。だけど安心するのはまだ早い。気を付けて、あの人すごく乱暴だよとリョーマくんに告げると「やっとお目見えか、青学一年レギュラーよ」男が薄く笑った。

「アンタのこと、知らないんだけど?」

そう不敵に言い放ったリョーマくんが気に入らなかったんだろう。男が次に構えたものは、もはやテニスボールではなかった。地面に転がる石を拾い上げたかと思うと今度は容赦なくそれを打ち込んでくる。瞬時に反応してラケットで弾いたリョーマくんだったけど、何個も拾い上げて同時に打ち込まれるとなればまともに返せるわけがない。

「最っ高、じゃねえの!」

弱虫の僕は恐怖から目をそらすことしか出来なくて。音が止んだ後、視界の端には血を流すリョーマくんが微かに捉えられた。石が命中した額から血を流す相手を前に男は言う。

「都大会決勝まで上がってこい。俺は山吹中三年、亜久津だ」


(160509 執筆)
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