自己紹介も終わり、俺はレギュラーたちが外回りに行っている間三井に部についての説明をして回ることとなった。とは言え彼女は経験者ということもありそれほど教えることはない。コートでシングルスティックの立て方等を教えたのち、次は部室へ向かう。

「意外と狭いんですね」
「ああ そのためロッカーは人数分あるが着替えは学年順になっている」

節電を忘れたりベンチに私物を置いたままにしたりすると手塚に怒られる、救急箱はここ、そこのボールは個人練習用だから交代で部員が倉庫へ取りにいく。その当番表や練習メニュー、大会の日程はホワイトボードに君が記入してほしい。一気に言い過ぎたかとは思ったが三井の様子から問題はなさそうで、淡々と話を聞きながら時折質問をした。

「ガーゼや湿布はどれくらいでなくなりますか?」
「二ヶ月程だ。だが大会前になると怪我の頻度は多くなる。君、テーピングは?」
「一応出来ます」

この質問がもし「不二先輩のロッカーってどれですか?キャピッ」だったらすぐにでも追い返しただろうが、本当にマネジメント出来るようで安心だ。ぎりぎりまで決定を伸ばした甲斐もあったというもの。あとは野菜汁の作り方を覚えてくれたら完璧だな…フフフフフ。俺は試作品が入ったボトルを彼女に差し出す。

「どうだ三井、景気づけに一杯」
「…何ですかこの臭い ガキのままごと?」
「(思ったことがすぐ口に出る、いやわざとの可能性もあるな)違う、乾特製野菜汁だ」
「ふーん。まあわたしに危害が及ばない範囲で好きにやってください」
「(世界は自分を中心に回っている)そうか、残念だな」
「あの…さっきから書いているのはわたしのデータですか?」
「ん?気にしないでくれ(意外と目ざとい、やや自意識過剰…と)」

この容姿だ、三井は入学した当初からずいぶんと有名だった。俺も他の新入生以上に注目し情報を集めて早一ヶ月、基本データから好きな食べ物まで調べ尽くしたものだ。しかしそれでも未だ空白の部分がある。以前やっていたというソフトテニスのことだ。

「テニスはいつまでやっていたんだ?」
「秘密です」
「…じゃあ、都内で六位になったというのは?」
「秘密です」
「スクールはどこだい?」
「だから秘密です。そういう質問は事務所を通してください」
「なら事務所は?」
「うざい」
「…冗談だ(嫌悪がすぐ顔に出る、単純)」

ふむ全面黙秘か。自分で調べてみろとそういうことかならば面白い、受けて立とう。心の中で決意を新たにしたところで三井がこちらを振り返った。なんだ?

「わたしからも質問です」
「ああ、言ってみてくれ」
「乾先輩、どうしてレギュラー落ちしたんですか」
「……」

ぐっさァァー!!ど直球に心をえぐるとはやはりこの一年、只者ではない。というかお前な、そんなことをハッキリ聞くやつがいるか。今まで遭遇したことがないタイプの人間に対応しかねていると無言をどう受け取ったのか「原因が分かってないなんて、そんなんじゃ復帰できませんよ」と続ける辺り傍若無人、越前より態度がでかい。帰ってから赤裸々に調べ尽くしてやると胸に誓い、たかだか部活の説明で大きなダメージを負わされた俺は三井を連れて再びコートへ向かった。きっと外回りも終わっている頃だろう。

「へえ、面白い練習してるんですね!」
「一昨日に考案したメニューだ」
「あの足に巻いてるのは?」
「パワーアンクルだ。最大10枚の鉛を入れることができる」

カラーコーンに同じ色のボールを軽やかに当てていくレギュラーを見て、無表情だった三井の顔が少しだけ緩んだ。本人は何でもないようなフリをしているがふむ、新しい一面だな、データに加えておかなければ。と、素早くメモをとったところで三井の頭の上には大量のTシャツやウェアがどっさりと置かれた。犯人の手を辿ると…やはりお前か。確率は98パーセントだったぞ、菊丸。

「…何ですかいきなり!」
「洗濯物だよ がんばれ」
「ここに持ってくる意味が分かりません。ゴミはゴミ箱、洗濯物は洗濯機。小学校で習いませんでした?」
「…ほんと可愛くねーなおまえ」
「先輩に可愛いと思われてどうするんですか」

おまえたち、なぜここまで仲が悪くなってしまったんだ。二人の間に挟まれた俺は気まずい通り越してもはや呆れてしまった。新しい菊丸のデータも取れるし別にこのままでもいいが…。

「そうだ三井、菊丸と少し打ってみたらどうだ?」
「え?」
「先程も楽しそうに練習を見ていたじゃないか。ラケットは貸すよ」
「何言ってんの乾、こんなのがテニスなんかできるわけないじゃん」
「こんなのでも出来るんだからわたしだってできますよ」
「おまえ、敬語だったら何言っても許されると思うなよ。…来い!」
「(やはり単純、似た者同士)」

テニス部ならテニスを通して心を通わせるべきだろう。うん、今の言葉で俺のファンが増えた確率はほぼ100パーセントだ。「なに?球出しの練習?」「そ。硬式のボールにも慣れといた方がいいじゃん?」巧みな話術で手塚を取り込もうとする菊丸。しかし「駄目だ」口を開いたのは大石だった。

「英二、地区大会も目前なんだぞ?それに三井さんも仕事を早く覚えた方が良い」
「…ああ。大石の言う通りだ」
「明らかに便乗犯ですね、部長」
「では、次…」

三井の毒は見事無視された。スルースキルを身に付けた手塚を見るとなぜだか親鳥にでもなった気分になる。だが結局コートへ入ることのできなかったこの新しいマネージャー、ちょっと目を離したスキにまた菊丸と口論を始めていた。

「あーあ。マネとの恋って憧れてたのになー俺」
「ハッ こっちは願い下げです」
「いやわりーけどお前以外の人類しかキョーミないから。出直して」
「ストライクゾーンが随分広いですね。自分を冷静に見つめた上での妥協ですかかわいそうに」

もはやデータを取るのも面倒くさくなって、俺は竜崎先生のところへメニューを相談しにいくことにした。まあ今日のところはこんなもので良いだろう。本日分かったことは大きく分けて二つ。一つ目は、意外と三井はテニスが好きらしいということ。そして二つ目が…

「ちなみに俺のタイプは明るくて楽しい子だから三井はランク外な」
「ああ、ノーテンキで頭のゆるい感じ。簡単に言うとバカ」
「…夜道に気を付けろ、刺されんぞ」
「毎日気を付けてますが」
「嫌味だよ気付けバーカ」

なかなか三井は部に溶け込んでいるらしい。


(20140227 加筆)
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