「遅いなあ 新しいマネージャー」
「越前も桃も何やってるんだ?」

ここはテニス部のAコート。台詞は上から順に英二、大石だ。集合時間から既に三十分以上経ってるということで俺たちはもう先にストレッチを始めているんだけど、にしても遅いよな。「真面目な顔をしてどうした?不二」「先生、歯に青のりがついてるよ」暇だからコートの入り口近くで話しているスミレちゃんと不二の会話に適当なアフレコつけて遊ぶ。と勢いよくフェンスの扉が開いた。

「どうも、遅れました」
「桃センパイのせいっスけどね」
「越前おま、言わねえって」

まさかの三人同時に登場だった。それよりいま先頭で入ってきたのって、

「ひなたちゃん!」
「え?…タカちゃん!」
「「タカちゃん?」」

周りの困惑も物ともせずひなたちゃんはまっすぐ俺に向かって飛び付いてきた。髪からほんのり良い匂いがする。よしよしと頭を撫でてやると、横からやって来た手塚が俺たちをビリビリと引き離した。

「三井、何をしていたんだ」
「お茶です」
「真面目に答えろ」
「あ!タカちゃんそれってレギュラージャージ?うわ、おめでとう!!」
「はは ありがと」
「万年補欠かと思ってたよ!」
「おま」

見事にスルーされた手塚やさっきの失礼発言を筆頭にしてどうしようもない雰囲気がAコートを支配する。俺は慣れてるからいいんだけど、初対面の相手には濃いだろうね。うんうん。
ひなたちゃんは言うならば小学校時代に仲良くしていた近所の子だ。といっても家はそこまで近くはないし通っていた小学校も別。よくうちの寿司屋に家族で来てくれてたのをきっかけに仲良くなったという間柄である。俺が中学に上がってからはなんとなく疎遠だったけど、ひなたちゃんは変わらず俺を慕ってくれているようでちょっと安心。そう皆に説明するとひなたちゃんも「遅刻はすみません。よろしくお願いします」無表情で言ってのけたあとに軽く頭を下げた。相変わらず愛想はないけど顔は会わなかった二、三年でまたさらに可愛くなったみたいだ。

「ひなた、次からは時間厳守じゃ。守ってもらわんと困るよ」
「はい」
「え…まじで言ってる?こいつ?」
「げ」

ひなたちゃんが俺の後ろに隠れる。クール界の中のクール宅急便級に無表情がウリのこの子にしてみれば珍しい威嚇行動だった。こんなに警戒心をむき出しにするなんてずいぶん嫌われてるみたいだけど、英二まさか手出したんじゃ。

「おいおい…俺のワクワク返せよ。貧乳はお呼びじゃないっての」
「大器晩成型です。性悪男は近寄らないでください」
「俺、道教えてあげただけじゃん」
「大変だったんですよ!相撲部に入れられそうになって必死に」
「二人とも、私的な話はあとに」
「部長ちょっと黙ってください」
「……」

向こうでは桃が爆笑していた。相当ツボに入ってるみたいだけど、そうか今のは笑うところだったのか。俺も気を引き締めないと。とりあえず手塚、がんばれ。負けるな!

「気を取り直して、先にレギュラーだけでも自己紹介しておこうと思う。俺は三年副部長の大石だ」
「…よろしくお願いします」
「こっちは三年の乾」
「…一年二組の三井ひなた。青春台第二小学校出身でソフトテニスの経験者だ。身長は150p、頭は平凡だが運動神経に優れている。入学してから今までに三人から告白されているが、今のところ全員断っているらしいな」
「本物のストーカーがここに、」
「言いたいことはわかる!けどこれが乾先輩なんだ…!」

ひなたちゃんは小難しい顔をしながら「乾さんて男だったのか」とちいさく呟いた。何のことだろうと思っていると、電話のときのことだと言う。電話といえば、たしか親父からひなたちゃんが青学に合格したのを聞いて電話したときに。

「タカちゃん、テニス部ってマネさんの募集とかしてないの?」
「うーん。ないんじゃないかな、雑用は一年生の仕事だしうちには乾がいるし」
「乾さん?」
「そう!うちのナンバースリーなんだけど、ほんとすごいんだよ。データ収集なら誰にも負けないってくらいでね…」
「へえ」

…絶対言ってないよね、うん。それはきっとひなたちゃんの勝手な先入観。「いつぞやは乾先輩の名前にお世話になりました」「うん…?」そんな会話を手塚が苦い表情で眺め、またそれを見て不二はクスクスと笑っていた。

「僕は三年の不二周助。キミみたいな可愛い子が入ってくれて嬉しいよ」
「ああ。そうですか」
「…あれ、それだけ?」
「何か問題ありますか」
「まあ、ないけど」
「…二年の海堂だ」
「よろしくお願いします」

何とも淡々とした挨拶を交わし、一応レギュラー陣と乾の紹介は終わったみたいだった。Bコートを見るとちょうど他の部員も外周から帰ってきたようなので、全体でも挨拶をするようスミレちゃんが提案する。特に反対する理由もない手塚が集合をかけようとしたその時。いきなり英二が声をあげた。

「なあ!こんなあっさり決定なわけ?」
「どうしたの突然。彼女とヨリでも戻した?」
「違うけど!いきなり決まりすぎじゃね?地区大会までには決めたいって気持ちもわかるけど、こいつはやだ」
「…ほんとにどうしたんっスか?」
「だってこいつ、俺のこと尾けてたし。下心丸出しのやつがまともに仕事するわけねーじゃん」
「ちょっと英二先輩、落ち着いて…」
「こんなやつ俺たちのテニス部には必要ない。俺はこんな一年がマネージャーなんて絶対認めないかんな」

ビシィ!なんて効果音がつきそうなほどハッキリ、英二は断言した。基本女の子大好きな英二がそんなこと言うなんて相当馬が合わないんだろう。彼をなだめにかかっていた桃や後輩たちはもちろん、手塚や海堂ですら困惑の表情を浮かべる。たしかに英二は好き嫌いが激しいけど、それを表には出さず当たり障りなく接するなんてお手のものなはずだ。あの子の性格上、練習中にキャーキャー騒ぐなんて天と地がひっくり返ってもありえないし…。すると俺の思考を遮ってずっと黙っていたひなたちゃんが口を開いた。

「たしか、菊丸先輩でしたっけ」
「は?」

一歩、また一歩。ひなたちゃんはゆっくりと英二の方に近付いていく。彼女が足を止めたのは距離がわずか十数センチの場所だった。キスでもするんじゃないかと思うくらい近いけど、二人は至って平然としている。ひなたちゃんは英二を見上げるとにっこり、笑って言った。

「わたしのこと気に入らないなら、夏まで待たずにさっさと引退しちゃってくださいね」

皆、固まった。





「新しくテニス部のマネージャーになりました、一年の三井ひなたです」

「おおー!可愛い」
「手塚部長やるぅ」
「俄然やる気出るわこれ」

新しいマネージャーを見た部員たちから歓声が沸き起こる。俺たちは苦笑い。ひなたちゃんはその歓声を物ともせずただ静かに笑っていた。


(20140227 加筆)
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