辿り着いた小屋は明かりなどもなく、本当に文字通り真っ暗だった。部室代わりに使っていたとはいえただの小屋だ、電気が通っているかどうかすら怪しい。扉には確かに外側からしっかりと南京錠が付けられていて、これは中からは開けられそうにない。大石が手元の鍵を南京鍵の穴に差し込む。

「…あれ?」
「開かねーの?」
「うん。まさか違う鍵渡されたかな…」
「…あのオバさん。おい三井、来たぞ!」
「おーい三井!大丈夫かー?」
「……」

ドンドン、と扉を叩きながら声を掛けるも中から返事はなし。もしかして俺が聞き間違えたパターンかなこれ。「俺ちょっと中見てみるわ」そう大石に伝えて、俺は小屋の近くに生えていた手頃な木に足を掛けた。天窓が一つだけ取り付けられたあの中の様子を見るにはこうする他ない。ったく、せっかく風呂入ったのにダッシュしておまけに木登りってまさかの仕打ちだ。無理するなよという相方の声を聞きつつ器用に木登りを遂げた俺は天窓の隙間からひなたらしき姿を見つけてほっと息を吐く。

「お、いたいた三井…ん?」

けれどその安堵は一瞬のものだった。暗くてよく見えないけれど…あれ?目を凝らすとあいつから返事がなかったことと今の状況がイコールで結ばれていって。慌てて木から降りた俺に大石が詰め寄る。

「どうした英二、まさか」
「…倒れてる。俺は鍵取ってくるから大石はここで」

俺の言葉を最後まで聞くことなく、大石は再び小屋の扉の前へ立った。そして助走を付けると木製のドアに向かって体当たりをする。その光景にぼうっと目を奪われていた俺は、体を打ちつける音にはっと気をとり直した。鍵を壊した後のことだとか先生を呼んで来るべきだとか、そんなことより今はひなたの方が先決だ。せーのの掛け声で勢いよく飛び込むと、大きな音がして目の前の扉がなくなった。

「「ひなた!!」」

俺たちが駆け寄ると床に横たわっていたひなたがかすかに身じろぐ。腹を抱えてうずくまるような体勢だった小さな身体を見て、俺は目の前が真っ白になっていった。知り合いが自分の目の前で倒れるなんて体験はしたことがなくて、ただただどうしようと必死に頭を働かせてはひなたの頬を叩いたりなんかして。そんな俺を「悪い!どいてくれ」大石が押しのけたそのとき。

「何…っするんですか…痛いな」
「ひなた!!」
「ってててて…しんど…。クラクラする…」

ひなたの身体がゆっくりと起き上がる。暗闇でよく見えなかったけれど声からして意識はしっかりしているようで、俺は良かったと今度こそ安堵の息を吐いた。一応大丈夫か声を掛けようと口を開いたけれど、それはこの場にいたもう一人の男によって遮られる。大きな声に俺はびくりと肩を震わせた。

「バカ!お前一人で何してたんだ!」
「へ…しゅうちゃ…?」
「心配かけさせて!軽はずみな行動するな!」
「ああ、えっと…ごめんなさい…」
「俺たちが来てなかったらどうするんだよ!あのときみたいになっても…誰も守れないじゃないか…」

どんどんと尻すぼみになっていく言葉とは裏腹に、大石は強い力でひなたを抱き寄せる。子供をあやすみたいにポンポンと頭を叩く相棒は今まで見たことがないような、大切なものを慈しむような表情だった。今まで俺の役割だったそれをいとも簡単にやってのける大石の背中は何だか大きくて、いや違うな、今まで大石の役割だったことを俺はしていたに過ぎないんだな、なんて考えが頭を過ぎった。

「……はぁ、はぁ」
「ひなた、平気か?体調悪いのか?」
「えーじせんぱい…やっぱり来てくれた」
「…そりゃお前が呼んだんだし」
「…本格的に、やばい、です」

その言葉を最後にひなたはグダッと大石にもたれ込む。再び頬を叩いてみても応答はなかった。大石は俺にひなたの身体をパスすると、ポケットからビニール袋を一枚取り出して中に息を吹き込む。何をやってるのか分からないままとりあえず身体を抱きかかえ直すと手に何か生温いような感触がよぎって。恐る恐る見やった右手にはべっとりと血がこびりついていた。





「は…?生理?」
「初潮がきたようじゃ。中一なら珍しいことでもあるまい」
「……」
「……」
「アッハッハ!そんな反応のお前さんたちを見れるのは珍しいことだがねぇ!」

医務室で笑い声を上げているのはスミレだけだった。気まずい、非常に気まずい。大騒ぎしてここまであいつを担ぎ込んだ俺もだけど大石なんて口から魂が抜け出していきそうな表情だ。ひなたはといえば具合が悪いのはもちろんなんだろうけど、布団に包まったまま一ミリも出てこようとしない。とりあえず鍵を壊してしまったことを謝ると言ってスミレが出て行ったのが運の尽きだ。年だから思春期の中学生のこういう空気はきっと読めないんだろう。しん…と静まり返る雰囲気に耐え兼ねて俺は口を開いた。

「げ、元気出せよおまえ!」
「……」
「あれだな、帰ったら夕飯は赤飯を」
「アンタにはデリカシーないんですか!!」

頭だけひょっこり出したひなたの怒声が響き渡る。姉ちゃんたちのお祝いだとか言って良く分かんない日に赤飯出てきたことがあったから、そうかなと思ったんだけど。

「あ、駄目だったか」
「そりゃ駄目だろ…」
「何なんですかもう!最低!最悪!クソ野郎!」
「おまえな…。っていうか大石さ、ひなたって呼んでなかった?」
「…え?」
「おまえも秀ちゃんって言ってたろ」

俺だけ責められんのもなんか癪で、お返しのつもりだった。今まで敢えて触れてこなかった違和感を指摘したことで二人ともすっかり動揺してるのが分かる。おかしいのは呼び方だけじゃなくてもっとあったはずだけど、色んなことが一気に起こったせいか生憎『あれ?と思ったことがあった』という漠然とした記憶しかないのが勿体無い。だけどしばらく見つめてみても二人はお互いだんまりを決め込んで口を開くことはなかった。…はいはい、分かったってば。

「いいよ言わなくて。二人に何かあるってことは薄々感付いてて黙ってたし」
「…そうなんですか?」
「お前よそよそしすぎ、大石話し掛けなさすぎ無視しすぎ意思尊重しなさすぎ」
「…参ったよ」
「言いたくないこと聞き出すような真似する人間じゃないつもりだしそれはいいよ。だけどな!」

二人の顔を交互に見やる。俺の世話焼きも大概だな、なんて内心苦笑いを浮かべながら。

「部活内で空気悪いのヤなんだよ!だからここで仲直りすること!」
「へっ…?ちょっと待ってくれよ英二」
「待ちませーん」
「だって仲直りなんて、そもそも俺たち」
「喧嘩してないって?往生際悪いぞー」
「…ほら英二先輩も言ってることだし!これからは冷たくするのなしだよ」

俺の言葉をチャンスとばかりにひなたは大石にずいと迫る。だから喧嘩してないし…なんてまだうじうじ言ってる大石に男らしくないぞと言ってやれば、ようやくこの状況に観念したんだろう。腹を括った大石はゆっくりと口を開いてひなたに向き直った。

「…分かったよ。ごめんなひなた」
「お、いいじゃん大石!これで二人の仲も万事解決だね、さっすが俺」
「でも敬語は使えよ?呼び方も大石先輩だからな!」
「だる」
「大体しばらく会ってない間にまた生意気に磨きがかかって、しかもなんだよ部活でのあれは!」
「ちょいちょい、大石。俺もいるからね」

仲直りと言った数秒後にまた口論を始めようとする大石なんて初めての経験だよ。まあ今まではこうやって言い合うこともなくお互いに色々思ってただけだからこれはこれで良いのかもしれない。最近ひなたの身の回り環境整備隊みたいになってることは目をつむって。

「ほい、仲直りの握手しな」

二人を立ち上がらせる。思いっきり嫌そうな顔をするひなたと本当にするのかと戸惑う大石の手を引っつかんで、俺は強引に手を結びつけた。

「照れくさい…」
「お前ら二人のあの日常のしらこい会話の方がむずむずするわ」
「そういや乾先輩にもどういう間柄だとか聞かれたことありました」
「不二からもたまに勘ぐるような視線感じるしなあ…」
「お前ら二人してお騒がせなんだよ、全く」

これは貸しだからなと俺が頬を膨らませると、緊張がほぐれたのかようやく二人に表情が戻る。可愛いキャラまで使いこなす俺ほんと天才、役者になれるわ。にしても、と俺は再び二人へと視線を走らせる。独特の空気感というのか、俺のよく知る二人は、二人だと本当に知らない人のように見えた。大石は俺の相方なのに。ひなたは…俺が気にかけてきてやったのに。

「でもわたしさっきのことは許してないから!わたしが帽子とってあげたから泣き止んだのに」
「俺が肩車してだろ。そんなこと根に持ってたのかお前は」
「そんなことじゃない!老化進んでんじゃないの大石パイセン」
「パイセン言うなチビっ子」
「はいはいはいそこまでなー」

ほんと知らない人みたいだよ、こんなガキくせー言い合いおっ始めるなんてさ。いつの間にかこの言い合いの仲介までさせられていた俺の胸に少しのもやもやを残し、軽井沢の夜は更けていく。


(20160609 執筆)
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