先生、好き。俺は先生の事が、大好き。愛してる。ねえ、シズちゃん。好きだよ、好き。大好き。愛してる。世界で一番、愛してる。

陽だまりに浮かぶこの部屋の隅から、綺麗に染まった金髪がキラキラ、と輝く整った顔を見つめながら、心の中で何度も、何度も、何度も呟く。まるで呪いか呪文、みたいに。彼に伝わりますようになんて、願いながら。馬鹿みたいでしょ?自分でも分かってる。でもこれがさ、結構効果あるんだよね。何しろ、シズちゃんはエスパーだ。俺も最近気付いた事なんだけど、シズちゃんは俺の心の中が読める。俺がこうして、何度も、好きだ好きだ、と念じていると、決まって彼は、此方を向いて…。ほら。なんだよって、少しだけ不機嫌そうに眉を顰めて、白衣から伸びるあのおっきい手で俺の髪を撫でてくれるんだ。
「…んー、…ふふ、シズちゃんのこと考えてたんだよ?」
ふふ、ともう一度だけ笑って目を細めながら、シズちゃんを見上げる。すると、シズちゃんって呼ぶな、とだけ呟いて、彼の耳が赤くなった。そんなところも堪らなく可愛いな、なんて思いながら、乱雑に置かれた絆創膏やガーゼ。それから使いかけの消毒液を手を伸ばす。絆創膏一枚とぐしゃぐしゃになったガーゼは果たして清潔なのか甚だ疑問では在ったが、口元に浮かぶ傷と血液をどうにかするには十分過ぎる程の其れを握り締めた。だが、消毒液を取る指先は、其れを握る前に、シズちゃんの掌に包まれる。なに?そんな声を出す、と丁度同じくらい。勝手にやんな、と伸びてきた長い指先がガーゼと絆創膏を取り上げて、くい、と俺の顎を引き寄せた。よく飽きずにこんな傷作ってくるな、お前は。などとシズちゃんは吐き捨てながら半ば呆れたように、俺の口元の傷を指先がなぞる。その瞬間、ビリリ、とけたたましく走る痛みに、ぴっと、背筋を伸ばすと、彼は少しだけ笑って、先程までとは少し違う優しい声色で、再び俺に質問を繰り返した。
「今日は。どの女だ。A組か?B組か?そういや、C組のなんとかっつーヤツがてめえの話してたけど、あいつか。あの胸がやたらでけえヤツ」
「…ふはは、ぶっぶー、全部ハズレ、今日はE組の子。シズちゃ、じゃなくて、先生が知らない人だよ、残念でした」
俺がそう言うと、そうかよ、とシズちゃんは一言呟いて、顔色一つ変える事無く、消毒液を大量に染み込ませたガーゼを容赦なく傷口に押し当てた。びくり、と飛び上がる身体を隠す事無く、シズちゃんの腕にしがみ付くように爪を立て、唇を噛む。ぐちゅり、とガーゼから滴った、消毒液が顎を伝う感覚が、ひやり、と気持ちよくて、俺はそれ以上何も言わずに、そっと目を閉じて、其れが終わるのを待った。こうしてると思い出す。シズちゃんに初めて出会った時もこんな風に、彼に傷の手当てをしてもらったっけ。あの日はそう、入学式当日で。俺は相変わらず女子絡みで喧嘩吹っ掛けられ、ものの見事に大量の不良相手にボコボコにされて。それで、傷付いた俺を猫を拾うみたいに拾ってくれたのが、シズちゃんだった。あれからもう2年も経つのか。早い物だ。あの時はこんな傷じゃ済まなかったし、シズちゃんは保険医と言う仕事をまともに行う為に、俺を拾ったに過ぎないだろうけど。考えてみれば、俺はあの時、シズちゃんに一目惚れしたんだろうな。だから、こうして、傷を作っては彼の元に会いに来る。こうして、彼が塞いでくれた傷をもう一度、彼に少しでも好意を寄せる女に抉られて、俺は悲劇のヒロインを演じる口実を作るんだ。
浅はか?そんな事知ってるよ。俺は最初から浅はかで醜かった。欲しい物は全部手に入れてきたんだもん。その為の容姿だと思って有り難く使ってきた結果が、こんな中身に繋がってしまった訳だしね。俺は誰よりも俺の事を知ってる。だからこそ、上手く使えてきたんだ。
それなのに、それなのにね、シズちゃん。何でか分からないけど、俺は君の前では上手く自分を使えない。今まで、どんな女でも、どんな男でも、この容姿と唇と言葉を使って手にしてきたのに、君にだけは通用しなくて。そして、使いたくないと思ってる。俺は、君には、シズちゃんだけには、本当の俺を見て欲しいと思ってる。こんなにも、汚い俺なのに。ねえ、せんせえ?先生?俺はあんたに愛されたいよ。…なんて、ね。俺が言っても信じてもらえないのは最初分かってるし。
それに、今の関係を崩すような、そんな勇気、俺には毛頭無い。
「……おら、終わった。」
大袈裟なほどに、貼られた絆創膏が彼の指先でなぞられたのを最後に、閉じていた目蓋を上げる。目の前には相変わらず綺麗に染められた金色の猫毛がさらさらと揺れていて、思わず、指先を伸ばした。きれい。たった一言だけ呟いて、夕日とのコントラスト鮮やかな毛先を撫で、弄ぶように指先で弄る。吸い付くように指先に絡む其れに見蕩れながら、意外と白く木目細かい肌に指先を滑らせた。こうして触れるのは初めてではない。けれど、いつも、止めろとか触るなとか、いとも簡単に俺の指先は払い除けられてしまう。きっと、今日も同じだろう。しかし、その時が来るまで、せめて、俺の指先が払い除けられる時まで、彼の肌の感触や体温をこの指先で、記憶したいと思った。
肉の無い頬っぺたから、ぱさぱさと、案外長い睫毛を掠めて目蓋を指先でなぞる。そのまま高い鼻筋から柔らかな唇に触れる寸前。いつもならばこの辺で止めてくるのに、シズちゃんは一向に俺の指先を止めなくて。俺は少しだけ調子に乗って、ふにふに、と弾力を楽しむように指先で唇を突付いた。薄くも無くも厚くも無いその感触を覚えるように、淵をなぞり唇の形状を確かめる。
キスしたら気持ちいいだろうな、とか吸い付いたらどんな色に変わるのかな、とか。その唇に隠れた舌先はどれくらい熱くて、どんな風に俺を食い尽くすのかな、とか。表情とか感触とか。指先から感じる温もりだけに神経を尖らせて妄想に妄想を重ねていく。だが、妄想でしか無いとは自覚してるはずなのに、熱くなり始めた身体が警告を慣らすように背筋を震わせた。触れたい。キスがしたい。シズちゃんと、先生と、キスが。ほんの一瞬、そう思っただけで、押し寄せるように欲望の波が俺を取り込もうとする。これはやばい…。これ以上は後戻りが出来なくなりそうで、柔らかい唇に触れた指先を名残惜しみつつ、ゆっくりと離した。










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