"それは突然、けれど必然"のシリーズ




イルミネーションの施されたビルを見上げながら、ふと、駅前で空を見上げる。この時期で無くとも何時も一人の俺としてはこのイベントに然程興味はないのだが、こうも煽られると多少なりとも気になってしまうのが人間の性と言う物ではないだろうか。色とりどりに飾り付けられ、鬱陶しそうに枝を撓らせるツリーだとか、プレゼント商戦に勝つために呼び込みの激しい大手デパートだとか、見てるだけで胸焼けを起してしまいそうなほどケーキが並べられたスイーツ店だとか。何時も以上に賑わいを見せる町並みがふらり、と俺を徘徊させている。時刻はもう夕方を過ぎ、夜を迎えていて、すれ違う人間達は殆どカップルだと言うのに。俺といえば、一人。では無く、何故かこの子供と一緒であった。
「……いざや、…つかれた、かえりたい」
幼い声が喧騒の中に、ぽつり、と吐き出され、言葉はそっと俺の耳元を掠り、鼓膜を揺らす。そして、力強く握られた指先が小さな掌に、くいくい、と引かれると、小さく溜息を吐き出して、小さな小さな彼を見下ろした。平和島静雄。もう二ヶ月も前から内に住み着いている子供である。(ある意味、俺は妖精か幽霊ではないかと思っているのだが正体は未だ不明)普段は我儘一つ言わない子供ではあるが、はやり、たまにこういうところがある。疲れたとか、帰りたいとか、子供特有の甘えるような声。これがもし平和島静雄ではなく、妹達で在れば、俺だって、無視を決め込む事だって出来るのだが。何故か俺はこの"平和島静雄"には弱いようなのだ。はあ、と再び息を吐き出して、眉間に皺を寄せると、よいしょ、としゃがみ込む。同じ高さになった視線をそっと合わせて、冷たく赤に染まった指先を包むように握ってやると、シズちゃんはもう一度、帰りたい、と唇を尖らせた。だから付いて来なきゃよかったのに。俺が例のように命を狙われて以来、シズちゃんは俺に以上について回るようになった。これを別名、過保護と言うのだろうが。むしろ俺が君を過保護にしてやるべきところだと思う。まあ、俺の場合は監禁なんて危ない域に行ってしまいそうな事くらいは一応自負はしているのだが、今の彼はそんな俺に負けずとも劣らない勢いであった。最近では、俺が起きる前に彼は起きていて、俺を見張るように、ベッドから出るのを見届ける。あの身体でたまにコーヒーを淹れたり、朝ごはんもヘタクソながら作ってくれたりもする。この小さな身体の何処に、そんな力があるのだろう。まだまだ、俺の知らない秘められた力が眠っているのは確かだが、その力が俺の為に使われるとは思っても見なかった。それも俺がどんな人間であるのかも知りもしないで。
「…なあ、いざや、…かえる、」
そんな俺の思考回路を遮るように、彼はひやり、と冷えた小さな掌で俺の頬を撫でる。さすさす、と温かさを分け合うように擦られた頬が皮膚が擦れ合う音を奏でると、その指先を握って、立ち上がった。本来ならば、だから来なきゃ良かったのに、とか、一人で帰れるでしょ、とかなんて皮肉交じりに笑って見せるべきところなのだろうが。今日はその気も湧かないので、そうだね、とシズちゃんの頭を撫でて、イルミネーションの光る町並みを歩き出す。た、た、と俺が買ってあげた子供用の靴が地面を蹴り出す音と一緒に、嬉しそうな鼻声が聞こえて、俺の心も何故だか弾んだ。
目まぐるしく変わっていく電光やLEDの光で浮かれてるのかも知れない。だから、この幼い掌を握る力も強くなる。と、そういう事にして置きながら、俺は足早に駅へと急いだ。愛すべき人間が多くなるこの時期、この場所であの化け物と会うなんて事はそうそう無いだろうが、万が一に備えておかなければならない。何しろあの男は化け物だしね。こんなささやかな幸せを邪魔されてたまるか、と俺は幼い彼の歩幅をも計算しながらも、近くなった駅に一目散に逃げ込んだ。人ごみの中、はぐれないように握られた掌を確認して、僅かに振り返る。懸命に付いてこようとしている、彼の姿を見て、又しても可愛いな、なんて思いながらホームに繋がる階段を駆け上がって、我が家へと続く電車を待った。隣や向かい側のホームに電車が入る度に地響きのように揺れるコンクリート。その振動を肌で感じながら、目の前に並ぶ広告のパレードに視線を移すと、ぼすっ、と小さな衝撃が伝わって。見ればシズちゃんが俺の腰にしがみ付いていた。
「…シズちゃん、何、どうしたの?眠くなったの?」
ぐぐぐ、と強く顔を押し付けてくる彼の吐息が布越しにじんわりと伝わり、何だがむず痒い。ふふ、と小さく笑いを漏らし、茶色掛かった柔らかな猫毛を指先に通して、優しく問い掛けると、シズちゃんは顔を上げて、いざや、と眉間に皺を寄せた。どうしたの、ほんとに。急にそんな顔しないでよ。調子狂うじゃん。なんて茶化そうとも思ったけど、その言葉は咽喉に痞えて出てくる事は無く、ゆっくり、と消えていった。
「…ほんとどうしたの、シズちゃん、言わないと俺わかんないよ?ねえ?」
促すように、よしよし、と頭を撫でてやる。けれど、シズちゃんはもたもたと、唇を開いては閉じて、口篭らせると、再び俺のコートに顔を埋めた。もどかしい。けれど可愛い。普段感じる事の無いその感情に、俺も戸惑ってはいるのだが、寧ろ心地よいと言うか、愛しいとはこの事なのかと、のんびりと、思う。この年頃の子供は全員こういう気持ちにさせてくれるのかと聞けば答えは絶対にノーである。(妹達でこんな気持ちになった試しもないし)しかしシズちゃんは特別のようだ。こんな風に心地よく心の中を乱された事は今までも、きっとこれから先もないのだろう、と思った。
まったくもう、なんてわざと呆れたような声を上げて、小さい割には重量感のある彼の体を抱き上げる。俺は馬鹿力の化け物じゃないから、新宿までが限界だろうが。4駅位は腕の痛みを我慢してやろう、と声を上げようとする彼の頭を肩に押し付けて、五分ぶりに来た電車に乗り込んだ。その様子はまるで誘拐だ。けれど、シズちゃんも暴れないのでよし、としよう。そして、帰ったら、彼がもう嫌だ、と口から砂糖を出すくらい甘やかして、甘やかして、甘やかしまくって、今日という特別なこの日を祝ってやろう。そう思った。この世には存在しない、サンタクロースなんて言う子供の幻想が作り出した年寄りの変わりに。俺が君のささやかな願いを叶えてあげよう、なんてね。
やっぱり、俺は神の子より最高の人間である。

Merry Christmas for lovers!






美しく、シャンパン










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