「…………上等じゃないか。」

君が死になよ。まるで会話するようにその言葉と一緒に、いちから数えた数が、じゅう、と終えた。それと同時に、俺は吹っ切れたように向けられた銃口が今何処を向いているのかなんて事さえも、(普段なら在り得ないが)考える事無くナイフで勢いよく空を切る。ひゅ、と鼓膜を揺する高い音が俺の耳元にも届いた。だが、その音色が耳に余韻を残す、0,1秒前に、盛大にぶっ飛んできた道路標識が顔を掠め、地面へと落下する轟音で掻き消される。思わず、は、と吐息混じりに声が漏れた。地面を抉るように突き刺さる道路標識。それは普通の人間が出来るような事ではない。もし、こんな行為が出来るのだとすれば、映画なんかに出てくる人間を超越した妖怪や、化け物だ。あれだって、現代のテクノロジーを駆使して作り出される幻に過ぎないって言うのに。今正に目の前で起こっているこれは、真実でしかないのだ。そうとなれば、こんな事出来る人間なんて、俺の知っている限り(残念な事だが)僅かしか居ない。そして、俺を助けるような行為をするとする人間が居るのだとすれば。俺の脳裏に浮かぶ人間は一人しか残っていなかった。確実に、俺を殺そうとする目の前の男を狙っている標識。それも、手加減なんて知りませんと言ったように、本気で串刺しにする勢いであった。多分これは…、なんて、思うその前に、もう一本、車両通行止めの道路標識が傍若無人に星が瞬く空を舞って、俺は顔を歪めながら、後ろを振り返る。ぽつり。路地の角に一本だけ置かれた街頭の下に佇む、一人の少年。見覚えのあるその姿に、俺は、ぽろり、とその名前を漏らした。
「、シズ、ちゃん…」
何でこんなところに居るの。まるで母親が子供を説教するみたいに、零れそうになった言葉を遮るように、シズちゃんは、臨也に触るな、と叫び、走り来る。何それ、俺に触るなとか。凄い恥ずかしい台詞なんだけど。何処か、他人事のようにそんな事を思いながら、お構い無しに標識を振り回し、俺よりもよっぽど効率よく男達を薙ぎ倒していく、彼の様子を気が抜けたように唖然と眺める。彼の登場によって目まぐるしく変わっていく風景。一人、二人、三人、と止まれの標識にぶち当たる男が、俺の目の前に横たわり、最後の一人が地面にキスするように気絶すると、途端に、彼はスイッチが切れたように、標識を投げ捨てた。俺を目掛けて駆け出す(もはやタックルに近い)一回り小さな身体を受け止めるように抱き締めてやると、その身体は少しだけ震えている。そんなに怖かったのか。いや、そりゃあ、怖い、よな。俺だってさすがにこの歳で、しかも丸腰で拳銃に向かっていったことは無い。そう思えば当然かと、抱き締めた身体をよしよし、と撫でてやると幼い彼は俺の腹に顔を押し付けた。かわいい。くすくすと笑いながら、茶色い髪に指を通して、シズちゃん、と呼ぶ。なるべく、優しく、あやすみたいな声色で。幼い子供なんてあやした事もないし(言い包めて嗾けた事はあっても)これからも子供なんて欲しいとは思わないから、この対応がこれで正解なのか甚だ疑問ではあるが。俺は抱き締めたまま、負傷した足を地面に付けて、シズちゃんの身長に合わせるように跪く。それから、もう一度シズちゃん、と呼び、冷たくなった彼の頬を掌で包んで、顎を掬った。じっと見つめる瞳が少しだけ潤む。ああ、やっぱ可愛いな、なんて思うのはきっと、出血し過ぎた所為だ。
「…シズちゃん、何で来たの。待っててって言ったのに。君が怪我しても、俺は面倒見切れないよ?」
「………ごめ、ん。でも、おれ、いざやを守りたくて、いざやがしぬかと思ったら、」
怖かったんだ。小さく呟かれた声は暗闇で少しだけ震えて消えていき、小さな身体は俺にしがみ付くように抱きつく。あんな化け物みたいな力を持ってるくせに。彼は俺が死ぬのが怖かったと言う。自分が死ぬのではなく。こんな事って在り得るのだろうかか。俺は自分の命を投げ出せるような事は出来ないってのに、俺よりも幼い彼はそれを意図も簡単にやって退ける。これは、彼だから出来る事なのか。それとも、これは君が、彼だから?ねえ、シズちゃん、君は本当に、彼じゃ。
其処まで思ったところで、考えるのをやめた。幾ら考えても答えなんて出ないことは分かってる。それ以前に、答えなんてものは、きっと存在しないのだ。幼い平和島静雄は今此処で、俺の腕の中に存在している。これが紛れもない事実で願ったって消える物でもないのだから。そんな事よりも、今の俺にはしなければいけない事がある。俺を守るなんて、馬鹿げた事をしようとする、まだ幾分にも満たない幼い彼を抱き締めてあげる、という重大な仕事がね。
「…ごめんね、シズちゃん。ありがとう。」
くしゃり、髪を撫でて、抱きすくめた身体を、よいしょ、と持ち上げる。その拍子に痛む足はぎしり、と悲鳴を上げるように血液で濡れていたが、何とかなりそうだ。誰かさんのおかげで、身体は痛みに強くなっているようだし。帰ったら新羅にでも電話しておこう。僅かにぼやける頭の片隅でそんな事を考えながら、黙って抱かれているシズちゃんに、帰ろっか、と声を掛けた。小さく小さく、頷く、彼。そんな彼に、俺はふふ、と小さく笑みを零し、そこ等辺に転がっている人間を踏みつけながら、暗闇に飲み込まれた路地を後にした。

帰り道。俺の胸で眠ったシズちゃんの背中を撫でながら、ふ、と思う。あの時。死ぬかも知れないな、と思った時。浮かんだシズちゃんの顔は、どちらだっただろう、と。俺の腕に抱かれているこの、"平和島静雄"か。それとも、俺と命を奪い合うあの"平和島静雄"か。考えては見たけれど、やっぱり答えは出ない。それは最早、自己暗示にも似ていた。






それは突然、けれど必然










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