御伽噺など、この世にはない。俺は今でもそう思っている。それが俺の身に実際に起こったとしても、多分、信じない。だけど、口では説明できない事と、御伽噺とはまた別の話である。例えば、シズちゃんが馬鹿力の化け物であるとか、サイモンがシズちゃんと同じくらいの馬鹿力であるとか。うちの妹達がそれと同じくらい化け物であるとか。数え切れない程の説明しきれない事は幾らでもこの世に存在する。だから、コレも、きっと、その分類に入るのではないか。俺は、そう考えていた。

「いざや、仕事行くのか?」
俺のコートの裾を引く先に振り返ると。目の前には、"平和島静雄"が居た。
ある日、その人間は忽然と、前触れもなく俺の前に姿を現した彼の名前は平和島静雄。誰かさんと同じ名前だという事は嫌でも分かるが、俺の目の前に居る彼は俺の知っている彼の名前だけであって、容姿は全く持って違う物である。俺より、30センチほど低い身長。茶色い髪に、整った顔。何処か見覚えの在る目つきの悪い瞳、少しばかり高い声。母親から聞いたことはないので、俺の弟ではない事は確かだろうが、(それにこれ以上厄介な家族は必要ないし、シズちゃんと同じ名前の弟なんてごめんだ)言うなれば、幼い時のシズ、ちゃん?っぽいな、と思う。(思っただけで他に意図は無い)シズちゃんの小さい時なんて見たこともないし、興味もないけれど。それでも、やっぱり何処か彼に似ているような気がしたのは俺の気のせいでだろう。(そう思いたい)まあ、現実、在り得ないし、あってたまるか、という感じではあるが。何故だか興味が湧いた。こんな子供に、平和島静雄と名乗るこの人間の企む真意や目的を知る為に、少しだけこの可愛げのある嘘に付き合ってやろうと、そう思ったのだった。
其れが彼、"平和島静雄"との出会い。そうして、今彼は俺の家に住み着いている。あれから、二週間経った。早いのか遅いのか、俺には判断し兼ねるが、拾ってきてからまあ、何とかやっている。と言うか二週間なんて時間俺にとって得るものなどそんなにない。プリンが好きだとか、あの平和島静雄と似て驚異的で馬鹿みたいな力があるだとか。強いて言うならあの平和島静雄と同じだった。違うところと言えば、風呂は一人で入れないとか、寝る時も俺のベッドに入り込んでくるだとか。そんな物である。其れを知った事によって俺に害も無ければ利もないのだが。益々こいつの考えている企みや目的は分からなくなった。(もうこの二週間でどうでもよくなって来てはいるが)帰る気配も無いし、彼は帰る場所も分からないと言うし。別に邪魔になったらどこかに捨ててくればいい話だし、今のところ手間の掛かるように人間では無さそうなので、置いておく事にはしているが、この時ばかりはいつも困ってしまう。毎回毎回引き止められても見ろ。俺にだって綿密に組まれた予定ってものがあるのだ。しかし、この二週間、その予定は狂いっ放しだ。主にこの幼い"平和島静雄"の所為で。
「いくなよ、また怪我する」
また、このガキはませた事を言う。此処最近ちょっと厄介なヤの付く商売の奴に目を付けられて、怪我して帰った事が原因ではあるのだが、掠り傷程度でしかないのに。この幼い"平和島静雄"は母親みたいな事を言いながら、俺を毎回のように引き止めた。もう一週間連続だ。俺は、はあ、と小さく溜息を吐き出して、コートのシャツを引く小さな、小さな掌を解くように両手で握ってやる。見上げる瞳と視線を合わせるように、よいしょ、と腰を屈めてしゃがみ込み、あのね、とあやすように言葉を続けた。もう何度目かも分からない、この言葉。いい子にして待ってて、と。
これが効果覿面。とは、簡単に行かないもので、彼は嫌だと首を振って俺を睨む。凄みは無いが、何故だか、胸がきゅ、とした。あー、これが母性ってもんなのか(男には無いが)なんて思いながら、さらさらと猫っ毛な髪を指先に絡めて、よしよし、と撫でる。言葉がダメなら物で釣る。この二週間で覚えた俺の最強の技であるのだが、これがまたここ3日くらいは効き目が薄れてきたが、やらないよりはマシだった。プリンだとか、オムライスだとかハンバーグだとか。大体食べ物で釣ったがネタを使い果たした俺は、別の物で釣ってみる。其れが俺自身だ。まあ、嫌われている気はしないし、使えるか分からないが、目の前の彼の小ぶりな頭を引き寄せてぴとり、と額をくっつける。それから、す、と小さく息を吐いて、俺を睨む瞳をそっと、見つめた。
「今日は早く帰ってくるから。ね、2時間。2時間だけ、あとは君に全部、俺の時間あげるからさ、いい子にしててよ。」
ね、シズちゃん。まるで、別の影にでも告げるような声で幼い彼に、そう告げて、そっと離れる。すると、コートを握った掌が、ずるり、と俺の傍を離れて、わかった、と彼は頷いた。思わず、ああ可愛い、などと思ってしまう。と同時に俺にもそういう感性が在るのだと、驚いたが、これで、やっと仕事にいける、とポケットに入った携帯を取り出した。何件かの着信がある。やべ、と小さく吐き出して、小さな身体からゆっくりと離れると、幼い平和島静雄は、もう一度俺にべったりとくっついて、怪我するなよ、と言った。
「ふふ、分かってるよ、シズちゃん。」
行ってきます。ぐしゃぐしゃと彼の髪を撫でながら、俺はそう言うと、ドアの前で立ち尽くす彼に手を振ってマンションを後にした。くすぐったいような、嬉しいような、そんな気持ちを隠して、浮かれる足取りのまま。

これだからきっと俺は気付かなかったのだろう。自分に刻一刻と迫る危険に。逆に言えば、彼はもはやこの時に気付いていたのかも知れない。だからこそ、あんなに必死になって俺を…なんて、考えてももう手遅れ。二時間とちょっと前の幸せな俺はもう、居ない。










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