今日は大分長引いた。往生際の悪い奴が三人連続だなんて。本当に運が悪いとし言い様が無い。あいつと約束した時間からもう三時間は優に越えてやがるし。最悪だ。八つ当たりがてらに持ち上げた自販機を、本日の回収、最後の男の顔をすれすれに投げてやる。背後から、あんまやり過ぎんなよ、とトムさんの優しい声色がしたが、俺だって一応用ってもんがあるんだよ。其れを潰されて黙ってろなんて、虫が良過ぎんだろ?やっぱり、てめえらも大人だしな、ケジメってもんは付けねえと。とりあえず、トムさんには、うす、と返事をしておいた。が、一発殴らずには居られなくて、大分弱い力ででそいつの顔面を殴って有り金を全て回収する。俺の拳をまともに喰らって気を持ってられる人間なんざ、そうは居ない。まともであればの話だが、例外も居ることを覚えていて欲しい。例えばあいつとかな。まあ、そんな事はどうでもいい。案の定、俺の予想通りに気を失って脱力した目の前の人間をその辺に放り投げる。今日はもうこれで終わりだ。俺も暇じゃねえからな。そう思って攫った金を持って、歩き出すトムさんの背中を追い掛ける。胸ポケットの煙草を一本取り出して唇に咥え、ライターを出すついでに、尻のポケットで3回ほど震えていた携帯を取った。開けば、着信が一回とメールが二件、来ている。折原臨也。全てに表示されるその名前に、ぎゅ、と眉間に皺を寄せ、メールの内容を確認した。件名は無い。本文にも数文字書かれているだけで、終わっていて。"お腹空いた。"なんて分かりやすくて、短簡的な文章なのだろう、と思う。だが、こいつがこう言う文章を送ってくる時は相当やばい時だと、俺だけが知っていた。その上着信には留守電すら残っていない。やべえな、と内心焦りながら、前を歩くトムさんに声を掛けようと、唇を開く。寸前、静雄、と呼ばれて、驚いた。
「もう、今日は帰っていいぞ。俺は事務所寄って帰っから。」
俺の返事を待たずしてトムさんは、じゃあな、と手を振って、俺の前から消えていく。本当に、トムさんはエスパーかなんかじゃないなのか、と本気で思う。いつも俺があいつの事を考えてる時に限って、こうして、俺が一番欲しい言葉をくれると言うか。ほんと、トムさんってすげえよ。まじ、一生付いていく。(何度目かは分からないが)俺はそう心に決めて、人ごみに紛れていくトムさんの背中に、ありがとうございます、と頭を下げて、事務所とは真逆の駅に歩き出した。その間にも短くなる煙草。そのスピードは逸る俺の気持ちと足取りのようで、思わず、地面に吐き捨てて揉み消す。早くなんて、思ってねえ、これっぽっちも思ってねえからな。などと、言い訳を繰り返しながら、俺はとうとう、地面を蹴り出す足に力を込めて、あいつの待つ新宿を目指した。
教えられてるパスワードなんてもんは一回も役に立った覚えが無い。入口もぶっ壊した方がはえーし。エントランス抜けて、あいつの部屋に入る時、どっちしたってドアぶっ壊さねえと入れねえし。一個壊しても二個壊してもどっちだって、一緒だろ。そう思って、今日も全部ぶっ壊して、俺はこの部屋に来ていた。毎日来てんのに毎日必ずと言って良いほど直ってるなんてあいつも律儀なもんだと思う。まあ、毎日壊してる訳じゃねえけどな。あいつが玄関に出て来れる時は壊さずに入れる。だが、今日みたいにインターホン押しても出ねえ時だけ、こうしてぶっ壊して入るのだ。
「入るぞ、臨也」
引き千切ったチェーンを床に落として、一声掛けた声に反応は無い。ただ奥の部屋には明かりが付いていて人の気配だけは在った。あー、やべえな。そう心中で呟いて、脱ぎ捨てた靴を揃えること無く、中へと上がり込む。背後で静かにぱたり、と閉まるドアの音を耳にしながら、光の漏れるリビングのドアをがちゃり、と開けると、まず最初に目の前に飛び込んで来たのは部屋の真ん中に寝そべったあいつの姿がだった。テレビが付けっ放しにしてある。映し出される映像は胡散臭い夜中の通販番組で、俺は其れに目もくれる事無く、臨也の前に頭上にしゃがみ込んで、おい、と声を掛けた。ぴくり、とも動かない身体。閉じられた目蓋や頬に掛かる髪を、そっと伸ばした指先で避けて、頬を撫でるとひやり、とした体温が伝わる。ほんとに、死んだか?なんて思いながらもう一度、声を掛けてぺちり、と青白い透き通った肌を叩くと、唸り声と一緒に目蓋が震えた。ゆっくり、と持ち上がった目蓋から見える赤茶けた瞳に俺の姿が映り、シズちゃん遅いよ、と何処か気の抜けるような声で臨也が笑う。その声に気が抜けるようにはあ、と溜息を吐き出して、冷たくなった頬を撫でてやれば、擦り寄ってくる臨也が何処か可愛らしく見えた。
俺も腹減って頭可笑しくなったか。そうじゃなければきっとこいつの魔力やられたんだな。だって、こいつは。其処まで思って、あ、と思い出したように臨也を抱き寄せる。身体を起して、腕で引き寄せた細い身体を自分の身体に密着させた。軽…。俺が焦ってもしょうがないのだが、ぶわり、と冷や汗が一気に噴き出る。今までこんな軽かった事なんてあったか?いや、ねえな。絶対ねえ。ていうかよお、こうなる前にもっと電話なりメールなりで催促しろっつーの。合計三回とか。てめえ、自分の置かれてる状況分かってんのかよ。下手したらまじで、死ぬんだぞ。まじで死にてえのかよ。と説教したかったが、口には出さずに我慢した。俺もこいつに出会ってから人間っぽくなったって事か。ていうかこいつに比べたら俺は正常な人間だ。何しろこいつはそもそも人間ではない、生き物だからな。拾ってきたときからこいつはこうだった。こいつは人間の食う物は食わない。白飯もパンも。あの牛乳ですら口にすらしない。(その癖料理はうめえんだけどな)食う物と言えば、たった一つだけ。血液。それも生きた人間の血じゃないと生きていけないらしい。最初は俺だって信じてなかった。信じる方がバカだろ?しかも、こんな胡散くせえ野郎言われたら尚更。でもまあ、実際信じざるを得ない出来事もいろいろ在ったからな、今はこうやって俺がこいつの餌担当してる訳だが。正直もう、こいつが何者だとか、どうでもよくなった。
「おい、臨也寝んな。早く飲め。死ぬぞ」
べちり、と再び頬を叩くと、臨也は鼻先を俺の首筋に押し付ける。くんくん、と鼻を鳴らしてから、べろり、と舌先で浮き出た血管を舐め上げ、いただきます、と言う声と一緒にぐずり、と鋭利な其れが皮膚を抉るのが分かった。痛みは感じない。この身体で無ければ死ぬほどいてえらしい、とこいつから聞いたがどうでもいい。寧ろ、こいつの唇が当たる感覚は性的な物を感じてそっちのが俺にとっては耐え難い物だった。きゅいきゅい、と吸い上げられる感覚から意識を逸らすように、細い腰を撫でて面白くも無いテレビに視線を移す。ん、と唸る声が耳を撫で、痺れ始める腰を誤魔化すように昔臨也が言ってた事を必死に思い出してみた。こいつが言うには美味い血の匂いってのがあるらしい。んで、俺の血がすごく美味い、らしい。全部こいつが言ってる事だから俺は実際に飲んだ訳ではねえし、飲みたいとも思わないが、本当に美味そうに飲みやがるから何も言えない。つーかよお。最近は、むしろ俺はこいつの血が飲んでみたい、と思うようになった。もしかしたら俺も吸血鬼になってきてたりしてな。よくテレビでやってんのあんだろ。吸血鬼に血吸われたら自分も吸血鬼になるヤツ。俺もそう言うのになるんじゃないか、と考えたところで、ぷは、と息を吐き出す声に俺の意識は戻った。ぐったり、として、靠れ掛かって来る臨也の身体を抱き直して、唇に付いた俺の赤を指先で拭ってやる。んん、と唸って嫌がる姿はガキみてえだな、とか普通の人間なら死んでんじゃねえかって位飲まれたんじゃねえか、とか思ったが、口にするのも億劫になって止めた。美味かったか、と黒い髪を撫でて、むに、と両手で頬っぺたを摘む。うん、と素直に頷かれるとどれだけ飲まれたかとか、んな事どうでも良くなってしまうから俺も単純な野郎だと心底思った。それでも、きっとこれはこいつを拾ってきた時から、俺に定められた運命なのだと、思う事にした。こいつと、一生、生きてくために、必要な事だと、そう思う事にな。
だからよ、臨也。いつか、俺もてめえみたいにしてくれよ。一生の命なんて別に俺はいらねえけど。一生生きてかなくちゃいけねえ、てめえの隣に俺が居れるように。いつかてめえみたいに、俺もてめえの血を飲めるようにしてくれよ。

「…、なあ、臨也、(永遠の約束を俺に、)」






然もなくば呼吸を止めよ










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