其れは、愛の囁きで在った。

「ほんとにさ、君、死んでくれたらいいのにね、」
ナイフ刺さんないんじゃ意味ないよなあ。などと一人ごちながら臨也は口元に綺麗なカーブを浮かべて、俺に跨ると腰の辺りにケツを擦り付けた。こいつのこう言うとこが淫乱だとかビッチだとか、そういう言葉に繋がるのだろう。まあ、分かってやってるか、それとも無意識なのか。そんなもの俺にとって全く持って関係ない事なのだが。とりあえず、こいつは何時でも美しく、綺麗だと思う。惚れた弱みと言うヤツは恐ろしい物なのだ。いつどんな時でも、こいつの事が好きで、好きで、愛しくて、堪らなくなる。そう、例え、こいつが俺の上に跨っていようが、枕元に突き刺さったナイフがあろうが、この折原臨也と言う男の前ではその衝動は抑えられない物に変わってしまうのだ。
布通しが擦れ合う音が狭苦しい部屋に妖しく響き渡り、俺は咥内に溜まった唾液を咽喉に飲み下した。ぼんやり、と臨也の顔を見上げた臨也の顔が、切れ掛けた電球の逆光で翳っていたが、綺麗だ、と素直に思う。黒く光る髪に反射する光は少し赤っぽく見えたり、シャープな顎先は陰影でより、強調されたり、いつもの臨也とは艶かしさが、違っている。眉目秀麗と、臨也自身は比喩するがこいつは、正にその通りの容姿だった。同時に、また枕買い替えないといけねえな、なんて場違いな事を思う。それも直ぐに臨也によってどうでも良くなってしまうのだが、金の計算をしながら、すりすり、の布切れの擦れる音を立てる臨也の太腿をゆっくり、と撫でた。濡れて光る舌が、真っ赤な唇を潤すように、俺の目の前を這い回る。その姿に目を細めながら、太腿から尻に掛けて通るジーンズの縫い目を指先で撫で、到達したベルトに指を掛けた。引き千切る事など簡単だ。だが、それでは官能さに掛けてしまう。出来れば、臨也が自ら脱ぐ姿をこの目に収めたい、と思った。臨也が知れば変態など何だの罵られるだろうが、其れですら今の俺にとっては全身の痺れに変わる。臨也の存在とはとんだ媚薬のような物だった。触れれば忽ち理性を失う。そして欲望に忠実になり、懇願せざるを得なくなる。そうだ、今の俺のように、恥じらいや羞恥心、意地なんて物を木っ端微塵に吹っ飛ばしてな。
「なあ、臨也、やりてえ。脱いでくれよ、…なあ、」
跨がられた身体を少しだけ起して、目の前の細い腰に腕を回して引き寄せる。ゆっくり、と上下に呼吸する腹に顔を埋め、赤茶色の瞳を見上げて、いいだろ、と強請ると臨也は、笑みを深めて、変態、と笑った。その瞬間、ぞくり、と走る快感にも似た其れに息を吐き出しながら、臨也、と囁く。しょうがないな、なんて、満更でも無さそうに臨也は笑みを零し、枕に突き刺さったナイフを引き抜いて、俺の首元に押し当てた。すると、気持ちよくしないと殺すからね?と静かな声と一緒に首元で結ばれた蝶ネクタイの紐がブチリ、と切られる。瞬間、ひらり、と取っ払われた窮屈な蝶ネクタイが臨也の手元から投げ捨てられ、ナイフは再び、金色の髪を掠めて布切れを引き裂き、枕元に突き刺さった。
ふふ、と笑い声が漏れる唇に指先を伸ばす。ふにふにと柔らかな感触の其れに触れると、皮膚が千切られるように、臨也の歯が俺の指先を噛んだ。じん、と僅かに痛む指先とダメでしょ、と咎める甘い言葉に再び痺れが訪れ、下半身に熱が溜まっていく。自ずと膨らみが増し、皺が多いパンツを押し上げる股間を臨也のケツに擦り付け、ジーンズに隠れた膝を撫でた。その度にくすくす、と漏れる笑い声は俺を嘲笑い、罵る。だが、其れも俺の快感を高める要素でしかない事をこの男は知っているのだろう、と思いながら、鼻歌を歌い始めた臨也のシャツを引っ張った。
「もう、ほんと、堪え性ないよね。君。化け物は性欲も化け物並って事か」
気色悪い。臨也は悪びれる様子もなく、俺にそう吐き捨てると、シャツを掴んだ掌を払い除けて、ゆっくり、とシャツを捲り上げる。シャツの隙間から、少しずつ露になっていく真っ白い肌に咥内に溜まった唾をごくり、飲み下した。骨と血管の浮いた首筋から、表情を浮き彫りに擦る鎖骨、薄っぺらい胸板とうっすらと表面に現れる腹筋へと視線を移し、未だに腰に巻き付く、ベルトに指を掛ける。ジーンズとベルトの間に突っ込んだ指にそっと、力を込めると革の其れが鈍く音を立て、臨也の腰を締め付けた。千切りたい、千切りたい、引き千切ってしまいたい。脳内に塗れていく欲望が理性を洗脳していく。まるで俺自身の意思を奪うように侵食して、俺は衝動のままに、ぶちり、とベルトを引き千切った。
「……あーあ、コレ高かったのに。悪い子だ、シズちゃんは、」
俺の掌に残る引き千切られたベルトを見ながら、臨也は笑みを零して、手を掛けたシャツをさらり、と脱ぎ捨てる。ばさり。音を立てたシャツが床に脱ぎ捨てられるのを目で追うと、臨也は俺の顎を指先で掬って、シズちゃん、と囁いた。そして、真っ赤な唇から見える舌で、俺の頬を舐め上げ、握ったままのナイフでシャツを、ゆっくりと切り裂いていく。ちくり、と皮膚に当たる鋭利な感覚に、高まっていく興奮が熱い息となって唇から漏れると、臨也は、あははと声を上げて笑った。変態だのスケベだの。もはや罵る言葉ではなく、俺の興奮を高めるだけの言葉を吐き出す唇を求めて、臨也の髪に触れる。さらさらと柔らかな其れを壊れ物に触れるように指先に絡め、臨也を引き寄せると、突き刺さったナイフがぐさり、と俺の皮膚を抉った。引き寄せれば引き寄せるだけ食い込んでいく其れ。だが、痛みを感じる事のない身体に、この時ばかりは感謝せざるを得なかった。化け物だと罵られようが、俺は臨也に触れれさえすれば其れでいい。其れが今出来ているのだから、俺にとってこれ以上、幸せな事はないのだ。
しかし、この身体を持ってしても、勝てない物が一つだけある。それが目の前に居る、この折原臨也という存在。俺にとって、神に等しく、逆らう事の出来ない臨也の言葉は絶対である。だから、命令されると、俺はただの犬でしかなかった。
「あー、だめだよ、キスしていいなんて言ってない。ベルト千切った罰。」
おしおきしないと、ね。
臨也はそうやって笑って、俺の胸にほんの少しだけ刺さったナイフを抜いた。同時に、手元から落ちる鋭い其れがばさり、と重量感のある音を立てる。滲む血液が、ぷくり、と皮膚に滲み上がり、表面張力の域を超えるとたらり、と肌を流れた。其れをなぞるように、臨也は皮膚に唇を付けて舐め取っていく。まるで、生き物の様に這い回る舌に、ぞくぞくと込み上げる感官が全身を揺らしたが、俺は自分自身をベッドに縫い付けるように、ぐしゃぐしゃになったシーツを握った。そのまま、俺の身体に乗り上げる臨也の細い身体を見上げる。未だ深い笑みを浮かべたままの臨也に、懇願するように名前を呟き、早くしてくれと強請って見せると、彼は嬉しそうに唇を歪め、そして、また、
「…君が死んでくれたらこれ以上の快感はないんだけどね、死んでくれないならしょうがないから、ラブドールくらいにはなってよ、ねえ、シズちゃん。」

俺に愛を囁くので在った。






ストロベリーヴァニラにさようなら










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -