何となく、校舎を見つめる横顔を見るのが好きだ、と思ってた。何となく、蝶のように瞬く長い睫毛に触れたい、と思ってた。何となく、あの減らず口を叩く唇にキスしたい、と思ってた。何となく、いつも傷だらけの細い身体を抱き締めたいと思ってた。何となく、何となく、何となく。全部、何となくと思ってたはずだった。それなのに、今や何となくどころか、全てが愛しくて堪らなくなって。あいつに、会うたび、あいつに、触れるたび、俺はあいつが好きになっていく。それはもう目くるめくような奇跡みたいにな。そしてまた、其れはふ、とした瞬間に突然のように訪れる。ほら、今だって、また俺は、あいつを好きになった。

付き合い始めたのはいつだったか。それは前触れも無く訪れて、俺の気持ちを全部攫ってた。こんなのって有り得るんだなってあの時は思ったような気もする。だってよ。何世界一嫌いだったはずの、ノミ蟲野郎と付き合うことになったなんて。俺から見ても正常とは言えたもんじゃねえのは分かる。けど、人間ってのは不思議だよな。あんなに大嫌いで殺したいほど憎んでたのによ。好きって言われりゃ簡単に好きになれるもんだと知った。その証拠に、俺はあいつに好きだと言われてから、変わった、と思う。力の使い方も加減出来るようになったし、あいつを殴る事も無くなった。それにムカつく事はやっぱり多いが、それすらも可愛いとかこっ恥ずかしい事も思うようになった。(あいつには絶対言わねえけど)ってことは、俺もあいつが好きって事だろ。認めるのは少し癪ではあるけどな。悪くないと思う事は全くもって簡単な事だった。
しかし、本当に俺も変わった。自覚はあまり無いが、冗談だろって新羅に言われる位には変わったらしい。別に、変わったこと自体にはそれほど興味はねえが、そんなに"変わった変わった"言われると気になるってもんだろ。どこがどう変わったのか説明しろつったってあいつらは宛てになんねえし。(新羅のヤツは雰囲気が変わったとしか言わねえし、門田も曖昧なことしか言わねえ)だからと言って、臨也に聞くのも何か違う気がして、その答えは未だに曖昧なままなのだが。それより、俺を変えたこいつ凄くねえか?なんだよまじで。俺のことバケモンバケモン言うくせに、てめえは魔法使いかよ。と本気で思う事が多々ある。とりあえず、毎朝律儀に家まで迎えに来られると、心臓がぎゅぅっとなる(俺が迎えに行ってやりたいと思う)し、目瞑られるとキスしたくてたまらなくなる。(特に寝てる時に限るが)これって、十分魔法だろ。(以前殺しあってた事を大前提に置けば)しかも、今だってこいつは魔法発動中で、俺は大いに困っている。

「シズちゃん、さむい、さむいよ、死ぬさむい、俺死ぬ」
夕方5時となれば、もう真っ暗闇に包まれる学校からの何時もの帰り道。朝から寒い寒いと五月蝿かった、臨也は、案の定帰り道でも寒い寒いと五月蝿かった。そんなにさみいならもっと厚着してくりゃあいいものを、この季節、学ランにマフラー一枚だなんて無謀な事をするこいつの自業自得だと思って放って置く。そもそも、俺にどうしろっつー話だよな。すでに、俺の上着はあいつの肩に羽織られている。この事がどういう事か分かるだろうか。このクソさみい季節に俺はTシャツ一枚で上着を分捕っておいて、よくあの減らず口は寒いと言えるもんだと、思う。これが当たり前の意見だ。しかも、おかげで俺がさみい。もう、いっそてめえが死んで俺の上着になってくれりゃあいいんだけどな。レオみたいによ。と、咽喉まで出掛かった言葉を飲み込んで、うるせえ、と一蹴りして、組んだ腕に掌を挟み込んで暖を取るように、肩を竦めた。
つうか、まじ、はやく歩け。風邪は引かなくとも俺だって寒さくらいは感じるんだよ。さむいさむい、と言いながらもだらだら、と歩く臨也に振り返り、早く、と急かすように、目配せをする。それを知ってか知らずか、臨也は身体を縮めたまま、少しだけ小走りをして俺にタックルをした。そのまま、隙間無くびったり、とくっつかれ、仕舞いには腕まで組まれる。途端に、ゆっくり、と伝わる温もりは直接ではなかったが、温かくて、思わず甘やかしたくなった。背負ってやろうとか、抱いて帰ってやろうとか。そんな事ばかり思う。これが好きだっていう事は分かってるが、甘やかすとこいつの為になんねえからな。(無駄な親心ではあるが)此処は我慢しよう。
「……くっつくな。暑苦しい」
「は!?寒そうにしてんじゃん!!」
意味わかんない、と唇を尖らす、臨也。可愛いな。などと素直に心の中で思ったが、其れとはまた別の感情が、ぐつり、と腹ん中に沸き起こった気がした。確かにさみい。けれど、そう言われると余計突っ撥ねたくなるってのが男の性ってもんじゃねえのかと思う。実際、抱き竦めてやりたい半分、俺はこいつを引き剥がしてやりたくなってる。どんな反応をするのか、なんて、前は全く持って興味すらなかったはずなのに。その感情がどんどんでかくなって、衝動は途端に動き出すのだ。
肩を竦めたまま、ぐい、と臨也を押し退けて、再び歩き出す。腕に残った温もりがじわり、と熱くなり、体中に回っていくのを感じながら、誤魔化すように合わせた指先を擦り上げた。すりすり、と皮膚が擦れる音がやけに耳に付く。しかし、それ以上に耳に付いた高音の声に、思わずぶは、と笑みが零れた。意地悪だ、とか馬鹿だ、とか。てめえは小学生か、と突っ込んでやりたいところだったが、その気も削がれるほどのクオリティの低い暴言の数々。普段なら確実にイラッとしてるところだ。だが、この寒さで俺も、気力を奪われたみたいで。ただ凍えて悴んだ両手の指先で、臨也の柔らかな頬を摘み上げ、左右に抓った。だ、ま、れ。と区切るように発する声に、臨也はふにゃり、と笑って、寒い、と言う。冷たくなった頬と鼻先を真っ赤に染めて。 本当に。また、魔法使いやがったな、こいつ。
「俺は別に、寒くねえ、」
「…、シズちゃんが寒くなくても俺が、寒いんだもん、」
む、と唇を突き出した顔はこいつが何時も、言うような眉目秀麗だっけか。そんなもんとは全くかけ離れた物だったが。今の何か、きゅん、とキタ。きゅん、と。つうかやっぱり普通にずりぃ。んな顔されたら、敵う訳ねえ。だって、そうだろ。それじゃなくても、こいつに惚れてるって気付いたばっかで、浮かれてるやら、認めたくねえやらでふわふわしてるってのに。こんな姿見たら、俺は一瞬で終わる。それはもう目くるめくような奇跡みたいにな。
「……ったく、しょうがねえ奴だな。てめえはよ。」
そう言いながら、頬を包み込んだ両手を離して、短い学ランには収まりきらない臨也の手を掴んでやる。ひやり、と冷えた指がじわり、と俺の肌に馴染み行くのを感じ、俺の方が激しく照れそうになった。だが、悟られる前に、制服のポケットに臨也の手と一緒に手を突っ込み、指先を擦る。そして、行くぞ、と声を掛けると、臨也は少しだけ肩を竦めて、はあい、と気の抜けるような返事をした。少し遅れる臨也がくすくすと、笑う。多分、俺のことを笑ってるんだ。(俺のほうがしょうもねえってな)その通り。俺の方がよっぽど、しょうがねえ奴だ。だって、一生てめえの魔法には勝てる気がしねえし、もう負けたままでもいいかとも思ってる。それはきっと、俺も知らねえ内に、お前の事を想ってるから。俺も知らねえ内に、お前の事を愛し始めてるから。






これを恋と呼ぶのかい?










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