人間離れ、なんてシズちゃんよりよっぽど俺の方が相応しい。シズちゃんは本当は優しい人間だ。その上、愛に飢えるなんて、そんなのただの人間がする事。ていう事はシズちゃんはただの人間でしかない。だから、シズちゃんは死ねばいい。そんなシズちゃんは必要ないよ。俺は人間を愛してる。全て、この地上で生きてる全ての人間を愛してる。でもね、シズちゃん。君だけはどうしても、どうしても愛せないよ。君を見てるとね、心臓が抉られたみたいに痛くなって、腸が煮えくり返ったみたいに、体中を不愉快な熱が這う。耐えられないんだ。この全身を焼き尽くすような熱に。だからね、俺はシズちゃんの物、全部めちゃくちゃにして、ぶっ壊して、そしてシズちゃんを殺しに、池袋に行くんだよ。何度でも、何度でも。俺が死んだって、永遠に、ね。
「シズちゃんってさー、ほんと俺のこと大好きだよね」
こんなとこまで見つけ出してさあ、ごくろーさま。俺がそう言うと、青筋を浮かべたシズちゃんが静かに息を吸って、吐き出す。その呼吸を止めてやりたい。そう思って口端を持ち上げると、一息置く前に、距離を詰めて右手に握ったナイフでシズちゃんの肌を切り付けた。残念ながらこのシズちゃんには刺さるなんて事はしないんだけど。まあ、皺のないシャツが切り裂かれ、血液くらいは出るから楽しめる。飛び散った深紅の其れがぺた、と頬に付くと、親指で拭う。ぬるり。指の腹に絡む其れを眺め、あー、まずそうだな、なんて思いながら其れを唇に運んだ。案の定、鉄の味しかしなくて、不味い。当たり前か、シズちゃんのだもんなあ。不味くないわけがない。零れ落ちる笑みに、シズちゃんが大声で俺を呼ぶ。呼ぶっていうか叫ぶっていうか。ほんと五月蝿いよ。シズちゃんって。五月蝿い上に俺が好きとか。まじ無いと思うんだけど。シズちゃんは、愛されてないから、仕方ない。此処は俺が大人にならないと。なあに、シズちゃん。嘲笑うように首を傾げると、ぶっ飛んできたカーブミラーが頬を掠める。危ないなあ。俺の運動神経が素敵に無敵に良くなかったら当たってたよ?大破した鏡の破片なんか刺さってるし、痛い。まあいっか。どうせもう少しで終わるしね。
ひゅ、と空気を切る音が何度か身体を掠める度に開いた距離を詰めればシズちゃんの暴言と容赦ない無機物の嵐が俺を取り囲む。ほんっと、五月蝿いよシズちゃん、黙って。ていうか永遠に黙ればいいのに。詰めた距離で空気を切るようにナイフを振り下ろす。丸腰のシズちゃんがこの距離で避けられることは無いと思ってたけど。さすがに面と向かって素手で掴まれるとは思わなかったのが俺の最大の誤算。ぎり、っと握り込まれたナイフごと引き寄せられて身体がよろめく。びちゃびちゃ、とコンクリートに滴り落ちる血液。ほんと、シズちゃんって馬鹿だなあ。何、ムキになってんだか。とか思いながら逃げる方法に思考を巡らせた。この距離になると勝ち目は無い。けど、まあ逃げられるだろう。簡単。だってシズちゃんって単細胞だし。馬鹿だし。そう思ってた、一秒前まで。けど前言撤回。馬鹿は時として凄まじい力を発揮したりするから。離したナイフが同時に地面へと落下すると、今度はぬるり、と血液まみれの掌に腕を掴まれ、腹を目掛けてシズちゃんの足が飛んでくる。すっ飛んだ身体が鈍い音と共に地面に叩き付けられると競り上がった息が唇から漏れた。あーやべ、折れた?折れちゃった?これはやばいなあ。俺の方が死亡フラグ立っちゃってる?ていうか、立ってるし。今正に。途端に力が入らなくなった腕と震える掌を冷たいコンクリートに付くが、すぐに俺の身体に影が落ちる。振り上げられた止まれの真っ赤な、標識が目に入って、今度こそやばい、と思って目を閉じた。地面を抉るような振動と思ったよりは痛くは無かったけど骨は折れるんじゃないかって位の衝撃が全身に走る。
「ガ、ッハッ、…ッ」
持ち上げた瞼に真っ先に映ったのは俺の顔面の数センチを掠め、ぐっさり、とまるでケーキに刺さったフォークみたいに、コンクリートに刺さっている標識。そして見上げた、シズちゃん。俺を此処まで追い詰めて笑ってるのかと思ったけど。彼は微笑みすら見せなかった。寧ろ、痛いはずも無いのに俺を見下ろして何処か痛そうな顔をする。馬鹿だね、シズちゃん。俺を殺したら、その痛みは終わるよ。だからさ、早くやりなよ。
「ッ、シズちゃんさ、早くやらないと、俺逃げるよ?ほら、やりなよ。それとも、」
シズちゃんには出来ない?優しいから。追い詰めても俺を殺させない?まだまともな人間で居たいと思うから。それこそ、本当の馬鹿が思うことだよ。人間はいつか死ぬんだ。遅かれ早かれ、どんな手段か、どんな状況か、そんなの知らないけど。いつか俺も、シズちゃんも死ぬ。それなら、俺は今、この命を終わらせたって同じだよ。シズちゃんがそうしたいと思うなら。そう願うなら、俺をやればいい。誰も責めたりしないよ。す、と伸ばした指先でそっと、シズちゃんの頬に触れる。滑るように首筋をなぞり、頚動脈のある其処を撫ぜた。どくり、どくり、と感じる脈の動き。血液が心臓から此処を通って全身を巡る。嗚呼、シズちゃん。俺はね、生きてる君を殺したくて堪らないよ。君を殺したい。君に殺されたい。君に嫌われて居たい。抑えられなくなりそうな、衝動に全身の力を抜くように身体を投げ出す。さすがに俺じゃ素手で君を殺すのは無理だけど、君なら俺の首、引き千切る事は簡単でしょう?
「シズちゃん、早く、」
強請るように目を細めると、シズちゃんは一度だけ、舌打ちをして見下ろした俺の襟元を掴んだ手を離した。シズちゃん、君って本当に甘いよ。甘すぎる。それだから、何時まで経っても、俺は君の前から消えない。消えられないんだよ。何が優しさだ。何が、まともな人間だよ。俺から言わせたら、一番残酷なのは君だ。理屈も駆け引きも通じない、そんなどうしようもない君に惹かれてる俺を殺さない君が、一番残酷だ。そもそも、化け物の癖に普通の人間みたいに優しさとか、思いやりとか、そんな感情持とうだなんて思う方が、間違ってる。化け物は、化け物らしく。ね、そうでしょ?シズちゃん。でも君はそうは思っていないみたいだから、ほんとさ、死んでくれればいいのに。まあ、でも俺も人のこと言えないか。何でシズちゃんなんかに惹かれちゃうかなあ。不思議で仕方ない。痛みで軋む身体を起し、無残にも落っこちたナイフを拾い上げて、グリップを強く握り締める。もう一度刺したところで、シズちゃんには刺さらないのは知ってるけど。この湧き上がる衝動をどうにも抑えられなくて、シズちゃんの背中目掛けて勢い良くナイフを突き刺した。まあ、もちろん俺の方がその衝撃をモロに受けて蹌踉めくのは言うまでも無いんだけど。
「シズちゃんってさあ、ほんっと馬鹿だよね」
「…手前に言われたくねえよ、クソノミ蟲が、」
あはは、うん、そうだよね。ちっちゃい脳みそでよく分かったね。よく出来ました。でもさ、だからこそ、俺はまた池袋に来るんだよ。寂しがり屋のシズちゃんと楽しい楽しい二人きりの鬼ごっこをする為に、ね。シズちゃんは思い知ればいい。俺が居なくなって、俺を殺して、初めて、君がどれだけ愛されて居たのかを。






ユダの剥奪が笑う









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