誰か冗談だと言ってくれ。俺の心の声を一言で表すなら正にこの一言に限る。本当に漫画のような展開だと思う。殆ど漫画なんて読んだことも無いし。実際に起こり得る事でも無いと、言い切れはしないが。まさか、自分がこんな体験をするとは夢にも思わなかった。体育館倉庫に閉じ込められるなんて。今どきエロ漫画でもそんな展開無いよ。しかも付き合い始めたばかりの、彼氏とっていうか、シズちゃんと。これってさ、あれだよね。俺死んでもいいですか。ていうか死ぬから。死ぬ前に話したい。どうしてこうなったのかを。事の始まりは確か、五時限目の終わり、だったと思う。それまでは至って普通だった。新羅とドタチンとシズちゃんと一緒に昼食を食べて。それからチャイムが鳴るまでぐだぐだして、次の時間なんだっけ、って聞いたらドタチンが体育だって教えてくれた。けど、俺は体育が余り好きじゃない。走ったりボール投げたり、その行為自体は別にどうとも思わないが、馬鹿みたいに同じことの繰り返しが好きじゃなかった。だからサボってやろうと思ってシズちゃんにちょっかい掛けた。此処まではいつも通り。殴られたり、物投げられたり。シズちゃんと追いかけっこの方が楽しいし、シズちゃんなら乗ってくれると思った。何も疑わずにそう思った。
だから、喧嘩が終わったら家に誘って手当てしながら仲直りしようかな、なんて妄想もしてたのに。それなのに、シズちゃんは俺と喧嘩してくれなかった。大人しく体育受けとけって、まるで子供でもあやすみたいに頭撫でられて、ムカついたけど。そんなシズちゃんには逆らえなかった。思えば、この辺りから嫌な予感はしてた。だって、あの喧嘩人形の彼が俺が喧嘩吹っかけても乗って来ないなんて、今までに一回もなかった。付き合う前も付き合ってからも、一回だって。そんな事一度も無かったのに。今ならあの時に俺に言ってやりたいね。大人しく今日は帰れ、折原臨也、と。最早手遅れではあるが。それから、俺は何故か素直に体育の授業を受けてしまった。ドタチンも来いって言ってたのもあるし、何より、シズちゃんを見てやってもいいかなと思ったから。見学だけど出席は出席だ。日焼けはしたくないから、少しだけ距離がある木の下でぼんやり、とシズちゃんが楽しそうに遊んでるのを眺める。俺と喧嘩してた方が絶対楽しいのにな。シズちゃんの馬鹿。シズちゃんの馬鹿。シズちゃんの、…あー、くそっ。でもかっこいい。可愛いな。などと思っていたらあっという間に授業は終了した。さあ、帰ろうすぐ帰ろう。俺は尻に付いた埃を払い、ぐ、っと背伸びをする。すると、何とかっていう、体育の顧問に声掛けられて、使ってたボール片付けて来いなんて言われたんだっけ。いつもなら断る。断るけど、今日に限ってシズちゃんが一緒に行くって言ってくれたから大人しく頷いた。そして、何故か諸々の事があって、冒頭に戻るわけだ。諸々の事は気にしなくていい。君達が漫画で読んでるようなことだよ。きっと。そう。だから俺は説明しないけど、何で、何で、俺たちマットの上で向かい合って正座してるんだろうね。ねえ。シズちゃん何でなの。
「………あ、の、…、し、シズちゃん、?」
引き攣った声で呼びかけては見たものの、応答は無い。再び俺とシズちゃんを包む、静寂に俺は息を詰まらせながら、指先でマットに空いた穴を弄った。シズちゃんの考えようとしてる事は分かってる。据え膳食わぬは男の恥だ、とでも思ってるんだろう。よく分かる。分かるよシズちゃん。この状態で俺をどうしてやろうかと考えてるのが手に取るように見える。しかも、未だ童貞の君だ。もうモザイク掛けないといけない程の激しい妄想が映像のように漂ってるよ。この状態なら、童貞でなくとも一発だろうと思う。その上付き合ってる相手と密室に二人っきり。こんなのヤれって言ってるようなもんだ。そうでしょ、体育館倉庫の神様。それは、それでいい。もういい。俺も男だ。開き直ってやろう。寧ろバックバージンなど糞食らえ!俺もヤリたい!と声を大にして言えるほど開き直ってやろう。だけど、どうにもこの無言状態は頂けない。だって、もう閉じ込められて一時間は経ってる。シズちゃんなら鍵なんて無いのと同じなのだから、出れない訳などないし、ここから出ようと思えばどうにでもなる。にも、関わらず、夕日が沈み始め、闇が深くなる体育館倉庫の真ん中に敷かれたマットの上で俺は永遠とシズちゃんと正座して、彼の言葉を待つ。これを拷問と呼ばずして何と呼ぶんだ。地獄?地獄の業火で焼かれた方がまだマシだね。本当に、今の俺ならそう思える。だからさ、シズちゃん。お願い。お願いだから、ヤらないならせめて、せめて、家に行こう。そして、ベッドで仕切りなおそうじゃないか。やっぱり初めてはほら、記念だから、ね?ベッドの方がいいと思うし。ね、ね、シズちゃん!
などと、激しい独り言で俺の脳内が埋め尽くされている間に、シズちゃんが急に顔を上げる。その動きに、反射的にびくり、と肩が揺れるとぶっ飛んでいた思考が戻り、俺も顔を上げた。空色の瞳が数十センチ離れた位置から俺を見つめる。覚悟を決めた身では有るが、つい、視線を逸らしてしまった。ぐりぐり、とマットの穴を広げるように、指先で綿を引きずり出しながら、視線を彷徨わせる。そして、後悔した。シズちゃんはバケモノだけど、ナイーブ(笑)な面がある。まさか、とは思うが、もしかして、今ので傷付いたのでは、と重い、はっ、として勢いよく顔を上げる。その動作と同時に、俺の視界はシズちゃんの薄い胸板に遮られて、勢い良くマットと言うベッドの上に押し倒された。
ぶわり、とシズちゃん自身の匂いと汗の匂いが鼻腔を擽る。わ、と声を漏らす間も無く、唇にシズちゃんの唇を押し付けられ、舌先がぬるり、と其れを這った。まるで犬みたいな上手いとは到底言えないへったくそなキスだったけど、俺を極度の緊張に追い込んで、心臓が口から出そうなくらいにテンパらせるには十分すぎる程の要素ではある。息も出来ないまま、身体を強張らせて、ぎゅ、と目を閉じた。無意識に繋ぎ合わせた掌を握り返して、俺に出来る精一杯のキスのお返しをする。すると、シズちゃんは唇を離して、掠れた声で俺を呼んだ。なにこれ。俺はこんなかっこいいシズちゃんを知らない。いや、そりゃあ、シズちゃんは顔もかっこいいし、運動神経抜群だし、甘いものが好きで可愛いとこもあるよ?でもこのシズちゃんは俺の知ってるシズちゃんじゃない。だって、かっこよすぎるもん。無理無理、無理。こんなシズちゃんとセックスとか、絶対無理!
「臨也、…」
甘ったるい雰囲気の中、シズちゃんの細くて骨ばった指先が俺の頬を撫でる。そのまま顎を指先が滑り、幾つかボタンの開いたシャツに手が掛かると、俺の身体は弾かれるように、シズちゃんの腕を掴んでいた。目の前にはジャージの肌蹴た首元から見えるシズちゃんの肌が、汗で湿っている。艶かしいほどのそれに、俺は唾を飲み下して、より一層シズちゃんの腕を掴む掌の強さを強めた。怖いか。そう囁かれる声に、首を振っては見たものの、正直怖いし怖気づいてる。というか、こんなかっこいいシズちゃんに抱かれて、俺はどうなるんだ。終わってすぐはいいかも知れない。でももし、依存したら?その後俺たちはどうなる?そんなのヤって見ないと分からないことくらい理解してるけど。俺はこれ以上シズちゃんを好きになるのが怖かった。これでも、最大限に彼が好きなのに。リミッターを振り切ってしまうのが怖かった。俺が首を振ったきり、再び二人の間に沈黙が流れる。気まずいとかそういう部類ではない緊張感が漂い、俺はぎゅ、とシズちゃんの首筋に腕を回した。此処でヤらないと言って嫌われては堪らない。それだけは嫌だ。そうなる位なら、本当に覚悟を決めてやろう。俺はそう決めて、シズちゃんの背中越しに、大きく深呼吸をした。それから、そっとシズちゃんから離れる。ヤろう、シズちゃん。男らしくそう言ってやろうと、口を開いた、途端。触れるだけのキスが唇を塞ぎ、シズちゃんは閉じ込めるように、俺の身体を抱擁した。離れる唇で、シズちゃん、と耳元で呼ぶ。だが、返事は返って来なくて、俺に降り注ぐのはキスの雨だけがひたすらに降り注いだ。
「……手前が、したいって言うまで、しねえ。けど、したいって言った時は覚悟しとけ」
多分加減できねえから。なんて童貞のくせに、かっこいい事言っちゃって、なんて思いながら、俺は泣きそうになった。其れを誤魔化すように、ぐりぐりとシズちゃんの胸に顔を押し付けて、多分、シズちゃんがかっこよすぎる所為だな、なんて考える。ほんと、君のそういうとこに惚れたんだよ、シズちゃん。馬鹿だけど、誰よりもかっこよくて優しいとこ。君の取り柄は其れくらいしか無いけど。俺の自慢の彼氏だって、いつも思ってる。だから、シズちゃん。此処じゃなくて、俺のマンションに誘って、言ってみようかな。
君が好きです。だからセックスしよう、って。俺たちらしい言葉で。君に愛を囁いてみようかな。






キャラメルリボンの海で










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