此処最近、いつもこうだった。目を覚ますと、見慣れた一室のベッドの上で俺は眠っている。そして、傍らには、見ず知らずの男が穏やかな表情で眠っていた。しかも、必ずと言っていいほど、髪の色は金色。細身だけど、しっかりとした身体。長身で、俺と同じくらい肌の色が白くて、まるで、誰かさんに似ていた。その事実に思わず、溜息が漏れる。これでは、まるで彼を探してるみたいだ。もう彼は俺の隣には戻ってくるはずも無いのに。そう思うと、どうしようもなく寒くなる。隣には俺の愛した人間が居るのに、シズちゃんでは無い男の隣で眠るのは、途方も無い程、寒かった。もう一ヶ月は経っただろうか。彼に別れを告げてから。それ以来彼とは会って居ないが、無意識に目で探している。唇は彼の柔らかな唇を覚えていて、肌は彼の温もりを鮮やかに残す。誰も居ない部屋に向かい、シズちゃん、なんて、話しかけたこともあったっけ。馬鹿だよねほんと俺って。息が出来ないくらい苦しいのに、彼に別れを告げてしまったのだから。でも、しょうがなかったんだ。シズちゃんは俺を愛してなかった。
そう考えれば、思い当たる節は幾らでもあったし、そんな彼に付き合うには俺は弱過ぎた。だから、と言ってしまえば、言い訳のようだが、俺は夜になると寂しくなって、その衝動を抑えられなくなった。これが始まったのだって、シズちゃんと付き合っている頃からで、シズちゃんはそれを止めてはくれなかった。最初はね、ほんと軽はずみだったんだ。シズちゃんの代わりに、シズちゃんに似た男に愛されて、俺は目の前には居ないシズちゃん自身を愛す為に、この部屋に男を連れ込んで、シズちゃんに見せつけられたら。そうしたら、きっとシズちゃんは俺を愛してくれるんじゃ無いかって、期待してたんだ。でも、そうじゃなかった。いつしか、シズちゃんは、俺を怒鳴るようになった。俺を殴るようになった。理由は分からない。俺を大嫌いだと言いながら、シズちゃんは、俺を殴って、そして、俺を抱いてきた男達とは比較にならないほど、激しく乱暴に抱いた。俺はただシズちゃんを愛したかっただけなのに。シズちゃんは優しく抱いてはくれない。悪循環の始まり。そして、俺たちの関係の終わりが着々と、迫っていった。
俺の行為は日に日に酷くなって、シズちゃんが殴る回数も増えて。その度にシズちゃんは心底傷付いたような顔をして、馬鹿みたいに俺を罵ってたっけ。それでも今思えばそうして貰える内はマシだったんだよね。もう手遅れだけど。シズちゃんがあんまりにもつらそうにするから、俺が耐えられなくなった。だって、シズちゃんってばさ。俺の事殴ってるのに、自分が殴られたような顔するんだもん。あんな顔見てられるわけないじゃん。だから、嘘吐いた。もう好きじゃないってシズちゃんに嘘を吐いた。それがシズちゃんの為だと思ったし、俺も身体とか心とかいろいろ、限界だったから。でもやっぱり、また思ってしまった。もしかしたら、シズちゃんはいやだって言ってくれるかも、何てまた期待したけど。そんな事あるわけも無くて、シズちゃんはその日から、この部屋から消えた。別れた途端、消えるなんてね。ほんと薄情者。でも、そんな彼が好きだった。そんな彼を救いたかった。だから俺と別れる事で救われたなら、嬉しい。シズちゃんが俺を嫌って笑ってくれるなら、嬉しい。もう二度と俺はシズちゃんに会えないし池袋にも行かないけれど。それでも、彼が笑ってるんだと思うと、俺は心から幸せだった。本当は俺が隣に居れたら良かったけどね。こういう時ほんと、バケモノだったら良かったって心底思うよ。何されても血が出ない身体とか、何言われても傷付かない心とか。そしたら、別の事でシズちゃんの気を惹けたんじゃ無いかって。別のやり方で、この衝動を抑えられたんじゃないかって、思うよ。これこそ、俺の妄想でしかないけど。本当に、本当に、君が好きだったよ。

「…………それにしても、今日のは上出来だね、」
隣に眠る名前も知らない男の寝顔を眺めながら呟く。唇の形がシズちゃんにそっくりだ。鼻筋も通ってるし、もう少し吊り目ならシズちゃんのそっくりさんなのにな、なんて思いながら、そっと、その男の唇に触れた。中指と人差し指を押し付けるように撫でて、当たる息遣いにふ、と口端を持ち上げる。そのまま、カーブを描いた唇で呼吸を奪うように口付けると、順応するように、男の舌先が俺の口元を舐めた。その舌先を咥内に招き入れ、ぬるり、と濡れた弾力のある其れを噛む。その度に、さらさら、と撫でられる襟足が擽ったくて、男の咥内に笑い声を吐き出した。篭った声は俺の耳、そして男の耳にも届いただろうとは思う。だが、貪るように重なった唇が離れる事はなくて、俺は口元に笑みを浮かべた。やっぱりこの男も同じ。俺の虜。どの男も大体同じように、一度俺を抱いたくらいで、彼氏面しようとする。
馬鹿だよね。ほんと。でも面白いから止められないし、止める気もない。もしこれで俺が自分の身を滅ぼす事になっても、俺はきっとそれを本望だと思うだろうなあ。別に、シズちゃんへの当てつけじゃない。そんな事しても意味なんてない。けれど、俺はきっともう、そうしていないと、誰かに愛されていないと、俺は壊れてしまうんだと、何処かで分かっていた。俺の咥内を這い回る舌先をぺろり、と舐め上げ、絡めた舌をぎりり、と八重歯で噛み付く。その途端、離れていく唇を拭ってやるように、舌先を滑らせると、男は困ったように眉を下げて笑っていた。名前は知らないから名前は呼べない。その代わりに、おはよう、と笑ってやると、おはようございます、臨也さん。男はそう告げて、少しだけ頭を下げた。目蓋に隠れていて分からなかったが、瞳の色は空色で、笑った顔は穏やかだ。その顔は全然シズちゃんに似てない。寧ろシズちゃんより良く出来た笑顔だと、そう思った。この顔なら、長く傍に置いといてもいいかもな、なんて思う。まあ、そう思って俺の傍に居る人間は誰一人としていないけど。きっとこの男も同じ。長くて一ヶ月。ダメなら三日ってとこかな。でも、まあ、試してみる価値はきっとある。それにシズちゃんに愛されなかったこの身体はまだ愛を求めているみたいだ。我儘な身体だよ。本当に。シズちゃん以外の愛なんて要らないのに、不必要な愛だけが俺に惜しみなく降り注がれる。無駄で使えない身体。でも俺にはどうしようも出来ないから、この男を、思う存分、利用するとしよう。そして、早く気付けばいいよ。シズちゃんみたいに。俺みたいな男は、本当のクズだ、ってね。

「…ねえ、もう一回、抱いてよ」






優越は鳴声に混同したる










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