付けっぱなしのテレビが明日の天気予報を流している。それに混じって上手いとは到底言えないであろう鼻歌が、耳元を撫で鼓膜を揺らした。この曲なんだっけ。あー、あの、キテレツ何とかつーヤツの曲か。なんて考えながら、ごろり、と横になったソファの上で、ふ、と読んでいたファッション誌から顔を上げて、キッチンに目を向ける。リズム感の無い歌は引き続き、俺の耳に届いているが、それと一緒に、漂ういい匂いに、くん、と鼻を鳴らした。香ばしい匂いだ。多分揚げ物。そのおかげだろうか、聞こえてくる音痴な歌にも苛立つ事無く、後ろで可愛らしく蝶々結びをされたエプロンを掛けた細い背中を眺める。忙しなく動く姿を目で追いかけてるだけで一切飽きる事は無い。やっている行為自体全く興味は無いが、それがノミ蟲、と言うだけで俺はきっと追い掛けてしまうのだと思う。
全く遺憾ではあるが、しょうがない。好きで付き合っているのだ。正に惚れた弱みと言ったところだろう、とぼんやり思いながら、ソファに寝そべった身体を起して、ぐ、っと背筋を伸ばし、欠伸をした。其れを終えると、足音を立てないようにそっと臨也に歩み寄る。ぎ、と床が軋むように音を鳴らしたが、臨也は気付かないのか、それとも業と気付かないフリをしているのか。先程とは曲を変えて、ウザい動きを繰り返していた。思わず、笑みが漏れる。どっちにしたって可愛いことには変わりねえな。などと納得しつつ、身長の分少し高い位置から見える臨也の手元を見る。楕円形にこんがり、と揚げられた其れが、ぷかぷかと鍋にいっぱいに張られた油の上を浮いていて、腹が鳴りそうになったのを必死になって堪えた。さらさら、と動きによって揺れる髪に鼻先を押し付ける。それと同時に、揚げ物とはまた違う臨也のシャンプーの匂いに鼻を利かせながら、水色のエプロンをつけた腰に腕を回して腹の上でホールドしてやった。
「コロッケか?」
わ、びっくりした。そう言って到底驚いたようには見えないリアクションをしながら、ウザい動きを止めた臨也が俺を見上げる。その額と髪に、ちう、と唇を落として、うまそうだな、と笑うと、臨也は機嫌よく前方に視線を戻した。首元まで赤くなってるのが分かる。耳の裏も、多分、顔も赤いだろう。そう思うと込み上げる笑みとキスしたい衝動を堪えながら、腹減った、とだけ返しておいた。もうちょっとだから、そう言って俺の頭を撫でる臨也の細い指先。その手を握ると、危ないってば、と叱られた。まあ、別に怖かねえけどな。どっちかっていうと可愛い。つーか何してても可愛いだろこいつ。心中でそんな事を考えながら、握った手を離すと、最後の一つだったきつね色のコロッケが高温の油から引き上げられる。よし、と小さく臨也から漏れた声に、出来たのか、と聞くと、うん、と首が縦に動いた。いよいよ、空腹で腹が鳴る。それが俺の腹から、臨也の背中に伝わったのか、臨也は、目を細めながらくすくす、と小さく肩を揺らして、シズちゃんご飯よそって、と笑った。俺まで顔が熱くなる。どう反応していいのか一瞬分からなくなって、おう、と返事をして、臨也から離れた。重ねて置かれた俺と臨也の茶碗。今まで何も感じなかったが、改めて見ると、何か恥ずかしい。嫌じゃねえけど。寧ろ浮かれるつーか、多分これが嬉しいって事なんだろうな。と思いながら俺と臨也の茶碗一杯に、米を盛った。盛りすぎだ、とキレられそうだが、こいつが残したら俺が食えばいい話だから問題はねえ。激しい自己解決を繰り返しつつ、柄の揃った茶碗をテーブルに置いて再びキッチンに足を向ける。あれ、あれ、と独り言のように、棚を漁る臨也が危なっかしくて、ひやひやしながら、おい、と声を掛けた。
「ねえ、シズちゃん、ソース何処だっけ?」
「どのソースだよ」
ほら、あのブルドックついてヤツ。こういう顔の、と余りにも似てない顔真似までした臨也に噴出しそうになりながら、あー、と返事をして棚を漁る。こういうときに10センチのリーチってもんは便利らしい、と今思う。奥から引き出した臨也が説明した通りのブルドック付き中濃ソースを片手の、おら、と渡してやると、素直すぎて怖いくらいに礼を言われた。だめだ。こいつ、いろいろ拙い。頭を抱えて、赤面する顔を隠し、逃げるようにリビングに移動する。落ち着け俺。そう思っても、意識し始めると本当にいろんなことが擽ったくて甘ったるい。しかも、それが死ぬほど心地よくて、唇から無意識に零れる吐息を吐き出しながら、茶碗の置かれた俺の特等席に腰を下ろした。それから、一分も経たない内に、水色のエプロンを靡かせた臨也がコロッケの乗った皿を両手に乗せて俺の目の前に立つ。ふふ、と嬉しそうに笑った臨也になんだよ、とごまかすように眉間に皺を寄せると、臨也は表情を変える事無く、俺の前に皿を置いた。
「今日はシズちゃんが3分クッキングで食べたそうにしてた、俺特製コロッケでございまぁーす」
口調のウザさと言ったら、無い。段階評価するとこれはマックスではあるが、俺は何故か顔が上げれなくて、そうかよ、とだけ返事をして、早々に目の前の箸を指先で握る。ちらり、と見た先には、ハート型のにんじんまで添えられていて、やべえ、嬉しくて俺死ぬかもしんねえ。と本気で思った。死んでも口に出せない事ではあるが、代わりに、俺ってちょう優しくない?味わって食べてよ?とぺらぺらと五月蝿い軽口には目を瞑ってやる事にする。今はそれで精一杯だ。だってよ、これってまるで、
「じゃあ、いただきますして、シズちゃん」
「せえ、分かってるよ、……いただきます、」

家族みてえじゃねえか。






恋い焦がれて純情!










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