「ねえ、俺たちも、変わるのかな、」
風が強く吹く屋上の貯水タンクの隣で臨也は顔色一つ帰る事無く、俺達を見下ろしてそう言った。まず、その経緯を説明しておこう。俺と新羅が屋上で昼飯を食うのはいつもの事だ。別に、俺にとっちゃ何処で飯を食おうが一緒なのだが、何故か、この見晴らし抜群の屋上にいつの間にか定着してしまった。そして、俺の後にくっついて臨也や門田も屋上で飯を食うようになった。最初の内は、付いてくるな、と臨也に口うるさく言っていたが、それも今や、めんどくさくて何も言わない。こいつに何を言っても無駄なのは今に始まったことでは無いし、門田に罪は無い。そういう事にしといて開き直ってから早いもので、二年以上、もう三年にもなる。そうして、二年と数ヶ月の間、俺達は一緒に飯を食って、昼休みというひと時の時間を共に過ごした。だが、その時間の共有も今日で最後だった。俺たちは明後日、卒業式を迎える。この場所から旅立つのだ。突然決まったことではないし、進路だってもう数ヶ月も前から決めていた。だけどそうなれば、もうこの場所に足を踏み入れる事もなくなるし、もしかしたら、こいつらに会うことも無いかも知れない。
まあ、連絡先を知らない訳ではないが、それにしたって会う機械は確実減るだろうと思う。嫌でも顔を会わせなければいけなかったこの環境では無いのだから。まあ、臨也は腹が立つし殺したいとは思ってるし、会わない事に何ら支障はない。でも何だかんだと言っても俺はそうしているのが嫌いではなかった。友達と言うには擽ったいが、三年もの間、いがみ合う関係が嫌いではなかった。そんな中で、あの臨也が、こんな事を言い出したのだ。しかも突飛押しも無く。呆気に取られて当然だろう、と思ったが、新羅は箸を咥えたまま、臨也を見上げて、同じく顔色を帰る事無くうまいうまい、と口の中にあるであろう、セルティお手製のから揚げを味わっている。門田は見上げた臨也が落ちてこないか機が気ではないようだが、言葉には無関心と言ったところだろうか。まるで臨也の言葉は何も聞こえていない見えていない。そう言っているよだったが、俺には確かに聞こえていた、俺達は変わってしまうのか、と。何を聞いているのか、何に対してなのか、全く理解出来ないのに分かってしまう事がひとつだけある。臨也の揺らぎや、心情。これだけは、何時だって俺には手に取るように分かってしまった。その事に舌打ちしつつ、何が言いたいのか、と問い質そうとした瞬間。臨也は遮るように、俺達より数メートル高いその場所から梯子を使う事無く飛び降りる。そして、もう一度問うた。俺達は変わってしまうのか、と。黒髪が風に靡き、頬を撫でる生温い風が僅かに汗を冷やす。よ、と小さく息を漏らした臨也は、屋上の手すりだと思わせないほど身軽に其処に乗り上げ、足を揺らすと、真っ直ぐに俺たちを見つめた。
「卒業したら、俺達は終わるかもね。まあ、俺たちの間に、何かが始まってたらの話だけど、」
問い掛けるわけでもなく、ひとりごちるように臨也は呟き、真っ青に広がる空を太陽に目を細めながら見上げる。指先の隙間から漏れる太陽の光りが、臨也の顔を照らす。その表情が、何処か儚げに見えて、息を止めた。俺は臨也の言おうとしてる事を理解出来るような脳みそは持ち合わせていない。終わるだの変わるだの。そんな事はその時になって見なければ分からない。こいつなら真っ先にそう言うようにも見えるが、臨也は多分答えを探しているのだろうと思った。これはあくまで俺の推測で、臨也がそんな気色わりい事を実際に思っているのだとしたら鳥肌物だが。それでも何故か、俺はこいつに答えを与えてやりたくなった。何故かは知らない。こいつの事に限っては分からない事ばかりだ。俺の感情でさえこいつは、ぐちゃぐちゃに乱していくのだから。だが、あえて言うなら新羅や門田のあまりの無関心振りに可哀想になったという事にしておこう、と思う。
渇いた咥内を潤すようにいつもと同じイチゴオレのストローを噛み潰しながら中身を飲み下し、唇を離す。さて、と立ち上がろうと腕に力を込めた矢先。あーあ、と臨也の声がして、顔を上げると俺は見開いた。つまんないな、なんて笑う臨也がスローモーションのように柵に腰掛けたまま後ろにひっくり返って行く。ゆっくり、ゆっくり、髪が風に靡き、赤茶色の瞳が目蓋に隠れた。咄嗟に蹴り出した地面。距離やタイミングを見ても、どう考えたって間に合わないことくらい分かってる。だが、その衝動を止められなかった。思わず、臨也、と叫ぶ。声が木霊するように静かに鼓膜を揺さぶった。すると、俺の目の前に黒い影が現れて、その影に視界を遮られる。何が起こったのか理解できない。身体中から噴出すように汗が出て、息をするのも忘れた。が、次の瞬間に、どさり。開けた視界の先に音がして、視線をやると、抱えられるように臨也は門田の身体の上に居た。嗚呼、そういう事かと、一瞬で理解出来た。さすが門田と言うべきか。なるようになった結果だと思った。臨也の隣に居るのはいつも、門田で、臨也が唯一信頼しているように見えるのも門田だ。そうは頭で分かっているのだが、身体が付いていかない。握り締めた掌が汗で湿っていて、得体の知れない感情が、安堵と共に押し寄せるのを、息を吐く事で押し殺した。知らないふり、気付かないふりは、今までと同じだ。
「お前なあ、…あぶねえだろうが、」
「なんだよ、ドタチン、助けなくたって落ちないよ」
俺運動神経いいもん、と自慢げに胸を張った臨也がそう言うと、門田は、はあ、と小さく溜息を吐き出す。門田を見てるとつくづく不憫でならないとは思う。俺も同時に溜息を吐くと、次は新羅が後ろから顔を出した。今のは君でも危なかったと思うけど、と口を挟むと臨也は眉を寄せるのが分かる。確かに、本気で死ぬようにも見えた。こいつがそういう人間じゃないってのも分かってるし、遊びなのかも知れないと冷静になれば思う。だが、それにしても、無関心な新羅でさえ口を挟み、門田が助ける程だ。その上もし、俺や門田が助けなければどうなっていたかは分からないし、あの表情が意味してたものや、意図も理解出来ないままだ。俺にとって、こいつが消えること自体何度も言うが俺には支障は無いし、寧ろ幸せなことだと思う。それは臨也は人間として有害だし、気に食わないからだ。でも、どうだ。本気で消えると思ったら俺は居ても立っても居られなかった。変な汗はかくし、実際に今の、心臓の高鳴りは尋常ではない。それを考えると新羅の言っている事もあながち間違っては居ないのだと思う。本気でこいつは居なくなるつもりだったのだろう。俺に無断で。
「ねえ、臨也、君らしくないね、一体何を求めてるんだい?何がしたいのか、僕にはさっぱりだよ」
眉を寄せたまま、新羅を見上げた臨也を笑うように新羅は言葉を紡ぐ。まるで説教しているような口ぶりではあるが、剣幕はいつもより遥かに荒々しいものの様に思えた。君が変わろうがか変わらなかろうが、僕には関係ない。けどね、とそう続ける言葉に臨也はますます眉間に皺を寄せたが、新羅は気にする事無くつらつら、と言葉を並べつ。僕は変わらない、と断言して、いつまでもセルティを愛しているだの、俺を解剖したいと思っているだの。それから俺は永遠に臨也を嫌いで門田はいつまでも臨也の母親みたいだの。言えと言ったわけでも無いのに、俺と門田の心情まで代弁して。臨也に息をつく暇も与えないままセルティのよいところを勝手に10個上げ始めた。その様子に俺と門田は呆気に取られたが、なんとも新羅らしい言葉だと痛感した。これは俺にも分かる、新羅は永遠に変わらないだろうと。
そして俺も何故か確信できた、俺も変わらないし。門田もきっと変わらない。俺は永遠に臨也が嫌いで、門田は永遠に臨也の母親のようなことをやっているのだろうと、目に浮かぶ。何度も言うがその時になってみないとわからない事実ではあるが。でも、これだけは確実だと思えた。それから多分、数分。黙っていれば永遠と離しているのではないかそう思う程、捲くし立てる新羅に、思わず二度目の溜息を漏らしそうになった矢先はは、と小さく笑い声がして、俺を含めた三人が顔を上げる。その声は、紛れも無く臨也のもので、俺はぎょっとした。見たことも無いような、臨也の表情。あはは、と細められた目蓋に赤くなった目尻。其れを隠す事無く可笑しそうに笑うこいつが望んでる事はこういう事なんだろう、と思った。つられるように思わず込み上げそうになった笑みを堪える。すると、シズちゃん、と呼ばれた。そのまま、眉間に皺を寄せて、その名前で呼ぶんじゃねえ、と吐き出し、顔を上げると、臨也と目が合う。に、と唇の端を上げた臨也が間近まで来ていて顔が熱くなるのを感じて、頭突きをしてやろうと頭を振りかぶると、もう一度シズちゃん、と柔らかな声が鼓膜を揺さぶった。なんだよ、と答えると、臨也はふふ、と笑みを零す。なんだよ、ほんと気色わりいな。眉間に皺を寄せ、真っ赤なTシャツの襟を掴み上げ引き寄せる。その途端、胸に、痛みが走って、俺は顔を歪めた。見れば切れたシャツの隙間から肌、と僅かに血液が流れる。臨也の右手にはナイフ。上等だ。この野郎。
「ねえ、シズちゃん、俺も変わらないよ。きっと、永遠に君が大嫌い。だからさ、早く死んでよ、」
「ああ、奇遇だな。俺もてめえが大嫌いだ。だから、死んだってぶっ殺してやるから安心しろ。」
心底嬉しそうに目を細めて笑う臨也をぶん投げる。がたり、コンクリートに叩きつけられる鈍い音を耳にしながら、俺は肩の骨を鳴らした。程ほどにね、と新羅の声が聞こえたが、知るか、んなこと。門田あいつ死んだら運べよ。と振り返る事無く、吐き捨てると、逃げていく臨也の背中を追いかけて地面を蹴り出す。俺は口元に浮かべた笑みを隠す事も忘れ、ドアを蹴り飛ばした。
俺たちは何も変わんねえよ。きっとな、だから安心して死んどけ。臨也君よ。






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